第6話 昨日のこと。そして約束
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先輩はかつてのライバルとの思いもよらぬ再会にかなり驚いていました。
「お、お前・・・・・」
今、先輩の目の前にいるのは氷崎凍也さん。実は私も一度、過去にお会いしたことがありました。
まぁ、この人が、先輩が告白してフラれた氷崎冷菜先輩の双子の弟だと知ったのはつい昨日のことですが。どうやら一卵性ではないようで、そこまで似てるというわけでもないようです。彼は、見た目の印象は爽やかなスポーツマンといった感じです。冷菜先輩と同じ青みがかった黒髪をしており、目は切れ長で、すっとしています。いかにもモテそうですね。
さて、私が昨日何をしていたかといえば、昼休み。先輩に会いに行く前のこと。私は先輩が所属するクラスを訪れていました。
ある人に会いに行ったのです。
「どうも、初めまして。こんにちは。私、神ノ島先輩が超絶可愛いと誉めてくれる紅島優香といいます」
そう、もちろん氷崎冷菜先輩です。彼女は私の言葉に少し動揺しましたが
「そ、そう。私は氷崎冷菜よ。私に何かご用?」
と、笑顔をひきつらせながら切り返しました。
「じゃあ、冷菜先輩って呼びますね」
「馴れ馴れしいわね。・・・まぁ、別に構わないけど」
いいんかーい!ありがとうございます。
「いくつか聞きたいことがありまして。まず一つ。神ノ島先輩についてです。先輩って、クラスではどんな感じで過ごしてるんですか?」
冷菜先輩は少し怪訝な様子でしたが、答えてくれました。
「まぁ、私もあまり細かいところはわからないの。一年生のときから同じクラスだったけどね。大体、教室では一人で過ごしてて、昼休みはたまに別のクラスから友達っぽい子が会いに来るって感じ。何か彼、いつも退屈そうな表情で外を眺めていることが多いかな」
大方、予想通りでした。
友達っぽい子、というのは十中八九、真水先輩のことだろう。
「・・・そうですか」
さて、次の話だ。
話が話なので、顔を少し近づけてから話し始めた。
「ここだけの話、実は私、神ノ島先輩が冷菜先輩に告白してフラれた瞬間を目撃していたんです」
私がボリュームを落としながらそんなことを言うと、冷菜先輩は
「はぁぁぁぁ!?」
と、大声で驚くのだった。
ありゃりゃ。
周りに目を向けてみると、かなり多くの人が何事かとこちらを向いていた。
少しして冷菜先輩もそれに気づいたようでクラスメイトたちに向かって「ごめんなさい」と謝り、再びこちらに向き直った。
「そ、それで?」
私は続けた。
「ぶっちゃけたことを言いますと、私、神ノ島先輩のことが好きです」
「それは・・・異性として?」
「はい、ラブです」
「本当にぶっちゃけたことを言うのね・・・」
私が本心を明かすと、冷菜先輩は口許に手を当てながら上品に苦笑するのだった。仕草がお嬢様っぽいですね。
「それで、冷菜先輩は神ノ島先輩のことをフりましたよね?だから、私が神ノ島先輩をもらっちゃってもいいんですよね?」
これは、確認だ。言うまでもなく。
冷菜先輩は少し目を大きくして驚いた様子を見せたが、すぐにまた穏やかな笑みを浮かべ、こう言うのだった。
「・・・え、ええ。別に私は彼のことが好き、というわけではないから」
私はその瞬間「やった!」と思った。
だが冷菜先輩はそのあとに気になることを言った。
「好きではないけど・・・気になる存在ではある、かな」
は?
何それ。何が違うの?
もしかしてこの人、恋がどういうものか分かっていない人なのかな?
もしそうだったら自分の気持ちに気づかせるわけにはいかない。
「それって、どういう・・・?」
聞いてみたが、冷菜先輩は
「教えないわ。教えてあげる義理もないし」
と、口の端に不敵な笑みを浮かべながらそういうのだった。確かにそうだけど。
これは早いとこ先輩を落とさねば。
まぁ、この話はここまで。
「まぁ、別にいいです」
「それで?まだ何かあるの?」
冷菜先輩はよく響く鈴のような声で聞いてきた。
「最後です。冷菜先輩って、もしかして、双子の弟か兄がいらっしゃますか?陸上をやっている」
私がそう言うと、冷菜先輩は純粋に驚いた様子で
「え!どうして分かったの?いるわ。凍也っていうの。別の高校だけどね」
と、私の推測を確実にする発言をするのだった。
やっぱりね!
私は両手を合わせて頭を少し下げ、頼み込んだ。
「冷菜先輩に一つ頼みがあります!明日の放課後、その弟さんに学校からすぐの公園に来るよう伝えてもらえますか。神ノ島大貴と紅島優香が会いに行くからって」
すると冷菜先輩は私の目をじっと見てから、小さく頷き「分かった」と言って了承してくれました。しかし、何だ?間があったぞ?
別に変なことは考えてないけど?
私は冷菜先輩に感謝の意を込めてぺこりと頭を下げ、その後に先輩を探しに行ったのでした。
次は放課後の話です
私は真水先輩のクラスを訪れていました。
私が廊下側の窓から「真水せんぱーい。ちょっとお話が」と呼びかけると、彼は友達との会話を打ち切り、廊下に出てきてくれました。
「ん?どしたー、紅島ちゃん?」
「神ノ島先輩のことで、少し」
「まぁ、そうだろうなとは思った」
真水先輩は少し残念そうにおどけてそう言うのでした。なんか、ごめんなさい・・・
「真水先輩は神ノ島先輩の陸上部時代の話を知っていますか?」
私が聞くと、真水先輩は首を横に振り
「いや。あいつとは1年のころ同じクラスだったけど、自分のことはあんま話さなかったからな。ま、孤立してたあいつを救ったのが俺だってわけ」
ふむふむ。やっぱりこの人、神ノ島先輩が言っていた通りいい人みたいです。
「ではまず、過去の話から」
そうして私は先輩が陸上をやっていたころの話をしました。その時何が起こったのかについても余さずです。
私が話し終えると、真水先輩は少し哀しげに笑って
「・・・そうか。そんなことがあったら、俺だって部活なんてやりたくなくなるわ」
「・・・はい」
本題はここから。
「ですが、神ノ島先輩は今もそのことを引きずっているみたいなんです。だから、私が・・・どうにかしてあげたいなって」
私が言い終えると、真水先輩は顔色を窺うようにこちらを見て言った。
「それは・・・あいつが、望んでることか?」
私はしっかりと見返して
「はい」
しばらく私と真水先輩は無言で見つめ合っていましたが、真水先輩は「フッ」と笑い
「そうか。それで、俺にはその手伝いをして欲しいってことか?」
鋭いなぁ、と思いました。
私は苦笑してしまいました。
「はい。真水先輩にお願いしたいのは、神ノ島先輩の競争相手です。練習においての。私は見ての通り女子ですので、全力でも相手になるかどうかは微妙ですから」
私の言葉に真水先輩は笑いながら「そりゃそうだ」と言い
「なるほど、了解。ま、部活ない日とかに相手になるわ」
「ありがとうございます。お願いします」
話は終わったので、帰ろうかなと思ったのですが、真水先輩はこんなことを言いました。
「・・・なぁ。紅島ちゃんは、どうしてあいつのために、そこまでしてやるんだ?」
な・・・・・!
多分、動揺が顔に出ていたと思います。けれど、本心は言いませんでした。
「それは、ひ・み・つ、です」
私が必死に心の内を隠しながらそう言うと、真水先輩は苦笑して「そうか」と言うのでした。
まぁ、私が昨日やっていたのはこんなことでした!
****
俺の目の前にいるのは氷崎凍也、かつてのライバルだった。
「やぁ、大貴。久しぶり」
なぜかこいつのことはすぐに分かった。それだけ心に深く刻み付けられていたということだろう。
「・・・おう。どうして、ここに」
俺が聞くと、紅島が答えた。
「私が凍也さんの双子のお姉さんであり、先輩がフラれた冷菜先輩に頼んだからです」
やっぱそうなのね!
って。
「ん?大貴、冷菜に告ってフラれたの?」
紅島が余計なことを喋ったので案の定、凍也は嫌な笑みを浮かべながらそんなことを言ってきやがった。
このやろー!
紅島の方に目を向けると、腹を押さえながらクスクス笑っていやがった。
「ちっ。・・・ああ、そうだよ!」
俺は開き直りながらはっきりと言ってやった。多分、顔が赤くなっていたと思う。
まさか凍也の双子の姉だとは思わなかったからな。仕方ねぇだろ。
不意に、紅島が口を開いた。
「凍也さん、私、誰だか分かりますか?紅島優香ですが」
すると凍也は紅島の方を向いて彼女をじっと見つめた後、
「ああ!優香ちゃんか。久しぶり。へぇー、可愛くなったじゃん」
と、陽気に挨拶するのだった。
え?紅島って、凍也と会ったことあるっけ?
やっぱ俺はそこら辺のことについては記憶にないらしい。
紅島はにこにこ笑いながら嬉しそうに「ありがとうございますー!高校デビューってやつです」とか言っていた。あれ、高校デビューなのか。
紅島は少し真面目な顔になって口を開いた。
「それで、凍也さんにお願いしたいのは神ノ島先輩と100m走の対決をすることです」
は?
と一瞬思ったが、すぐに何の事か分かった。
「お前が言ってたのはこういうことか」
紅島の方を向いて俺がそう言うと彼女は頷いた。
「凍也。俺からも頼む。何だかんだで俺も・・・決着がつけられなかったことを、悔やんでたんだよ」
少し思案した後に凍也は口を開いた。
「それは・・・今すぐに、かな?」
俺が答えようとしたがそれよりも先に紅島が口を開いた。
「いいえ。3週間くらいあれば・・・いいですよね?」
と、俺に向かってニヤッと不敵な笑みを浮かべながら聞いてきた。
フッ。
「ああ。それでいい」
紅島が後を引き取った。
「だそうです」
すると凍也もフッと笑いながら
「OK。実は僕も、大貴と決着つけられなかったことは残念に思ってたんだ」
「お互い様だった、ってことか」
俺もニヤッと笑いながら言ってやった。
紅島が口を開いた。
「では、3週間後。競技場を私が借りておきますので、そこで」
俺と凍也は互いに頷き合った。
その後はしばらく雑談に興じたのだった。
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