第20話 いただきました
翌日。いつものように学校に行った俺は紅島のクラスである1年3組を訪れて彼女を呼び出していた。
「・・・珍しいですね、先輩が私を呼び出すなんて」
紅島は目をパチパチとさせながらぽかんとしていた。
「あ、ああ。できればしたくねぇ」
「それで・・・何か・・・」
彼女は恐る恐るといった感じで用件を聞いてきた。そんなに身構えなくてもいいっての。
「あー、あんま頼りにならないかもしれんが。勉強、俺が見てやるよ」
「・・・お前に構ってる余裕ないって言ってたくせに」
紅島は拗ねたようにそっぽを向きながらそう返してきた。まぁ、ごもっともなのだが。
「気が変わったんだよ。俺は日々勉強はしっかりしているからちょっとくらいは構ってやってもいいかって。それとお前には・・・返しきれない借りがあるからな」
言ってて少し照れ臭くなったので思わず目を逸らした。
やっぱり彼女の好意を知っていながら自分の気持ちが分からないからって遠ざけるのは違う気がするのだ。俺は少なくともこいつのことを嫌いだとは思っていない。だが遠ざけてしまっては嫌いだと思われても仕方がない。
「・・・そうですか。それじゃあ、ありがたく甘えさせていただきますね」
紅島は優しくそう言って俺に微笑みかけるのだった。
くっ!!
彼女の笑顔はとても眩しくて、可愛らしくて。
「・・・・・・・」
何も言えずにいた。
俺はこいつに助けられた。その恩を返したいと思っている。
それはなぜか。
助けられたのだからその恩を返すのは当たり前?
きっとそうじゃない。義理なんかじゃなくもっと大きなものが俺の中を渦巻いている気がした。
「先輩?・・・おーい」
「あ、ああ。悪い」
紅島の声で現実に引き戻された。
「どうかしたんですか?ま、いいですけど」
「べ、別にどうもしてねぇよ」
声が若干上擦った気がする。
「それじゃあ先輩。ひとつ、私のお願いを聞いてはくれませんか?」
「何がそれじゃあなのか知らんし、聞いてはくれませんね」
「えー、けちー」
「冗談だっつーの」
図々しいやつだなとは思うものの、仕方ねぇなとも思ったので聞いてやることにした。
「テストまで私の家で、勉強会をしてくれませんか?」
「い、家で?」
「はい、家です」
紅島は大きく頷いた。
まぁ、前に一度入ったことはあるのだが。けど、ね?
「どうして家なんだ?」
「家の方が集中できるタイプなんで」
学校の方が集中できる人の方が多いと思うが、逆の人がいてもおかしくはないか。
なんかニコニコしてやがる。
他意がありそうだったが乗ってやろう。
「・・・分かった」
「やったー!」
紅島は跳び跳ねながら喜んだ。大げさだろ。
俊のことについては昼休みにでも面倒をみてやればいい。
キーンコーンカーンコーン。
授業開始5分前を知らせる予鈴が鳴った。
「優香ー、何してるのー?」
友達らしき女の子が少し離れた1年3組の教室から紅島を呼んでいた。
それに紅島は「今行くー」と答えた。
「それじゃあ先輩。また放課後」
「ああ。また」
彼女は教室へと戻っていった。廊下の窓から外に目を向けてみると雲間から太陽が少し顔を出していた。
****
自習の時間。昨日、母さんが言っていたことを思い出していろいろなことを考えていた。目を閉じてリラックスしながら思考に全神経を注いだ。
俺はなぜ氷崎さんを好きになったのか。最初は「気づけば」だった。だが恐らく俺は彼女の美しい容姿に惹かれたのだと思う。もちろん、性格が悪いということはないのだけれど。普段の彼女の様子を見ていると分かるのだが、誰に対しても差別なく優しく接している。ただ、俺に対してはちょっと小悪魔的なとこがありますね。
さて、次はどうして紅島に惹かれつつあるのか。容姿については正直そこそこ可愛い、とは思う。だが一番の理由は違うだろう。俺は彼女といると楽しい、退屈しないと思っている。これは紛れもなくあいつの性格から来るものだ。
それにしても昔のあいつを思い出してみると、やはり今よりも穏やかだった。なぜ変わったのかと言えば、俺が自分の好みを話したから。物静かだった彼女があそこまで変わったってことは相当努力したのだと思う。
努力が報われないなんてことはあってはならない。その辛さは俺が一番分かっている。だから、あいつの想いに応えてやりたいとは思う。
思えば先日俺に「頑張ったんですよ?」と言ったのは彼女なりのアピールだったのだろう。ほんと、そういうところも可愛らしいと思う。
では想いの強さは?俺はどちらに対して強い想いを向けている?
少し答えが見えそうだったが、そこで授業終了のチャイムが鳴り響き、思考が中断された。ま、仕方ないな。次は体育なので着替えなけきゃいけないし。
「おーい神ノ島ー!さっさと着替えて外行こうぜー」
教師が出ていった後、俺を呼ぶ声があった。藤浦だった。体育の時間、俺とペア組んでくれるし、ちょくちょく俺と話してくれるいいやつだ。
「分かったから、ちょっと待ってろ」
そういえば藤浦と仲良くなったのはあの一件があったからだよな。そう思うと・・・
俺の中でひとつの方向性が定まりつつあるのだった。
****
昼休みは俊と氷崎さんを交えてちょっとした勉強会を開いた。というかこれからテストまでずっとやるつもりだ。
放課後。いつものように帰り支度を整えていると氷崎さんが俺の席までやってきた。
「そういえば神ノ島くん。連絡先、交換しない?これから生徒会役員としていろいろやっていくし・・・それに私たち、少なくとももう友達、じゃない?」
「あ、ああ・・・・・」
なんか顔は別の方向いてるのに目だけちらちら俺の方向けてきてるんですけど。いや正直とても可愛らしいからオールオッケーなのだが。
—少なくとも、友達
まぁ、確かに最近はそこそこ話すようになったしね?そう言ってもいいのだと思うんだけど、やはり気恥ずかしい。
「まぁ・・・そう、だね。いいよ」
若干口ごもりながらも了承し、スマホを取り出してメッセージアプリを開き、QRコードを見せた。登録されている連絡先など俊と両親くらいしかいない。中学の頃はスマホなんて持ってなかったからな。最近の小中学生は持ってるらしいが。
氷崎さんの言う通り、生徒会を運営していくともなれば確かに連絡先が必要になってくるだろう。だから俺は少なくともあと二人と交換せねばならない。
「よし、完了。ありがとう」
「どういたしまして」
彼女は用事を済ませるとすたすたと自分の席に戻っていった。
ふむ。顔を合わせるとどうしても緊張してしまうのだがこっちならいけるかもしれない。いろいろ話してみよう。
俺は席を立って教室を出て、階段を上り、1年3組の教室に向かった。だが途中で聞き覚えのある声が聞こえてきたので足を止めてみると、どうやら廊下の突き当たりにある空き教室からのようだった。
この声って・・・
恐る恐る近くまで行ってそっと覗いてみると、そこには二人の人間がいた。
「俊と・・・・紅島!?」
とっさに身をかがめて姿を隠した。まさか・・・まさかな。
盗み聞きなど趣味が良くないなとは思いつつ、ドアに背中を預けながらふたりの話を聞いてみた。
「どうしたんですか、真水先輩。こんなところに呼び出して」
そう話す紅島の声からはどこか演技じみたものを感じた。
「あー、俺さ、回りくどいことは苦手だから率直に言うわ。・・・紅島ちゃんのことが好きだ。俺と付き合ってくれないか?」
な・・・!!
まさか予想が思いっきり的中するとはな。はは。思わず口の端を浮かべた。
それに対して紅島はどう出る?
俺は鼓動を速めながら彼らの様子を窺った。
「・・・・・ありがたいんですけど、ごめんなさい。助けてもらったことには本当に感謝してます。でも、私が好きなのは神ノ島先輩ただ一人です」
不思議なことに、俺は彼女の言葉に安堵感を抱いていた。
紅島は至極申し訳なさそうな表情をしていた。俊はというと俯いてしばらく無言だったが少ししてからまた顔を上げた。
「そっかー、やっぱりかー。はは。でも頼れる先輩として会いに行ってもいい?」
「はい」
俊。どうしてお前は笑っていられるんだ。
俺は彼らから目を離し、再びドアに背中を預けた。直後、勢いよく前方のドアが開き、誰かが走って出て行った。多分、俊だろう。
ただ俺はあいつに気を使うなと伝えた。だから明日になっても何事もなかったかのように接してやらなければならない。もちろん、見てしまったことは謝らなければならないが。
俺にも近々必ずこのような場面がやってくる。だから覚悟をしておかなければならない。重い覚悟を。
俺は立ち上がり、平静を装い、何事もなかったかのように中に入っていった。
****
「何つっ立てるんですか、先輩!」
「いや、なんか緊張すんだよ・・・」
「二回目ですよね?」
「そうだけど・・・あの時と状況が違うだろ」
俺は約束通り勉強会を開くため、紅島の家の前までやってきていた。途中、同じように下校する生徒たちにちらちらと見られたが俺もこいつも気にしなかった。
「さ、さっさと入りますよ」
彼女に手を引かれ、半ば引きずられるようにして入った。玄関からはアロマの香りがふわっと漂ってきた。
「お邪魔します・・・」
「部屋で待っててください。なんか飲み物でも持ってきますので」
紅島はリビングと思しき部屋に姿を消した。俺は言われた通りに彼女の部屋に入り、小さなテーブルの前に腰を下ろした。
うーむ、やはり落ち着かない・・・
ふと部屋全体に目を向けてみると、カーテンやベッド、その他もろもろのインテリアはピンクや水色などのパステルカラーでまとめられていた。まぁ、女子らしくていいとは思う。
ただぼーっと眺めているのも何だし、自分の勉強でもするか。
鞄から教科書と問題集、筆記用具を取り出してテーブルの上に置くと、そのタイミングで紅島が戻って来た。
「先輩、お待たせしました。どうぞ、麦茶です!」
ことん、と俺の分と自分の分のコップを置き彼女も俺の向かいに座った。
「って、おいおい・・・お前」
咄嗟に顔をそむけてしまった。それはなぜか。
「ん、どうしたんですか~せんぱーい?私はただ制服のベストを脱いだだけですが?」
「いや、あのな・・・目の前でやられると、ビビるだろ・・・」
「可愛いですねー先輩は」
紅島はクスクスと肩を揺らして笑っていた。くそっ、こいつ・・・
「とにかく、始めるぞ。時間がもったいねぇからな」
「はいはーい。分からないとこは先輩に聞きますので」
こうしてふたり、勉強を始めたのだった。しばらくは何も聞いてこなかったので俺も1時間は集中できた。
そうして1時間が経過した頃。
「あ、先輩。ここなんですけど、どういう意味なんでしょう?」
と紅島が問題集を差し出して俺に聞いてきたので少し身を乗り出してそっちに目を向けた。
「ん、あーこれは・・・まずここでのこの単語の意味は分かるか?」
「はい、『~しなければならない』ですよね」
「違う。文章をしっかり読んでみろ。ここでの意味は『~に違いない』だ。あと、ここで使われてるこの構文も重要だからちゃんと覚えとけ」
「なるほど・・・ありがとうございます」
さて、自分の勉強に戻るかと体を引こうとした瞬間だった。
正面から伸びてきた両手が俺の顔を挟み込み、ぐいっと自分の方に近づけて—
「っ!!」
すっ、と俺の唇に、彼女の唇が重ねられた。
俺は頭が真っ白になってしばらく呆然としていた。心臓の鼓動は喧しくて胸が張り裂けそうだった。
少しして紅島は体を引き、頬を上気させながらも笑ってこう言った。
「先輩のファーストキス・・・いただきました!」
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