第27話 隠しきれない

 入ってきた山白先生は黒板の前まで行ってそこで立ち止まり、俺たちの方を向いた。


 「あー、じゃあ改めまして生徒会役員諸君。俺は山白陽輝、俺は1年の国語を教えているから君たちは知らないだろー。それはともかく、」


 だらっとした話し方が特徴的な先生だった。見るからにやる気がなさそうだ。


 なおも先生は続けた。


 「基本的に仕事は君たちに任せるわけだがいくつか言っておくことがあるー。それは・・・・」


 言っておくこと、か。ふむ、一体何なのだろうか。


 「・・・・・・・・・・・・」


 先生は何も言わず俺たちをじっと見ていた。


 って、勿体つけるんじゃねぇよ。さっさと言えよ。静かすぎて風の音が聞こえたじゃねぇか。


 ツッコミをいれようとしたところで先生がやっと口を開いた。


 「お前たちは恋愛禁止だー」


 そんなことを言い放ったのだった。


 危うく声が出そうになったが飲み込んで、さりげなく周りを見てみると紅島、氷崎さん、西ノ宮は少しだけ驚いたような表情をしていたが、識野は無表情だった。


 先生は続けた。


 「驚いたかー、まぁ無理もない。これは慣習みたいなものであまり知られていないからなー。けど安心しろー、恋人といちゃついてるところを先生たちに目撃されなきゃ問題ない。ま、目撃されると面倒だけどなー」


 「先生、質問いいでしょうか?」


 西ノ宮がすっと手を挙げた。


 「なんだー、新会長西ノ宮ー」

 「どうしてそのような慣習があるのか教えていただけないでしょうか?」

 「・・・お前なら分かると思ったんだがなー、まぁ、『生徒会役員たるもの清く正しくあるべき』ってわけだー」

 

 そういえば前に生徒会は恋愛禁止みたいな噂を聞いたような気がするな・・・・


 あれ、マジだったんだ・・・・


 「・・・では、もし、先生方に恋人と・・・いちゃついているのを見られたら、どうなるのでしょうか?」

 「・・・まぁ、少なくとも生徒会役員ではいられなくなるなー、多分」

 「多分、というのは・・・?」

 「今までにそんな事例がなかったからわからんってことだー」


 なるほど、この学校の生徒はそこそこ頭がいいからバレずにやったのか本当に恋愛しなかったのかのどちらかだったってことか。


 ま、なんにせよ問題ないだろ。


 「・・・なるほど、分かりました」


 西ノ宮が納得したようにそう言うと、先生は「よーし」と言って黒板の方を向いた。


 「お前たちが生徒会を運営していくうえでもうひとつ気を付けてほしいのは金だー。金ってやつは悩みの種でな、そうほいほい出せるもんじゃねー。部活の活動費やら文化祭の費用やら学校生活をしていくにも金はやたらとかかる。俺は学生時代、独り暮らしをしていたのだがなー、金はすぐに使っちまってすっからかんだったんだー。それで、」

 「先生ー、お金の話はまた今度にしてくださーい」


 紅島が薄く笑いながらツッコミをいれると先生は「ちっ」とひとつ舌打ちをした。おいおい、態度悪いな・・・


 「まー、出せる金には限りがあるってわけだー。それだけ覚えとけー。あとは紙配るからそれを読んどけよー、以上」


 先生は俺たちの方に近づいてきていろいろ書かれた紙を配り、それから生徒会室を後にした。


 紙面に目を向けるとそこには仕事内容、注意してほしいこと、心構えなど本当にたくさんのことが書かれていた。


 「そういえば先輩たち、先生が『恋愛禁止』って言ったとき驚いてた気がしたんですけど、何かあるんですか?」


 不意に識野がそんなことを言った。


 紙面から顔を上げると、氷崎さんや紅島、そして西ノ宮の気まずそうな顔が目に入った。


 きっと識野は気になったことをただ口にしただけなのだろう。だから彼は何も悪くない。


 俺はニッと笑って口を開いた。


 「別に何もねぇよ。ただ単にそんな慣習があるなんて知らなかったから驚いただけだ。そうだよな?」


 そう言って女子たちの方に目を向けると、彼女たちも「ですです」「そ、そうね」「そうよ」と頷きながら肯定した。


 「・・・そうですか。ならいいです」


 識野は感情を見通せない無表情で言った。


 このまま終わらせるのもなんか気にくわなかったのでひとつ、返してやることにした。


 「なんだ識野。お前の方こそどうなんだよ。俺たちにわざわざそんなことを聞いてくるなんてよ」

 「どうって・・・別に何もありませんが」


 俺は席を立って識野のとこに向かい、肩を組んだ。


 「おうおう、本当かよ。なんか間があった気がしたけど?本当は好きな人の一人や二人いるんじゃないのか?」

 「鬱陶しいですし、いませんよ。マジでウザいんでやめてください」

 「好きな人が二人もいたら問題でしょ」


 俺の言葉に識野がマジで鬱陶しそうに答え、西ノ宮が冷静なツッコミを入れた。


 「好きな人が、二人・・・・・っ!!」


 だが、何気なく発したであろう西ノ宮の言葉に俺は思わず息を詰まらせた。 


 好きな人が二人もいたら問題。


 それはもしかしなくても今の俺が置かれている状況なのではないだろうか。何度も何度も否定したがそれでもやっばり浮かんできた可能性。


 それはない、あるはずがない、俺はきっとどちらかを決めることができるはずだ。


 そう思い続けてきたが、やはり頭の中から離れることはなかった。


 頭から急速に血の気が失せてきて思わず床に崩れ落ち、手をついた。


 「先輩!?」

 「神ノ島くん!?」


 気遣うような紅島と氷崎さんの声が聞こえた。


 はは、俺はふたりに心配されるような人間じゃないかもしれないってのに。


 呼吸を整えてから立ち上がり、口の端を上げて俺はこう言った。


 「大丈夫だ。ただの立ちくらみ。問題ない」


 俺の言葉に彼女たちはホッと胸を撫で下ろしたようだった。


 「そうですか・・・びっくりさせないでくださいよ」

 「びっくりした・・・・もう」


 「悪い悪い」と言いながら俺は席に戻った。西ノ宮が何とも言えない意味ありげな視線を向けていたがそれにはわざと無視した。


 「とりあえず、明日から早速やらないといけないのはあいさつ運動みたいですね」

 「あー、そうね。全員7時半生徒会室集合してください」


 識野の言葉に西ノ宮が応じ、全員に向かって呼び掛けた。


 「はい」

 「はーい」

 「分かりました」

 「へーい」

 「遅れるんじゃないわよ神ノ島!」

 「分かったっていってんだろ!!」


 識野、紅島、氷崎さん、俺の順で返事をしたのだがなぜか俺にだけ念を押されたのでツッコんでやった。すると識野はクスッと、その他はゲラゲラと笑ったのだった。


 ー悪くねぇ始まりだな


 そう思った。まぁ、「終わりよければすべてよし」という言葉があるので終わりの方が重要かもしれないが。


 ひとしきり笑ったあとで紅島が口を開いた。


 「よし、じゃあ大富豪やりましょう!」


 今日からやらなければならないことは特になかったので俺たちは頷いたのだった。


 ****


 3戦した結果、1戦目の大富豪は識野、大貧民は西ノ宮、2戦目の大富豪は紅島、大貧民は氷崎さん、3戦目の大富豪は氷崎さん、大貧民は俺、という感じになった。


 識野は西ノ宮に若干の緊張を見せながら「今度、自分と一緒に飯行ってください」と言い、それに西ノ宮は平然とした様子で「いいわよ、別に」と返した。

 紅島は氷崎さんに「今度、一緒にイオンで買い物に付き合ってください!」と言い、氷崎さんは苦笑しながら「分かったわ」とオーケーした。


 そして氷崎さんは俺にこんなことを言った。


 「来週の日曜日、私の家に遊びに来てください」


 さすがに動揺を隠しきれなかったと思うが、口調だけは冷静な感じで「分かった」と応えた。


 悔しそうに紅島が氷崎さんを睨んでいた。まぁ、無理もない話ではあるが俺としては何とも言えない複雑な気分だった。


 時刻はまもなく18時。外は薄暗くなってきていた。


 「そろそろ帰るか」


 と俺が切り出すと全員が頷いて帰り支度を始めた。


 紅島だけはすぐに済ませて立ち上がった。


 「私、先に帰りますね。待っている人がいるっていうか、出迎えないといけないっていうか、って感じなんで!それじゃあまた!」


 一瞬だけ俺に視線を向け、それから生徒会室を出ていった。正直どういう意味があったのかは分からなかった。なぜか一抹の寂しさが胸を刺した。


 「神ノ島くん」


 不意に名前を呼ばれたので顔を上げた。当然というべきか、俺を呼んだのは氷崎さんだった。


 「途中までだけど、一緒に帰らない?」


 その言葉にどこか救われた気がした。


 俺は「うん」と頷いて席を立ち、残っていた全員で生徒会室を後にしたのだった。


 ****


 は生徒会室を出ると廊下の突き当たりの階段を1階まで下りてそのまま土間に向かった。靴を履き替えて外に出ると、夜なのにじめじめとした空気が肌にまとわりついてきて少し気持ちが悪かった。


 本当は先輩と一緒に帰りたかったというのが本心なのだけれど、こればかりは仕方がない。にも恩があるし、無碍にすることはできない。


 少し歩いて校庭のベンチの辺りまで行くと、部活のバッグを持った人影が見えた。彼は私に気づくとこっちを向いて片手を挙げた。


 「よ、紅島ちゃん」

 「待ちましたか、真水先輩」

 「めっちゃ待ったわ」

 「いや、そこは『いいや全然』と言うべきでは?」

 「ははっ、俺は別に彼氏とかじゃねぇしな」


 う、しまった。自分から墓穴を掘ってしまうとは。真水先輩の苦笑いがザクザクと胸を刺してくる。


 「なんか、ごめんなさい・・・」

 「謝らないでくれよ、紅島ちゃんは悪くないんだし」

 「・・・・・・・」


 私が何も言えずにいると、真水先輩は「行こうか」と言って駐輪場へと足を向けたので私も遅れて後に続いた。


 周りには部活終わりの生徒たちがちらほらいて、真水先輩は友人たちと一言二言言葉を交わしてそれから自転車を押しながら出てきた。


 「お待たせ。とりあえず、公園まで行こうぜ」

 「・・・・はい」


 私は返事をして、真水先輩とともに公園へと歩を進めた。


 実は昨日の夜ごろに真水先輩からメッセージが届いていた。


 『明日、二人だけで帰らない?』

 『話したいことも、あるし』


 と。話したいことと言えば間違いなくあのことだろうと思っただけれど本人の口からの言葉を聞かなければ確信は得られないし、さっきも言ったが真水先輩のことをあまり無碍にはできない。実際いい人ではあるし。


 「明日から仕事あるの?」

 「・・・へ?」


 しばらく何も言わなかった真水先輩が突然口を開いたので変な言葉しか出せなかった。


 彼はちらとこっちを向いた。


 「生徒会だよ」

 「あ、あー・・・・」


 仕事って言ったらそれしかないじゃん!しっかりしろ、私!


 「まー、ありますね。朝からあいさつ運動で、午後は総会に出るって感じですかね」

 「あいさつ運動か。一週間くらいだっけ?」

 「はい、終業式の前くらいまでですね」

 「総会にはうちの部長も出ると思うから。俺なんかよりよっぽど暑苦しい人だから頑張って」

 「驚きました。先輩にも自分が暑苦しいやつだって自覚があったんですね」

 「おう、もちろん」

 「堂々としてる・・・・・」


 まぁ、それがこの人のいいところでもあるのだけれど。


 気づいたら公園はもう目の前だった。真水先輩は入り口の近くに自転車を停めた。


 「あのベンチに座ろう」

 「はい」


 時間が少し遅いからか、辺りに人はあまりいなかった。いるのはランニングしてるお兄さんやおじさんくらいか。


 私たちは少し間を開けてベンチに腰を下ろした。空を見上げてみると、一番星がきらりと空に瞬いていた。


 「なぁ」と真水先輩が言ったので、顔を向けるとこう、続けたのだった。


 「俺、紅島ちゃんのこと諦めないって決めたわ」

 

 


 


 


 

 

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