第7話 練習開始・・・

 「そう言えば凍也。お前今、どこの高校にいるんだ?」


 「僕?瑞北高校すいほくこうこうだよ」


 お前以外誰がいるってんだよ。


 まぁ、そんなことより。


 「ああ、やっぱりか」


 瑞北高校はここら辺においては部活動が盛んで有名な高校だ。当然、陸上も強い高校だ。


 「そうなんですねー!やっぱりって感じです」


 どうやら紅島も同じ感想を抱いたようだ。


 すると凍也は「はは」と笑い


 「まぁね。もともと行こうと思ってた高校だったから。でも去年は少し調子を落としてたんだ」


 「・・・そうなのか?」


 「うん。・・・まぁ、僕も何だかんだで大貴のことはライバルだと思ってたってことだよ」


 「・・・そうか」


 少し意外な話だったが、嬉しさもあった。俺が一方的にライバル視しているものだと思っていたからな。


 だが、それだけに今は陸上をやっていないことが少し申し訳なく思った。


 「なんか、悪いな。陸上、やめちまって」


 俺が謝ると、凍也はゆっくり首を横に振り


 「いや、いいんだ。別に気にしてない。詳しくは聞いてないけど、それくらいの何かがあったってことは分かったから」


 穏やかな笑みとともにそう言うのだった。


 「・・・ありがとな」


 俺も「フッ」と柔らかく笑って感謝を述べ、空を仰いだ。空は春らしく澄みきっており、雲一つない。優しく吹く風は心のモヤモヤを取り除いてくれそうだった。


 しばらく三人の間に沈黙が流れたが、その後に紅島が口を開いた。


 「ちょっと聞いてもいいですか?凍也さん」


 「うん、いいけど?」


 紅島はこんなことを聞くのだった。


 「凍也さんって、彼女とかいるんですか?」


 お、お前、突然・・・・・


 だが凍也は嫌みのない爽やかな笑みを浮かべながら答えた。


 「はは。誠に残念ながらいないんだ」


 そ、そうなのか。へー。


 別に、興味とか、ないし?


 っていうか、誠に残念ながらって。地味にナルシストだよな。まぁ、普通にイケメンではあるからいいけど。


 紅島は露骨に驚いて


 「え、そうなんですね!てっきりいるものかと思いました」


 まぁな。こいつ、女子ウケ良さそうだもんな。


 「だな。俺も思った」


 俺も思ったことを口にした。


 「ま、告られたことは何回かあるけどね。僕ってこんな性格だから誤解されやすいんだけど、恋愛に関しては適当な態度を取りたくはないんだよね」


 「確かにお前、見た目だけで言えばかなりチャラそうだからな」


 俺がおどけながらそう言うと凍也は笑いながら「ひどいなー、もう」と俺の背中をばん、と叩いた。いてぇよ。


 紅島も「あはは」と笑っていた。


 「あ、そう言えば凍也さん。冷菜先輩の恋愛事情について何か知ってることは?」


 これまた唐突だな。けど、気にはなるな。


 「んー、冷菜?そう言えば好きな人はいないけど、気になる人はいる、とは言ってた気がする。何が違うんだか」


 凍也は俺の方を向いてそう言うのだった。何で俺の方向くんだよ。やめろ。


 っていうか初耳なんですけど!?


 まぁ、当たり前ですね。俺、氷崎さんとそんな話したことないからね。


 だが紅島は


 「ふーん。やっぱりそうですか」


 と、不服そうな顔をしながらそう言うのだった。


 は?やっぱりって何?


 視線で紅島に問うたが、拗ねた子供のようにそっぽを向いてしまい、何も教えてはくれなかった。おい、何なんだよ!


 気になるじゃねぇか!


 ****


 「じゃあな、凍也。また会う日を楽しみにしとけ」


 「こっちこそ。もう、大貴の手が届かないところにいるってことを教えてあげるから。待っててよ」


 俺と凍也はそれを最後に互いに公園を去った。紅島は俺と共についてきている。


 決戦の日は3週間後の土曜日ということになった。それまでに何とか感覚を戻さなければならない。


 「ちなみに先輩。私が提案したことなんで、もちろん先輩の練習には付き合いますからね」


 不意に紅島がそんなことを言ってくるのだった。


 まぁ、実際ありがたいんだけどね。


 「いや、お前、俺なんかにそんなに構う必要なんてないんだぞ?クラスのこととかあるだろ」


 まぁ、見た目がいいというのはそれだけで人気者になれる。それが学校組織というものだ。こいつなんかは、男子に人気ありそうだからな。


 だか紅島は


 「何言ってるんですかー!昔は先輩と一緒に居残り練習をしたじゃないですか!それに、クラスの子達と仲良くなるくらい私には何てことない話です」


 と、得意気に言うのだった。


 紅島は続けた。


 「それに、練習に付き合ってくれる優しい人は別に私一人ってわけじゃないんですよ?」


 一人じゃない。

 

 ってことは。


 「お前、俊に頼んだのかよ」


 俺が苦笑いしながらそう言うと紅島は「あったりー!」とおちゃらけながら言った。


 「私が頼んだら、真水先輩、快く了承してくれましたよ?ま、私がお願いしたからかもですねー!」


 「俺が頼んでも多分引き受けてくれたと思うが?それにあいつがいいやつだからというだけで、お前の能力は一切関係ないな」


 紅島が無駄なことを言いやがるので、俺が「フッ」と笑いながらツッコミを入れてやった。


 「あはは。そーかもですね」


 紅島はあっさりと認めた。面白くねぇな。


 しばらく歩くと住宅街に入った。


 「じゃあ、先輩。私はここで。明日の朝、公園のグラウンドで」


 「ああ。9時くらいに行くわ」


 「了解です!先に真水先輩と待ってますね」


 「はいはい」


 俺は自宅の方に向かおうとしたとき、背中の方で声が聞こえた。


 「私が先輩のことを気にかけるのは、先輩が特別だから、ですよ」


 口調に鬱陶しさはなく、穏やかだった。


 ・・・・・!


 思わず一瞬立ち止まってしまった。


 振り返って何か言おうとしたが、何も言葉が出てこなかったので、再び歩き出した。


 何だよ、それ。


 夕日が目に染みた。


 ****


 翌日、土曜日。俺がいつもより早く起きると、母さんは驚いて


 「大貴、どうかしたの?」


 まぁ、無理もない反応だ。いつもは昼ぐらいに起きてるからな。


 「ああ、おはよう。ちょっと、公園のグラウンドで走ってくる」


 俺がそう言うと、母さんはまた驚き


 「え!大貴・・・また走る気になったの?」


 この反応も無理なかった。母さんも俺が中学のとき、どれだけ陸上に力を入れていたかを理解していた。そして、なぜやめてしまったのかも。


 俺は少し心配そうでもある表情の母さんに優しく笑い


 「ああ。世話焼きの後輩のおかげと不思議な縁のおかげでね」


 そう言うと、母さんは「・・・そう」と嬉しそうに笑った。


 「さ、早く食べちゃいなさい」


 「分かってる」


 そうして俺は、朝食をさっと済ませ、ジャージに着替え、荷物をもって家を出た。


 5月が近い。太陽も少し熱を帯びている。


 街路樹の木々は緑色に染まりつつあった。


 それにしても、このジャージを着るのはいつぶりだろうか。多分2年ぶりだ。今は少し成長したからか、サイズが少しきつくなっている。


 時刻は9時の15分前。俺はゆっくりと、公園へ向かったのだった。


 ****


 俺が公園のグラウンドに着いたとき、俺は信じられない人物がいることに気づいた。


 「お、大貴。やって来たかよ」


 ジャージ姿の俊が近づいてきた。


 「お、おい。俊。ど、どうしてあの人が・・・」


 俺は理由を聞いたが俊も肩をすくめて「知らねぇよ、そんなの」と投げやりに言うのだった。


 そう、そこにいたのは。


 「あら、神ノ島くん。おはよう」


 俺のライバルの双子の姉、氷崎冷菜だった。何であなたがいるんだよー!!








 


 


 


 


 


 

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