第3話 放課後の吹奏楽部
吹奏楽部には興味は無かったけれど、姉のいた場所には興味があった。そこに行けば、姉の輪郭が残っているような気がしていたのかもしれない。
いろんな音で溢れかえった北棟の3階。音楽室のある階。部員たちは階段や廊下や空き教室に散って、それぞれの練習をしているようだった。ただただ部員たちの前を通り過ぎ、廊下の突き当りの音楽室を目指す。
音楽室の閉じられた戸の窓からそっと中を覗くと、そこでも部員たちが散らばって練習をしていた。扉越しでもパーカッションの音が響いている。
そこも通り過ぎて、音楽室の隣の本当に突き当りにある音楽準備室も覗いてみた。大きなサックスを構えた、この前の彼、多田先輩がそこにいた。他にも数名大きな楽器の人たちが練習をしているのが見えた。
何となくここまで来てみたけれど、自分が何をするべきか分からなかった。やっぱっり帰ろう、そう思って廊下を引き返そうとした。
「来てくれたんだね!」
その声に振り返ると、例のサックスを持ったままの先輩が準備室の扉を開けてこちらを見ていた。
「あ、いや……えっと、こんにちは」
後戻りできなくなってしまった。何と答えていいか分からなくて、不自然な挨拶が口から出ていた。
「こんにちは。案内するね。楽器置いてくるからちょっと待っててくれる?」
何事もなかったように挨拶が返ってきて、コミュニケーション能力の高さに恐れ入る。先輩はこちらの返事を待たずに準備室の中に消えた。私はその場に立ち尽くす。
先輩は思ったよりすぐに戻ってきた。
「お待たせ。来てくれてありがとう。すぐトランペットのところ行く?」
私は慌てて首を横に振った。
「今日はちょっと見に来ただけです。入るかどうかも全然決めてなくて」
「それでも大歓迎だよ」
先輩は流れるように笑顔を見せた。
「今は個人練習で、みんないろんなところで練習してるんだ。他には基本的には合奏とパート練の時間かな。なんとなくうちの部の説明をすると、厳しくやって全国目指そうっていうよりは、みんなで演奏を楽しもうってスタイル。合奏のときはなるべく参加してほしいけど、個人練とかのスケジュールは結構自由だよ。委員会の仕事で遅れたとか、塾だから早退するとか、今日は用事があるから休みたいとかの申請はいらないし、合奏でも同じパートの誰かに伝えておいてもらえれば抜けられる。出来るなら細かいことは言わないし、出来なければ丁寧に教える、そういう感じだから、とりあえず楽器が好きなら大丈夫だよ」
そこまで話して、階段の方から歩いてきた女子生徒に目をやった。
「あ、部長!」
先輩は片手をあげてアピールした。
「多田っちお疲れ!新入部員かな?こんにちは」
呼ばれた部長は片手を上げて返し、こちらに笑顔を向けた。
「凜の妹だよ、本郷結ちゃん。たまたま声掛けたら見に来てくれた」
私を示しながらそう言った。私は合わせて小さく会釈をする。部長の目にはわずかに戸惑いが見えた。それから先輩は私の方を見て続けた。
「彼女が部長の瀬谷あかり、トランペットだよ」
「結ちゃん、初めまして。凜からよく聞いてたよ」
瀬谷先輩は笑顔を取り戻していた。
「もうすぐ合奏の時間だから、少しだけでも見ていったら?もしも入部するとしたらトランペット希望なのかな?」
「まだ全然部活のことは決めてないんですけど、一番可能性があるとしたらトランペットだと思います」
会話を進めるほどに、どんどん退けなくなっていく。
「うんうん、今日決めなくても大丈夫だよ。ゆっくり考えてもらえれば。でも、もしちょっとでも興味があるならトランペットのパートの雰囲気見てみない?」
姉のいた場所。そんな思いがよぎって、私は静かにうなずいていた。
「ならここからは部長に任せるわ。来てくれて本当にありがとうね」
丁寧に目を見て話す人だ、と思った。先輩は、またあとでねと手を振って、準備室へと戻って行った。
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