第4話 姉のいた場所

「ここが、トランペットパートの席」

 瀬谷部長に連れられて手前の扉から音楽室に入ると、目の前のブロックに案内された。

「部員は全部で大体100人くらいいて、トランペットは3年生3人、2年生4人、1年生が3人の10人でやってるんだ。今年は木管に人気が集中してたから、珍しくまだトランペットの枠が空いてるの」

 10人と言っていたトランペットのブロックには、4つ、4つ、3つの3列で11個の椅子が並んでいた。

「この時期は3年生が前列で、2年生と1年生が交互に座って合奏してるよ」

 おそらく自分の席なのだろう、ブロックの中で一番全体のセンターに近い、左前の椅子の背もたれに手をかけながら話していた。そして何とも言えない表情でその右隣の椅子を見た。

「結ちゃん、私の隣に座って。凜の席だから。3つにしてくれてるときもあるんだけど、4つ並べてくれたときはどうしても減らす気になれなくて」

 姉のいた場所。姉の座っていた席。そしてたぶん、姉の一番近くでトランペットを吹いていた人。

「今日は全体的に授業の終わりが遅いのと、5月いっぱいは1年生に無理をさせないようにって早めに切り上げてて、合奏の時間かなり短いと思うからよかったら最後まで見ていかない?」

 部長の隣で姉の席の背もたれに触れながら、私は小さくうなずいた。

「よろしくおねがいします」

 部長は満足げにうなずいた。

「そろそろみんな集まってくると思うんだ。私、楽器とか取りに行くんだけど、一緒に来る?」

「はい」

 持っていたバッグを席の下に置いて、RPGのキャラクターみたいに部長の後ろに付いて歩いた。入ってきた扉を出て、廊下を通り、音楽準備室の扉を開ける。ちょうど先輩たちが音楽室に通じる扉から移動しているところだった。

「自分の楽器の人も結構いるけど、いつもはここに置いて帰ってる人が多いかな。休み前とか、コンクール前とか、そういうときだけ持って帰ってる。トランペットはこのあたりね」

 入って左側の壁に、備え付けみたいな大きな棚があった。その棚の一番廊下側の上の段にトランペットのハードケースがいくつも並んでいる。

「個人の譜面台とか、楽譜のファイルとかもここに置いていけるよ。ちなみに、学校の譜面台はあっちのかごの中に入ってるから自由につかって大丈夫だよ」

 部長はそう言って反対側に置かれたカラーボックスを指した。その一番下の段に大きなかごが入っていた。上の段に並んでいるのは教本か何かだろうか。

「あ、これ……」

 小さな呟きが聞こえて視線を戻すと、部長は一冊のクリアファイルを手にしていた。透過性のある薄い色なのだろう、中の紙の様子が少し透けて見えた。部長は、それを私に渡すべきかどうか迷っているようだった。

「これね、凜の楽譜なんだ」

 そう言って私に差し出してくれた。私は黙ってそれを受け取る。そっとめくると、たくさんの音符と、隙間にたくさん書き込まれた姉の字が並んでいた。

「楽譜読める?」

「読めません」

 私は楽譜を見ながら首を振った。

「そしたら何となくでいいから、それ見ながら合奏聞いてみて。トランペットって、同じパートの中でも3つくらいに分かれてることがあるんだけど、私がその楽譜と同じところ吹いてるから。手ぶらで座ってるの、ちょっと気まずいよね」

 部長はそう言ってちょっと笑った。楽譜は分かりそうになかったけど、その心遣いがありがたかった。確かに、どこを見ていればいいかわからない。

「そしたら音楽室戻ろう!」

 部長はいつの間にかトランペットを手にしていた。グレーのトランペット。

 輝かない、トランペット。

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