俺がフラれた瞬間を昔は地味だった後輩ちゃんが見ていた

蒼井青葉

第一章

第1話 謎の後輩に慰められる俺

 恋は人を盲目にすると言うが、俺はまさにその典型だった。1年の頃、たまたま席で隣になった少女がいた。彼女の名前は氷崎冷菜ひざきれいな。青みを帯びた髪は肩の下あたりまで伸ばしており、艶やかな輝きを放っていた。


 俺が隣になったときは彼女は窓側最後尾にいて、よく風に揺られながら本を読んでいた。クラスの間では、そこそこ可愛いと評判だったが、別に女王的ポジションに位置していた訳ではなかった。たまに授業のペアワークで声を聞いたが、穏やかでありながらよく響く、鈴のような声だった。性格も温厚で友達もそこそこいるようだった。


 俺はそんな彼女に目を奪われていた。気づけばいつの間にか彼女の方を見ており、彼女のことを考えるようになっていた。普段は漫画やアニメのことしか考えてない俺が、である。俺はコミュ力に自信があるわけではないので、なかなか彼女と話をすることなどできなかった。唯一の友達である、真水俊しみずしゅんからは「じれってぇなぁー。さっさと告っちまえよ」と言われる有様であった。


 去年はそんな感じで悶々とした感情を抱きながら一年を過ごしていたが、二年になった4月。俺は運命を感じていた。


 「ま、マジか・・・」


 なんと氷崎さんとまたもや同じクラスになれたのである。ま、まさかこれは運命では・・・・・


 とか思ってしまったのである。残念なことに。


 まぁ、前置きはこれくらいにして。そんなことがあって俺は今、学校の屋上で風にあおられていた。4月の風は桜の香りをほんのりと漂わせており、温かみもあった。


 俺は今超絶緊張していた。普段は物事に対して碌にやる気を出さない俺が、今日に関しては何度もシミュレーションをしてきていた。


 屋上へと続く階段を誰かが昇ってくる足音が聞こえてきた。


 俺はすうはぁ、すうはぁと何度も深呼吸をして心を落ち着かせた。


 そして、扉が開いてある人物が現れた。


 「神ノ島・・・くん・・・?」


 俺がなぜ今日のためにシミュレーションを重ねていたのか。


 それは。


 「氷崎さん!!」


 告白をするためだった。


 「あなたが好きです!俺と、つきあって—」


 俺は「ください」と続けようとしたのだが、彼女が不意に口を開いて遮った。


 そして。


 「ごめんなさい」


 と鈴のような声を響かせながら折り目正しく一礼をするのだった。


 え、ちょっと?ここまで来たら最後まで聞いてもいいんじゃない?


 「え・・・?」


 俺が呆けていると、彼女は続けた。


 「正直に言って、君のことは好きでも嫌いでもない、かな。だって、神ノ島くんと私が話したのって多分、片手で数えられるくらいだよ?しかも、ほとんどが授業のペアワーク。だから、私は君のことを・・・よく知らない。それが一番の理由かな」


 彼女は引きつったような曖昧な笑みを浮かべながら、気まずそうに立ち尽くしていた。


 そして俺は。


 「た、確かに・・・」


 少し考えれば当たり前のことを気づかされていたのだった。


 そうじゃん!俺、自分のこと碌に話してなかった・・・


 は、恥ずかしい・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「はっ」


 思わず苦笑が漏れた。


 一刻も早く立ち去りたかったので、俺は早口にまくしたてた。


 「そ、そうだよな。確かにそうだわ。ごめん、このことは忘れてくれ。ほんと、ごめん」


 そう言って俺は走り出さんばかりの勢いで扉を開いて階段を駆け下りた。背中の方で氷崎さんが「ま、まって」とか言ってたような気がするが気のせいだろう。


 俺が立ち去ってしまったので、彼女の言葉の続きは聞くことができなかった。


 「別に、君に興味がないわけじゃ、ないんだけどな・・・」


 ****


 俺はそのまま階段を一階まで駆け下りて外に出ていた。今は放課後。外では運動部が部活動に励んでいた。


 そんななか俺はひとり、校庭の中にある人気が少ないベンチで座りながら項垂れていた。


 「俺、マジでバカだわ・・・。ちょっと考えればわかったことだろ・・・」


 フラれたショックと、自分のバカさへの嫌悪と、羞恥で泣きそうになった顔を両手で覆いながらそんな言葉を漏らしたそのときだった。


 「先輩。辛い、ですよね。そんなときは私に、甘えても・・・いいんですよ?」


 はっとして顔を上げると、そこには赤みがかった茶髪を肩のあたりで切りそろえ、花の髪留めをしている少女がいた。彼女はわが子を抱きしめる母親のような慈愛に満ちた表情で俺を見ていた。


 だから俺はつい、甘えてしまった。


 「お、俺は・・俺は・・・ああああああ」


 彼女の胸に飛び込み、みっともなく泣き叫んでしまった。


 「俺は・・・バカで、ぐっ、どうしようもない奴だ・・ああああ」


 「いいえ。先輩はどうしようもない奴ではありません。バカではあるかもしれませんが」


 俺が泣きごとを漏らすたびに頭を撫でながら彼女は慰めてくれた。そうして30分ほど経つと、俺はいつの間にか眠りについていたのだった。


 この子、聖女では・・・?


 ****


 俺が再び目を覚ました時、空は闇を深くし始めていた。気分はもう、大分落ち着いていたので。


 「やばっ!今、何時だ?」


 と思って飛び起きると、そこは校庭のベンチで隣には、隣には・・・・・


 「お前誰だ!!」


 顔も名前もよく知らない少女がそこにはいた。制服のリボンの色からするに一年生らしい。女子の制服のリボンは一年生は赤、二年生は青、三年生は緑になっている。彼女は赤色のリボンをつけていた。


 俺が謎の後輩に向かって叫ぶと、彼女も抗議するように口を開いた。


 「えー?不審者みたいな扱い、ひどくないですか?私、先輩を、膝枕、してあげてたんですよ?」


 「は?え、な・・・」


 そ、そういえば起きた時、なんか頭のあたりが柔らかかったような・・・


 ってそうじゃなくて!


 「そ、そんなことは聞いてねぇだろ!俺はお前が誰だって聞いてんだよ!」


 何で俺はこんな知らない女子に慰められた挙句、膝枕までしてもらっちゃってんだよぉぉぉぉぉぉ!


 俺が問いただすと、彼女はやれやれといった感じでため息を吐き、こう言うのだった。


 「とだけ言っておきますね。あ、名前は紅島優香こうじまゆうかです」


 


 


 


 


 


 

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