第4話 「もし、の話です」
「おいてめぇ、どういうつもりだ?」
俺は紅島を廊下の突き当たりの空き教室に連れてきていた。あいつが俺の教室に来た後、周りが一斉に俺の方を向いてきて、非常に居心地が悪かったからである。
俺が紅島に言外に「なぜ変なことを言いふらしたのか」と問うと、彼女はきょとんとした様子で口を開いた。
「何のことを言ってるんですか?私はただ、大好きな先輩に挨拶に来ただけですが?」
「は?とぼけんじゃねぇよ。俺が氷崎さんにフラれた挙げ句、一年の子を狙ってるなんてふざけた噂が流れてんだ。俺がフラれたことを知ってるのはお前だけだろ!」
俺は紅島を壁際に追い込んで問い詰めた。
のだが。
「・・・・?どうかしたのか?」
紅島は顔を赤くしながらどこか遠くを見ており、俺と目を合わせようとしない。
俺が問うと、紅島は俺の方を向いて睨み、ぼしょぼしょと小さな声で言った。
「・・・近い・・・です。殴りますよ」
あ。あー、そういうことね・・・
紅島と俺の距離の近さに気付き、俺はさっ、と距離をとった。
「悪い。つい、勢いで」
「襲おうとしたんですか?」
「違うわ!なんでこの流れでそうなる」
ったく、こいつは。お前なんか何で襲わないといけねぇんだっつーの。
俺は話を戻した。
「んで、どうなんだ?」
「だ・か・ら!私は何も知らないって言ってるじゃないですか。もしかしたら私以外の誰かにもフラれた瞬間を目撃されてたんじゃないですか?・・・あと、私が先輩を慰めてるとこも」
紅島はしつこいなぁ、と言わんばかりにそう言うのだった。表情もふざけているという感じではない。
なぜか最後に付け足したところは言葉に力がなく、弱々しかった。よく分からんが。
はぁ、とひとつため息をつき俺は口を開いた。
「あっそ。ならいいわ。付き合わせて悪かったな。だが付きまとうのはやめてくれ。ウザいから」
そう言い残して教室に戻ろうとしたが、不意に紅島が口を開いたので足を止めた。
「・・・先輩。氷崎さん、という人にフラれたんですよね?」
ん?何でそんなことを聞くんだ?
俺は振り返って答えた。
「ああ、そうだが?」
「その人、兄弟か何かはいらっしゃるのですか?」
兄弟?
「知らない。どうしてそんなことを聞くんだ?」
俺が問うと、紅島は「あ、いえ。少し気になっただけです」と言うので特に気にしないことにした。
「お前もさっさと教室戻れよ。もうすぐHR始まるぞ」
「おっと、もうそんな時間。先輩、また来ますので!」
紅島はバタバタと空き教室を出ていった。
また来ます、じゃねぇよ。
それにしても、あいつの顔と名前はなかなか思い出せないが、声は聞き覚えがある・・・ような。
そんなことを思いながら教室へと戻っていった。言いふらしたやつ、誰だよ。
****
昼休み。何となく今日は教室にいるのが気まずかったので、外のベンチで昼食をとることにした。気づいたら野球部をはじめとした運動部が昼練のために練習にうちこんでいる姿を見てしまっていて、慌てて別の方を向いた。
はぁ、はぁ。
呼吸が少し荒くなった。俺はしばらく瞑想して心を落ち着かせ、それからもう一度目を開いたその時。その時だった。
「こんっちはー!先輩。探しましたよ」
隣にいつの間にか紅島が座っていた。
「どわぁ!!お前、何でいんだよ!」
びっくりすんじゃねぇか。全く気づかなかったわ。
俺が派手に驚くと、紅島は腹を抱えながら笑っていやがった。チクショウ!
俺は気を取り直して口を開いた。
「何の用だ?」
「先輩に少しばかり聞きたいことがありまして。あ、私もここでお昼、一緒しますよ!」
紅島は持っていたバッグから弁当を取り出した。
って、おいおいおい。
「誰が俺と昼飯を食べることを許した?」
「まぁ、そう言わずにぃ。可愛い後輩にご一緒してもらえるんですよ?こんな幸せなこと、なかなかないと思いますけど?そう思いませんか?」
紅島はぐいっと思いっきり近くに寄って来た。制服が若干当たっている。
なまめかしい首筋と鎖骨のあたりが見えて、目をそらした。
「だ、誰が可愛い後輩だって?」
しまった。言葉が上擦った。
「もっちろん、この私、優香ちゃんのことですよ?それに先輩が昔、言ってたじゃないですかー。ショートでー、明るくてー、一緒にいて楽しい子がー、タイプだって」
「・・・言ったか?そんなこと?」
俺が聞くと、紅島は「はい」と頷いた。
あー、そういやぁ、いつだったかな。言ったような、言ってないような。
でも、誰に言ったんだっけ?やはり顔が思い出せない。
まぁ、そんなことはともかく。
「今は好みが変わったんだよ。んなことはともかく、聞きたいことって何だよ」
俺はそう言って、購買で買ったパンをひとくち口に入れた。
紅島は少し真面目な表情と口調になって口を開いた。
「・・・先輩。まだ、過去のこと、引きずっているんですか?」
「・・・何のことだよ」
「とぼけても無駄です。陸上部や野球部たちのいる方を見て苦しそうにしてたじゃないですか」
見られてたのかよ・・・。こいつは俺の変なとこばっか見やがる。
俺はひとつ舌打ちをしてから口を開いた。
「・・・ああ。そうだよ。もう、努力が一瞬のことでふいになっちまうなんてごめんだ。なのにな、グラウンドの近くを通ったとき、つい見ちまうんだよ。部活なんてこりごりだって、思ってるのによ」
いつの間にか顔は下を向いていた。奥歯も噛み締めていた。
飯がまずくなった。なんてことを聞いてきやがる。
紅島はしばらく何も言わずにいたが、しばらくすると俺の頭に触れてきて、ゆっくりと撫でた。それから優しい口調で話し始めた。
「・・・そう、ですか。わかりました。先輩。もし、もしですよ?先輩がライバル視していたあの人と、もう一度勝負できるチャンスがあったら・・・どうしますか?」
・・・・・なんだそりゃ。
俺は紅島の手をそっとどけて、顔を上げた。
「ねぇよ。そんなチャンス。それに、俺はもう部活には入らない」
思わず口調が荒くなってしまった。だが紅島は両手で俺の顔を挟み、無理やり自分の方を向かせて言った。
「だ・か・ら!もしって言ってるじゃないですか。あと、別に部活に入りたくないならそれでもいいんです。そのうえで、どうなんですか?」
目をそらしそうになったが、彼女の視線がそれを許さなかった。
「多分・・・やりてぇんだと、思う。正直、自分でもよくわかんねぇんだよ、自分の気持ちが。けど、ブランクがあるからあいつにはもう—」
きっと、あいつはもう今では俺の手の届かない選手になっているだろう。
「勝てない」と続けようとしたが、紅島が遮った。
「そうですか!よし!わかりました!ブランクなんて、先輩にはあってないようなものですよ。この私に任せてください」
「・・・?はぁ。何しようってんだ?」
俺は聞いたが「ひ・み・つ、です」と人差し指を口に当て、ウインクしながらそう言うので、それ以上聞かなかった。なんだこいつ、ちょっと可愛いかもな・・・
いやいやいや!俺は氷崎さんが好きなんだ!
俺がそんなことを思っていると紅島が「さ、この話はここまで。お昼食べましょう」と言うので、俺もそうすることにした。途中、紅島が自分の弁当のウインナーを俺の顔に近づけてきて「欲しいですか?欲しいですよね?そうなんですよね?」とニヤニヤしながらやってきた。ほんと、どうにかしてください。
****
放課後。紅島は昼食の後、「明日の放課後、開けといてくださいねー」と言い残して教室へ戻っていった。何考えてんだか。
俺が教科書などの荷物をまとめていると、近くに人が寄って来た。
顔を上げると、そこにいたのは・・・・・
「ね、ねぇ。神ノ島くん、一緒に帰らない?少し・・・話したいことがあるんだけど」
氷崎さんという名の天使が俺の目の前にいた。ええええええええ!
「え、あ、氷崎さん・・・。う、うん。いいけど」
思わずたじろいじまった。何の用があるんでしょうか。
めっちゃ気になります・・・。
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