第26話 仲間に

 翌日の放課後。俺はさっさと帰り支度を済ませ、席を立った。氷崎さんの席の方に目を向けると、彼女も俺の方を見ていた。ふたり同時に頷き、それからふたりで教室を出た。


 今日は新生生徒会が初始動する日。そして例の作戦の決行日でもある。一応、昼休みとかに下準備や打ち合わせは済ませてある。


 生徒会室に行くための道中、階段を下りたところで紅島と合流し、渡り廊下を抜けて右を曲がり、生徒会室の扉を開けた。


 「遅かったわね」


 室内には既に、生徒会長となる西ノ宮菫の姿があった。早すぎだろ、お前。俺たちだってSHR(ショートホームルーム)終わってすぐに来たんだが?


 俺たちは三人、所定の席に座った。


 「よし、始めるか」


 俺はあるものを取り出した。


 「何をやろうか。やっぱ大富豪?」

 「大富豪ですね!」

 「いいわね」

 「ま、それでいいんじゃない?」


 俺が切り出すと、それに紅島、氷崎さん、西ノ宮と続いた。


 そう、もう分かっていると思うがトランプを取り出したのだ。


 「よし、ただやるだけじゃつまらないからそうだな・・・大貧民になった人は大富豪の人の言うことをひとつ聞かなければならない、ってのはどうだ?あ、公序良俗に反しない程度で」

 「それいいですね!絶体大富豪になってやりますよー!」

 「ふふ、いいわね、それ。負けないわよ」

 「いいんじゃない、それで。ま、私が大富豪になるけど」


 俺の提案に対して皆が賛同すると、そのタイミングで生徒会室の扉が開いた。目だけでそっちを見ると識野が無表情で入ってきた。彼はそのまま自分の席に座り、鞄から本を取り出して読み始めた。


 ふむ。あらかた予想通り。


 時刻は16時15分。あと15分くらいは余裕がある。


 俺は視線を再び机に戻した。


 「よし、決まりだ」


 軽くシャッフルして全員にカードを行き渡らせた。


 「誰からやりますか?」


 「ま、面倒くさいからジャンケンで」


 俺が言うと、全員頷いた。

 

 「「「「じゃーんけーん」」」」


 ポン、と出したところ全員チョキを出したためあいこだった。


 「「「「あーいこでしょっ」」」」


 全員パーでまたもやあいこ。


 「「「「あーいこでしょっ」」」」


 今度は全員グー。


 「「「「あーいこでしょっ」」」」


 今度は俺と西ノ宮がグー、紅島がチョキ、氷崎さんがパー。


 「「「「あーいこでしょっ」」」」


 俺たちが何回もあいこを続けていると、不意に識野が口を開いた。


 「先輩たち、バカなんですか?ふたりずつでやればいいじゃないですか」


 きたきた。よし。


 俺たちは彼が口を開いたことにニヤリと口の端を上げた。


 氷崎さんが口を開いた。


 「あら識野くん。失礼なことを言うのね。これはたまたまよ。あいこが何回も続く確率は4人ならそこまで高くないわよ」


 「・・・それは先輩たちが共謀していない場合の話ですけどね」


 鋭い指摘だな。頭がいいというのは本当のようだな。


 「共謀・・・何の話だ?それよりも識野。お前もやらないか?大富豪になれば大貧民になったやつにひとつだけ言うこと聞かせられるぞ」

 「やりませんよ」


 俺の言葉に識野は即答しやがった。そうだろうなとは思っていたが。


 俺は席を立ち、識野のもとに近寄り、そっと耳打ちした。


 「まぁそう言うなって。お前、頭いいんだって?うまくやって女子を大貧民にさせてお前が大富豪になれば言うことを一つ聞かせられるんだぞ?ただし公序良俗に反しない限りで、だけど」


 どんな男だろうが女子に頼みを聞いてもらえるというのは嬉しいはずだ。それもなかなかの美少女たちに。


 そう、思っていたのだが。


 「・・・・・嫌だって、言ってるじゃないですか」


 彼はやっぱり拒否したのだった。だが今回は少し間があったし、表情にも若干の変化が見て取れた。


 さて、ここからはほとんど俺の独断だ。


 真剣な顔になって俺は口を開いた。


 「・・・聞いたよ」

 「何の話ですか」

 「辛かっただろ・・・・・・・・・信じていた友達に、仲が良かった友達に裏切られたんだってな」

 「っ!!どうして、それを・・・」

 「お前の中学時代を知ってるやつから、な。だからお前は、いや友喜は誰も信じられなくなった。自分に近寄ってくるやつは何か良からぬことを企んでいるんじゃないかって思うようになった」

 「・・・・違う」

 「もう自分が傷つくのはこりごりだから己の周りに大きな壁を作って誰も寄せ付けないようにした」

 「・・・・違う」

 「頼りになるのは自分自身・・・と家族だけ。そう思うようにして今までを生きてきた」

 「お前に何が分かるっていうんだよ!!」


 識野はバン、と机を強くたたいて勢いよく立ち上がった。両手は握りしめられており、奥歯はギリギリと噛み締められていた。


 本当は穏便に済ませたかったけど、昼休みに事情を聞いてそうもいかなくなった。正直に言うと、人のプライベートに首を突っ込むのは怖い。けど、あいつが内面を見せないまま仲間に引き入れてもそれは本当の意味で仲間になったとは言わないだろう。学校という空間では少なからず誰もが人の顔色を窺いながら生活している。笑顔にだっていくつもの意味を孕んでいることがある。だが俺や氷崎さん、紅島、西ノ宮はそんな学校の空間が大嫌いだ。最初は紅島に言われて入った生徒会だったが、今は違う。


 『どんな人でも生活しやすい学校にしたい』


 すべての人が生活しやすい学校にすること。それを俺たちの生徒会での最大目標に据えることにした。


 俺は黙って識野の言葉を聞くことにした。


 「あんたたちみたいに何の不安もなく生きてるやつには俺の気持ちなんて分かるわけないだろ!『一人でいるのは寂しい。けどまた近寄って裏切られたくない。傷付きたくない。けどやっぱり寂しさを拭いきれない』ずっと頭のなかに黒いもやが立ち込めて消えないんだよ!」

 「・・・確かに友喜の気持ちは分からない。俺はお前じゃないからな。俺は『気持ちは分かるよ』なんて薄っぺらな同情の言葉を吐いたりはしない」

 「なら、もう放っておいてくれよ!」

 「けど、痛みなら分かる!俺も中学時代にかなりの傷を負っちまったんだよ。ずっと世界が灰色に見えてた。高校に入ってもあんまり変わらなかった。けどあるとき一人の人間がそんな俺のためにお節介を焼いてくれたんだよ。俺は口に出して頼んでもいないのに。そのお陰で俺は救われた。心が軽くなった」

 「・・・・何が、言いたいんですか」


 口調は先ほどまでと打って変わって穏やかになっていた。俺の言葉が少なからず彼の心に届いたってことなのだろうか。


 「俺も、俺と同じような痛みを抱えた人を助けたい。そう思ったんだよ。だから嫌がられても、差しのべた手を振り払われても苦しんでいる人にお節介を焼いてやろうと決めた。お前にこんなことをしているのはそのためだ」

 「・・・・・・・・・」


 識野の横顔には困惑の色が見てとれた。激しく揺らいでいるんだろう。


 「言っとくが、お前が何回『放っておいてくれよ』と言おうが俺はお前を仲間に引き入れようとするぞ」

 「・・・・・・・勝負をしましょう」

 「ん、勝負?」


 唐突の言葉に一瞬はてなが頭に浮かんだ。だがすぐになんのことかは見当がついた。


 識野は俺のほうを向いて、俺の目を見ながら口を開いた。


 「だから、大富豪で勝負をしましょうって言ってるんですよ」

 「ほう。この俺に勝負を挑むとはいい度胸だな」

 「もとは先輩が誘ったんですよね?」

 「ごほん・・・まぁ、とにかく俺がお前より上の階級になったら俺たちの仲間になる。お前が俺より上の階級になったら今まで通りお前は好きなようにやる。そういうわけか?」

 「いいえ、違いますよ」

 「・・・・・へ?」


 まさか否定されるとは思っていなかったので思わず変な声が出た。


 「だから・・・ああ、もう!」


 識野は髪をくしゃくしゃ掻きながら「じれったいな」と言わんばかりにこう言った。


 「別に先輩が負けても仲間にはなるって言ってるんですよ!」

 「ほ、本当か・・・?」

 「けど負けたら一週間僕のパシリにしますんで」


 なるほどな。そういうことか。


 こんにゃろう。マジでいい度胸してやがるな。


 ガラガラ。


 突然、生徒会室の扉が開き、人が現れた。


 「よーし・・・って、お前ら何やってるんだー?」


 誰であろう、顧問の山白先生だった。


 気づけば時間は16時30分をとっくに過ぎていた。


 「ま、勝負はまたあとでというわけで」

 「そうですね」


 そうして俺たちは自らの席についたのだった。


 生徒会室に流れる空気はつい先ほどまでよりも暖かく感じた。


 きっと、気のせいではないだろう


 


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