第5話 パートの先輩

 音楽室に戻ると、続々と部員たちが集まってきていた。部屋の中はどんどん人と音の密度が上がっていく。トランペットパートの部員たちは私を見て驚いていたけれど、お互いにこんにちはと挨拶だけして席に着いた。残念ながらとても会話が出来るような環境ではない。私の右隣の3年生は今日は来ていないようで、空席のまま合奏に入った。

 合奏はかなり駆け足で、30分くらいで終わった。確かにそんなに厳しい指導ではないのだなあという印象だった。

「ねえねえ、トランペットに入るの?」

 後ろから声をかけられた。雰囲気からして先輩、2年生だろう。

「まだ決めてないんです。今日は見学だけさせてもらってます」

「そっかあ。私、山内瑛梨香。よろしくね。トランペットは高校に入ってから始めたから、みんなに比べたら全然うまくないんだけど」

 可愛らしい声のひとだった。フレンドリーな感じがする。

「本郷結です。よろしくお願いします」

 私が名乗った途端、パート内の空気が変わった。周りが楽器を片付けながらも私たちの会話に耳を傾けていたのには気づいていたけれど、何人かは完全に手が止まり、視線がこちらに向いた。反応したのは2年生以上だろう。

「凜先輩の……?」

「妹です」

 そろそろこの反応にも慣れてきた。

「だから凜先輩の楽譜持ってたのかあ」

 山内先輩は少しオーバーなくらいにリアクションした。

「私が席を案内して、楽譜も渡したの」

 部長が言った。

「そうだったんですね。凜先輩の席に人がいたから、来たときちょっとびっくりしました」

 山内先輩は部長にそう返して、それから私に向かって続けた。

「トランペットやったら、凜先輩もきっと喜ぶね」

 私はどう返していいか分からなくて、曖昧に微笑むことしか出来なかった。

「いつでも歓迎するから、ゆっくり考えてみて」

 部長の言葉に助けられ、ありがとうございますと言葉を返しながら周りを見ると、気づけばみんな楽器を片し終わるころだった。

「結ちゃん!」

 すぐ近くの入り口から急に私を呼んだのは、多田先輩だった。大きな楽器だったのに、片付けるのが早い。

「見学どうだった?帰り送るよ!」

 そう言って私の方を見ている。

「結ちゃん、楽譜預かるから、そのまま帰って大丈夫だよ」

 差し出された部長の手に、持っていたクリアファイルを渡す。

「ありがとうございます」

「またいつでも見学とかきてね」

 山内先輩も手を振ってくれた。

「ありがとうございます。失礼します」

 私は椅子の下に置いていたバッグを持って立ち上がる。一礼して、多田先輩が待つ出口へと向かった。

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