第5話 かつての・・・

 帰り道。俺は氷崎さんと一緒にいつもの通学路を歩いていた。俺は自転車を押している。


 それにしてもね・・・


 さっきから、会話が全くないんですけど?この人、なに考えてるの?


 まぁ、仕方ない。俺から切り出そう!


 「ね、ねぇ、氷崎さん。話したいことって、何?」


 よくやった俺!えらいぞ!


 めっちゃ緊張してるけどね。


 氷崎さんは俺の方を向いてゆっくりと話し始めた。


 「神ノ島くんって、あの子のこと好きなの?」


 「・・・・へ?」


 思わず間抜けな声が出た。いやいや、ちょっと待て。


 「あの子っていうのは・・・・・」


 「分かってるでしょ?朝に君に会いに来た子だよ。昼休みにも君のことについて私にいろいろ聞きに来たよ」


 あいつー!!氷崎さんに何を聞きに来たってんだ?俺、この人にほとんど自分のこと話してないけど?


 「え、あ、ああ。あいつな。いやいやいや、別に俺はあんなやつのこと好きでも何でもないわ」


 俺は手をブンブン振って否定した。


 「あんなやつ、って。そんな風に言うのはどうかと思うよ?あの子、可愛いじゃん」


 氷崎さんは「そう思わない?」という意図を込めて俺の方を向いた。この人の瞳は俺の心の奥まで見透かされそうなぐらい透き通っている。


 「いや、まぁ、そうかも・・・しれないけど」


 正直、あいつが可愛いかどうかなどどうでもいいことだ。それにまだあいつのことについてほとんど思い出せていない。


 もしかしたら、過去のことを思い出したくないから、無意識に自分が思い出さないようにしているのかもしれない。紅島は俺がそのような状態にいるのだと思ったから、過去のことに決着をつけさせたかった。そういうことか。


 「別に、マジで好きとかそういうのじゃ、ない」


 俺がそういうと「ふーん?そうなんだ」とぶっきらぼうに言った。えーっと、あなたが聞いてきたんですよね?何でそんな反応なんでしょうか。


 氷崎さんは別のことを聞いてきた。


 「じゃあ、別の話。君って、もしかして中学のころ、陸上か何かやってたの?」


 え?何でそう思ったの?


 「えーっと、どうしてそう思ったんだ?」


 「実はね、今もだけど、双子の弟が陸上やっててさ。大会にちょくちょく見に行ってたんだ。中学の大会で、君の名前を聞いたことがあるような気がしたから。どうなの?」


 「あ、あー・・・・」


 また過去の話か。今日はやたらとそれについて話させられる日だ。


 って、それよりも。


 「え?双子の弟?」


 そっちの方が気になった。


 「そ。同い年の弟がいるんだよ。別の高校だけどね」


 へー。初耳学に認定します。


 氷崎さんは俺の方をのぞき込んで「それで?どうなの?」と聞いてきた。参ったな。言うしかないか。


 「あ、ああ。やってた。・・・けど、今はやめた。もう、いいかなって」


 「・・・そうなんだ。じゃあ、スポーツテストの50メートル走は手を抜いてたの?」


 「あー、まぁ、そうだな」


 1年の頃はマジで手を抜いていた。走る気力も意味もなくなったからな。ちなみに今年も5月にあるので、これからあります。


 「じゃあさ、今度のスポーツテストでは全力を見せてよ」


 氷崎さんはそんなことを言ってくるのだった。


 「何で・・・?」


 「・・・教えない」


 理由を聞いたが、氷崎さんは小さな声で、俺から目をそらして、そう言うのだった。


 え、何?ちょっと赤くない?どうしたの?


 まぁ、無理して聞く必要があることでもない。


 「気が向いたら・・・多分」


 そのあとは、二人の間に沈黙が流れ、しばらくすると分かれ道に差し掛かった。


 「じゃあ、私、ここ右だから。よかったら・・・また、私と話、してくれるかな?」


 いいんですか!?


 って思いました。やったー!


 「え、あ、うん。あ、俺からも、まだまだ話したいことがあるから!お願いします」


 俺は少し早口になりながらも、何とかお願いすることができた。


 すると氷崎さんは少し苦笑しながら「うん」と小さく頷いて右の道へと歩いていった。


 カラスが、かぁかぁと鳴き、そよ風がそよそよと俺の肌を撫でた。


 「帰るか」


 それにしても、紅島は何を考えてるんだろうか。気になる。


 ****


 翌朝。いつものように学校に行き、席に着くと、確か陸上部だったやつらが数人近寄ってきた。あまり記憶にないからな。仕方ない。


 それにしても、何の用だよ。


 「なぁ、神ノ島。あの子、陸上部に入るよう説得してくれよ?親しいんだろ?」


 「知ってる?あの子、中学の県大会で入賞した子なんだよ」


 陸上部員の男子Aくんと女子Bさん(勝手に名付けた)が俺に向かってそう言ってきた。


 なんだそりゃ、冗談じゃねぇ。


 「何で俺がお前らのためにそんな面倒なことしなきゃいけねぇんだよ」


 俺の言葉に二人は少したじろいだが、


 「お前の頼みなら聞くだろうと思ったからさ。よろしくな!」


 「あの子は才能がある子なんだよ。だから陸上をやるべき!じゃ、そういうことで」


 と、勝手にそんなことを言い残しやがった。


 「おい!」


 と二人を呼んだが、すでに彼らは自分の席に向かっていた。


 ふざけんじゃねぇよ、まったく。


 それにしてもあいつ、中学のとき、そんなすごかったのか。なのにどうして今はやろうとしないのか。


 俺みたいな事情があるわけじゃあるまい。


 まぁ、断じてあの二人のためではないが、少し聞いてみてやろう。


 そんなことを思ったのだった。


 ****


 放課後。俺が荷物をまとめていると、案の定、紅島がやってきた。


 「せんぱーい!」


 「ちょっと待ってろ!今行くから」


 急かすなよ。


 手早く荷物をまとめ、席を立ち、教室を出た。


 なぜか氷崎さん含め、俺に変な視線を向けていたがそんなことは気にしなかった。


 俺と紅島は土間で靴を履き替え、外に出た。そして俺は自転車置き場に向かい、自転車を持ってきた。


 「んで?これから何を見せてくれようってんだ?」


 俺が最も気になることを聞くと紅島は「まだ秘密です☆」とあざといウインクをかましながらそう言うのだった。今そんなの求めてねぇけど?


 俺たちは二人でそのまま校門を抜け、学校外に出た。


 どこに行くか知らんが、まぁ、教えてくれねぇんだったら、別のことを聞くか。


 「そう言えば聞いたぞ。お前、中学ではそこそこすごい選手だったんだってな。うちのクラスの陸上部員が言ってたぞ。何でお前、部活入らないんだ?」


 俺が聞くと、紅島は一瞬足を止めたが、また歩き始めた。


 紅島はこう言うのだった。


 「もういいかなって思ったんです。自分の限界感じちゃったってやつです。それに・・・」


 最後にちらっと俺の方を向いて意味ありげな視線を向けてきたが、またすぐに前を向いた。


 ???


 「何だよ?」


 聞いたが、「いえ、別に」というだけで何も言ってはこなかった。


 -何が言いたかったんだよ。


 俺に関する何か、だということは何となく分かったがそれ以上は何も分からなかった。


 しばらくすると公園が見えてきた。ここは少し規模が大きめで、広いグラウンドがある。


 俺は入口で自転車を停め、鍵をかけ、紅島とともに入っていった。


 公園?誰かが待ってるとかそういうのか?


 不意に、紅島が口を開いた。


 「氷崎、と聞いてもしかしたらと思ったんですが、やっぱりでした。先輩は記憶にないようですが。まるで議員のようです・・・」


 「おい、最後のは何だ!失礼だろ?俺は記憶にございませんなんて言わないぞ!」


 俺が反論すると、紅島はくすくすと可笑しそうに笑いやがった。う、うぜぇ。


 そんなことよりも。


 ヒザキ・・・


 俺のクラスのあの人以外に誰かいただろうか。


 歩きながら考えていると、隣の紅島は突然立ち止まった。


 「先輩。顔、上げてください」


 言われて上げてみると、目の前にある人物がいた。


 「お、お前・・・・」


 そこにいたのはかつて俺がライバル視していた、氷崎凍也ひざきとうやだった。



 


 

 


 


 

 


 

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