第3話 いろいろとよく分からない後輩
俺たちは学校から続く長い坂を三人で歩いていた。俺と俊は自転車を押しながら、そして紅島はその前を歩いている。
「さて、まずはこれを見てください」
そう言って紅島はスマホを俺の方に近づけてきた。
隣の俊も近づいてきて画面をのぞき込もうとしてきた。近いわ、バカ。
「えーっと・・・」
紅島のスマホに映っていたのは俺もよく知る写真だった。
「あー・・・これか」
清明中学陸上部の集合写真。もちろん俺も写っている。隣で俊が「おー?なんだこれ!」とか言って楽しそうにしていた。やかましいな、こいつ。
「はい、先輩も写っているこの写真に私もいるんです!さて、どれが私でしょーか?」
紅島は人差し指をふりふりしながらクイズ番組の出題者のように俺に聞いてきた。
「本当にいるんだよな?」と俺が聞くと、紅島は「もちのろんです!」と即答してきた。口調こそふざけ気味だが、まぁ本当にいるんだろう。
俺がじっくり見ようと立ち止まると、紅島と俊も立ち止まった。
そして紅島はスマホを持った手をぐいっとこっちに近づけてきて・・・
「って、おい!お前、そんなに近づけんでもいいわ!むしろ何も見えねぇんだけど!」
紅島はスマホを俺の顔のすぐ近くまで近づけてきた。なんにも見えんわ。
俺が抗議すると、紅島はスマホを俺の顔からひょいと離し二シシと笑いながら口を開いた。
「ごめんなさーい!」
うっとうしい行動ではあったものの、その顔はなぜだかあまり憎めなくて、むしろ可愛らしくもあった。
「・・・最初からちゃんと見せろよ」
だから俺は弱々しく抗議するのだった。
紅島が再び俺に向けてスマホを構えると、俊は
「よーし!俺が見つけてやる!」
と、意気込んでいました。楽しそうだな。
「やれやれ」
俺もじっくり見させてもらった。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・のだが。
なんと、全く分からなかった。俊は隣で「お、大貴みーっけ!」とか言っていた。なんで俺を探してんだよ。
俺がうんうん唸りながら探していると、不意に紅島が口を開いた。
「ふふん。分かりませんか~。まぁ、確かに私、このころから大分イメチェンしたんですけどね!」
「いや、イメチェンって言ってもなぁ」
いくらイメチェンしたと言っても分からなさすぎる。ただ俺が女子を見分けるのが不得意なだけかもしれんが。
「しょうがないですね~。じゃあ、真水先輩にはどれが私か教えてあげましょう!」
紅島がそう言うと、俊は「やったー!」とガッツポーズを作りながら喜ぶのだった。
って、
「何で俺には教えてくれねぇんだよ!」
俺が抗議すると紅島は
「だって、先輩は知ってるはずなんですもーん」
と、言い訳を言う子供のように反論するのだった。
「なんだそりゃ・・・」
俺ががくっと項垂れると、紅島は俊の方に近づいて画面を見せていた。
「えーっとですね、この列のここにいるのが、私なんですよー!」
紅島がじっくり説明すると俊は
「あ、マジか!あー、でも、よぉーく見るとなんとなーくそれっぽい気がしなくもないような」
「どっちなんだよ」
俊のはっきりしない言葉に、俺は思わずツッコミを入れた。
「ははは!マジマジ。ちゃんといるよ」
俊は笑いながらそう言うのだった。やっぱ俺が女子を見分けるのが不得意なだけらしい。
「んで?結局、とうしてお前は俺に近づいてきたんだ?」
俺は本題に話を戻した。
「つまりですね、まぁ、このときから先輩の事が、個人的に、気に入っていたんですね」
俺が端的に聞くと、紅島はなぜか少し恥ずかしそうに、途切れ途切れになりながら理由を話した。
でも・・・
どゆこと?
「・・・どういうことだ?」
俺が聞くと、紅島はなぜか焦った感じで
「え?あ、あー、ほら、なんか、からかいがいのある面白そうな先輩だなぁー、的な意味ですよ!別に、変な意味じゃないです!」
「・・・?。なんだそりゃ」
それにしても、中学時代にこんな俺をからかってくる後輩などいただろうか。
いや、イメチェンしたということは何か心境の変化かあったのかもしれない。ならば当時と性格が多少異なっていてもおかしくはないかもな。それに俺が知らなかったというだけで、おとなしそうな見た目のやつが実は人をからかって面白がるのが大好きなやつ、ということもあるだろう。
まぁ、今日はひとまず納得したということで。
隣の俊は意味ありげな視線を俺に向けていたが、それは無視した。
「あっそ。なら鬱陶しいからもう俺に近づいてくるんじゃねぇぞ。あ、今日のことは忘れろ」
俺は再び自転車を押して歩き始めた。
「ちょっと待てよ、大貴!」
俊も俺の後をついてきた。だが紅島はその場に少しの間立ち止まっていた。
そして、小さい声で呟いた。
「先輩。・・・私、諦めませんから」
当然、小さな声で呟いたので俺の耳には届かなかった。
そしてまたすぐに俺たちのもとに駆けていった。
「待ってくたさいよー!先輩が思い出すまで付きまといますからねぇー!」
****
翌日。昨日は悶々とした感情を抱えていたものの、割と疲れていたからかすぐに眠ることができた。
いつものように学校に行き、席に座ると、氷崎さんが俺の近くを通った。そして、小さく俺に向けて会釈をして
「お、おはよう・・・」
と挨拶してすぐに自分の席へと向かった。
俺の今の心境はこうだった。
え、なんか今、若干照れてなかった?何で昨日フッた相手にそんな態度とんの?むしろ気になった的な?いやいや、自意識過剰だよな!でも、フッた理由が「君のことをよく知らないから」だったよな。ってことは実はもっと君のことを知りたい的な?よし、諦めないぞぉー!頑張って氷崎さんとお話しするぞぉー!
てな感じだった。
俺が決意を固めて、ゆっくり席を立とうとしたその時だった。ふと、クラスのやつらの会話が耳に入った。
「なぁなぁ、知ってるか?神ノ島のやつ、氷崎さんにフラれたらしいぞ」
「ああ、聞いた聞いた。そんで今度は一年の子を狙ってるってな。あいつもなかなかやるよな」
そいつらは俺の方をチラチラ見て笑っていやがった。まぁ、そんなことよりも会話の内容の方が重要だ。
俺が一年の子を狙ってる、だって?
はぁぁぁぁぁ?!
一体誰がそんなことを、と思っていたら突然教室に入ってきたやつがいた。
「せ、先輩!おっはよーございまーす!」
嫌な予感がして、声の方を見ると、案の定紅島優香だった。
言いふらしたのはお前だな!!
頭を抱えるしかなかった。
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