第2話 俺は羞恥で死にたい

「紅島・・・優香・・・」


 彼女の名前を反芻して、記憶を呼び起こしてみるが・・・


 ・・・・・・・・・・・・。


 「やっぱお前、誰?」


 結局思い出せなかった。しょうがないじゃん、記憶に残ってないんだからさ。


 俺が再び彼女の素性を聞くと、紅島はくすくすと笑って


 「まーそりゃ、分かりませんよね。ところで先輩。今、部活なにやってるんですか?」


 「・・・・・は?何でそこで部活の話が」


 「いいから、答えてくださいよ」


 俺が理由を聞こうとすると、紅島は少し真剣な表情になって聞いてきた。


 部活、か。その言葉を聞いて胸が少し痛んだ。


 「・・・帰宅部だ」


 俺が答えてやると、紅島は驚いたように目を少し見開いてしばらくの間沈黙した後、やがてまた口を開いた。


 「・・・・・あ、あーはいはい。つまりは何もやってないってことですね。そーなんですね。やってないならやってないって言ってくださいよ」


 口調はなぜか少し焦ったような感じだった。ほんと、なんなんだこいつ。


 「・・・?。まぁ、そういうことだが」


 俺はただ事実を言っただけだ。本当に何もやっていない。


 だが、こいつがなぜ部活のことを聞いてきたのかについては少し心当たりがなくもなかった。


 だから俺は少し聞いてみることにした。


 「なぁ、お前ってどこ中出身だ?」


 すると紅島は少し嬉しそうに口を緩ませ


 「清明中せいめいちゅうでっす!」


 と、ピースしながら答えた。いや、今そんなの求めてねぇから。


 俺は続けて聞いた。


 「部活なにやってた?」


 「もちろん、陸上部です!」


 紅島は元気よくそう答えた。いや、何が「もちろん」なのかは知らんが。


 まぁ、とにかく分かった。


 「・・・・・やっぱりそうか」


 と俺が呟くと紅島は目を輝かせて「じゃあ-」と俺に向かって言ったのだが、俺はその続きを遮った。


 「いや。お前が何者かは確かに分かった。だかな、悪い。やっぱりお前の顔と名前に覚えはない」


 紅島が俺と同じ中学の後輩でしかも元陸上部だったということは分かった。しかしそれは「なぜこいつが俺のことを知っているのか」が分かっただけだ。つまり、相手が一方的に俺のことを知っているだけだってこと。


 俺の言葉を聞いて、紅島はがくっと大きく項垂れた。大丈夫か?首、折れてないか?


 「・・・・・あ、あはは。まぁ、それならそれで、もーいいです」


 紅島は苦笑とともにそう言うのだった。


 大分日は落ちてきて、部活からあがって帰っていく生徒たちの姿が見え始めた。


 話も終わったことだし、そろそろ帰るか。


 「じゃあな」


 俺は荷物をもって自転車置き場に向かおうと足を進めた。


 ・・・・・・・。


 ・・・・・・ん?


 が。大事なことを忘れていた気がして、足を止め、後ろを振り返った。すぐ後ろにはニマニマと気色の悪い笑みを浮かべながら後をついてきた紅島の姿があった。


 「な、なぁ。お前・・・・・もしかして」


 俺が冷や汗を滴ながら恐る恐る紅島にある事実について聞こうとすると、すぐに彼女は答えた。


 「二シシ。そーです!ばっちり見ちゃってましたよ!先輩がフラれるところ」


 口元に手を当てながら、いたずら好きな子供のように(まぁ、まだ子供だけど)そう言うのだった。


 「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺は叫び声を上げながら膝からくずおれてしまった。近くを通った生徒が「大丈夫か?あいつ」みたいな目でこっちを見た気がしたが、それどころではなかった。


 「な、なぁ、お前。どこから、いつから・・・見てたんだ」


 俺はゆっくりと顔をあげて、紅島に聞いた。


 すると紅島はこう言うのだった。


 「もちろん、」


 「最初から最後まで!ひとつも余すところなく、です!」 


 それに加え、


 「あ、どこから見てたのかは、ひ・み・つ、です!」


 あ、そう・・・・・・・・・・。


 もう俺、死ぬしかしかないな。


 「は、はは。ははは・・・はは」


 俺は再び項垂れ、ただひたすらに苦笑を漏らし続けるのだった。


 あんなみっともない姿を見られたら俺、明日から生きていけないよ~ええん。


 そして、そんな俺の頭を紅島はまた、よしよしと撫でるのだった。なんか絶妙にウザい気がする、こいつ。


****


 紅島と一旦別れ、自転車置き場に向かうと長身でがたいのいい男が近寄ってきた。


 「よう、大貴。見てたぜ。なんなんだよあの子!結構可愛いじゃねぇか?もう、氷崎さんは諦めたのか?」


 げ・・・・・


 間の悪いときに来やがった。


 「お、おう、俊。いや、あいつは別になんとも」


 「ほんとかぁ?そのわりに随分と親しそうだったが?頭も撫でられてたし」


 親友はニヤニヤと笑いながらそんなことを言い放ったのだった。


 「ぎゃぁぁぁぁ!お前、忘れろ!記憶から抹消しろぉ!」


 「やっぱなんかあるんじゃねぇか。おう?俺でよければ話を聞かせてくれよ」


 俊はそう言って肩を組んできた。


 真水俊。サッカー部のエースストライカー。多少鬱陶しいところもあるのだが、まぁいいやつであるのは間違いない。


 「おい、やめろって。・・・・・全く。そんなにあいつのことを知りたければ俺と一緒に帰るんだな。今から紅島と帰るんだ。不本意だが俺もあいつに聞きたいことがある」


 「お、紅島ちゃんって言うんだ!そっかそっかー。よし乗った!俺も帰る」


 俊はぴょんとすばやく俺から離れて自分の自転車のもとに向かった。俺も自転車に鍵を差し込み、動かす。


 俺が先に自転車置き場を出て、後から俊がついてきた。


 外に出ると、桜の木の下で鞄を持ちながらたたずむ少女の姿があった。もちろん、紅島である。


 その光景が妙に似合っていて、一瞬息を飲んだ。


 ーやっぱ、こんな綺麗な後輩、知らねぇわ。


 俺がそんなことを思っていると、紅島は俺たちに気づいたようで、こっちを向いて近寄ってきた。


 「あ、先輩!もー、遅いですよぉー!ん?その人は」


 紅島は俺の後ろの俊に気づいたようで、何者だと問うてきた。


 「あ?こいつ?まー、一応、親友の真水俊」


 「ひっでぇな!なんだ、一応って」


 俺の言葉に俊は抗議するように背中を叩いてきた。いっでぇぇ!


 なおも俊は続けた。


 「よろしく。紅島さん、だよね?」


 その言葉に紅島は「はい。よろしくでーす」と元気よく応対するのだった。


 「ねぇ、ところでさ。紅島さんって、大貴とどういう関係?」


 ん?ちょっと待て、俊。何を・・・


 俊の言葉に紅島は「うーん」としばらく唸って


 「・・・・・・・彼女?」


 と、首をこてんとかしげながら言うのだった。


 どうしてそうなるんだよ!!


 その途方もない答えに俺は思わず吹き出し


 「違うだろ!!」


 と、ツッコミを入れた。すると紅島はまたくすくすと笑い


 「じゃ、じゃあ・・・フラれたショックを私が優しく慰めてあげた、と言えばいいんですか?あっはは」


 笑いが収まらないようで、いまだに腹を抱えていやがった。こ、こんにゃろー!


 悲しいことに事実なので何も言えないのだった。


 紅島の言葉に俊は大笑いして


 「ははは、なんだそりゃ!それってもしかして大貴。氷崎さんにフラれたってことか?」


 俊は俺の方を向いたが、俺は無言で顔をそらすのだった。多分俺、今顔赤くなってるから。見せられない。


 俺の様子を見て俊はそれを肯定と受け取ったようだった。くすくすといった笑い声が聞こえた。


 これ以上こいつらにバカにされる訳にはいかないので、俺はすばやく校門の方に自転車を押し進めた。


 すると俊も紅島もついてきた。


 「俺のことはどうでもいいだろ、紅島。お前のことについて聞きたいんだ、俺は」


 俺の言葉に紅島はやれやれといった感じでため息をつき


 「しょうがないですね。話してあげます」


 太陽は西に深く沈んでいた。

 



 

 


 


 



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