警視庁の特別な事情2〜優雅な日常を取り戻せ〜

綾乃 蕾夢

第1話コトの始まり

 教育なんとかかんとかの為に本日は短縮授業となります。


 数日前から告知されていた通り、今日は授業が全て終わってもまだ日が高い。

「渋谷行きたいっ!」

 夏美の一声で決まった行き先にも異論があるわけでもなく、深雪みゆき、愛梨、あたしのいつものメンバーで教室を後にした。


「なんか、異常な混み具合だね」

 ごった返す昇降口をついつい遠巻きに眺めつつ、思わず呟きが口から漏れた。

「今日は部活なんかもほぼ休みらしいからねー」

 頭上から降る、よく知る声に視線を上げると、あたしの小さなポニーテールがぴょこんと揺れる。


「みんな揃ってお出かけ?」

 にこっと笑顔を向けてくれるのは、前髪をちょこんと縛った男の子。

 少し後ろには対照的に短髪の男の子が愛想の無い顔で控えている。

「うん。

 みんなと渋谷に行ってくる。

 十条くんと鳥羽くんは?」

「僕たちは秋葉原アキバ

「あー。電気屋さん巡りね」

 十条剣士こと、ジュニア。機械関係に精通してるっていうか、頭はいいんだけど色んな面で変わり者。


電材屋さんね。

 コアな店が多いから楽しいよ。

 今度一緒に行く?」

「いやー。

 絶対飽きる。鳥羽くんは飽きないの?」

 後ろに控えていた鳥羽太一こと、イチに声を掛ける。


「いや、別に」

「えー。理解不能」

「ドリンクバーだけでファミレスに4時間居座れる方が理解できねぇよ」

 薄く笑うイチに、にひひっと笑みを返す。

「後2時間はいけたね」

 深雪達とファミレスを占拠した話をしたのは、まだ数日前の事。


 そんなやり取りをするうちに、昇降口にはだいぶ人がまばらになってきた。

「じゃっ。気をつけてね」

「2人もねー」

 軽く手を上げるイチとジュニアに、ぴこぴこっと手を振って答える。


「ちょっと香絵」

 イチとジュニアを見送って、近くで話を聞いていた夏美がくいくいっとあたしの袖を引いてきた。

「何?

 いつのまに男子とそんなに仲良くなったのよ?」

「えと。ほら、鳥羽くん達とは生徒会のお手伝いしてるし、話す機会も多いから」

 これは本当の事。

 でもね。仲が良いのには他にも色々と理由がある。


「でも十条くんも、鳥羽彼氏くんの前で香絵彼女を遊びに誘うなんて、やるわね」

 2人の消えた下駄箱付近を見ながら深雪が呟くと、愛梨がちょっと心配そうな顔をする。

「こう言うのって、鳥羽くん怒ったりしないの?」

「いやいや、電材屋なんて行かないのわかってるだろうし、本気で誘ってないから」


 女子が集まると、こう言う会話になりやすい。

 でもね、駅に着けば気持ちはお出かけ気分。

 放課後のお楽しみには勝てないよね。


 駅中もそうだけど、お日様の差す駅の外は人人人が溢れ返って、つくづく都内の人の多さにびっくりする。

 駅前のスクランブル交差点。

 ビルに掛かる広告の巨大なポスター。

 人波を縫ってお目当てのお店をめぐり、目の保養。



 

「あ。そろそろ帰らないとかな」

 気持ち傾きかけてきた太陽に、愛梨が腕時計に目を走らせた。

「もっと近場に住みたいぃぃ」

 ぐずる夏美の両脇を、あたしと深雪で固めて、駅に向かって通りを歩いて行く。

 スクランブル交差点に差し掛かる、少し手前。


「──っ!」


 っ!

 なんだ?


 神経に引っかかる。


「香絵?」

 歩みを止めたあたしに、深雪が声をかけてきた。


 信号が変わり、大移動を開始する群の中。


 来るっ。


 直感が訴えた。


「きゃああぁぁぁっっ!」


 すぐ近くで女性の叫び声っ!

 崩れ落ちる女性の陰から、1人の男が顔を出す。


 返り血に濡れた頬が、引きるような笑みを浮かべて……。


「はっ……」

 睨まれた深雪が息を飲む。


「深雪っ!」

 人混みが、異常を察知してサークルを作る。

 ボフッ!

 倒れた女性を乗り越えて、深雪に迫る男にあたしの投げつけたスポバがぶち当たった。


 ああああっっ! やっちゃったぁっ!


 当然だけど、目標の入れ替わった男の視線があたしに刺さる。

 隣にいた夏美を突き飛ばすのとほとんど同時、包丁を構えた男が走って来たっ!


「きゃああぁぁっ!」

 誰の上げた悲鳴だったんだろう。

 耳の奥にまだ声が残るうちに、あたしの目の前に迫る男。


 よく見てっ。


 対面した男に半身をずらし、包丁が空を切る。

 その手首を掴み、ヒジに手を当て、捻りあげるのと同時に足払いをかけたっ。


 スパァァンッ。

 

 小気味のいいと言ってもいいくらいの音と共に、男の身体がアスファルトに投げ出され、痛そうな激突音と共に男の唸り声を聞く。


「がっああっ」


 素早く、男のこめかみにローファーのつま先を食い込ませた。


「かっ。香絵ぇぇ?」

 愛梨に支えられて、地面に座り込む夏美の声。

「大丈夫かっ?」

 正義感のあるらしい男性数名が転がる男を押さえつける。


 しばらくは動かない。

 脳震盪のうしんとうを起こさせたから。

 でも……。


 やっちまったぁぁぁっっ!!


 深雪達の前で体術を披露しちゃったぁっ。

 痛手は大きいよぉぉっ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る