第6話 おこさま、社をもらう 【後編】

私の案は、とても簡単なもので、ざっくり言えば伝言役だ。或斗が言うには、二人が一定距離で、電話をかけている時にあのニワトリがやってくるらしい。数日前に偶然二人が同じ場にいたんだけれど、その時は現れなかったようだ。

 二人はどうやら、墜神の影響で互いが互いが見えないようになっているようだった。声も聞こえないし、携帯電話でつながる時はなぜか自分じゃない自分が話しているようだった。

「なんでなんだろう?」

 二人に休みの日を聞きだして、携帯を鳴らしてもらう約束はとりつけたものの、まだ何か足りない気がしてならない。あとなにか、引っかかっている。それを何とかしない限り、また同じことの繰り返しじゃないか、と思う。

「ふむ、これは推測でしかないが、あの墜神は二人を会せないことで、何かを思い出そうとしているのではないだろうか」

「思い出す?」

「あぁ。小萌が楔を見つけられなかったのは、記憶が無い状態で不安定な体だからではなかったからではないだろうか」

「神様の記憶かぁ」

「小萌は、あの墜神は”会せない”といったのだな」

「言ってたよ。鳴かないって言ったよ」

「………」

 ふむぅ、と或斗が腕を組んで考え込んでしまった。

(ニワトリが会わせない、鳴かないってなにか聞いたことあるような……)

 私は自分の部屋を見渡す。正確には乙葉ちゃんと半分こしている部屋だから、ベッドや机、本棚はふたつづつ。私の本棚には、マンガや児童文学ばかりだけれど、乙葉ちゃんは大人が読むような分厚い本や化学や経済のレポートみたいな薄い本を読んでいる。乙葉ちゃんが言うには、新書と呼ばれるジャンルらしい。

 乙葉ちゃんは、”いつでも読んでいいよ”と言ってくれるけれど、私には難しすぎてよく分からない。代わりに或斗が目を輝かせて読みふけっている。

「或斗、これ……」

「なんだ? これは乙葉姉上の本だな」

 私は何となく手に取った本を広げる。それは、乙葉ちゃんが大好きな百人一首の本だった。

「百人一首か、確か京の歌人が撰者になったと聞く」

「私は全然わかんないけれど、確か、この中に、それっぽいのがあったような気がするの。乙葉ちゃんが昔教えてくれた」

 パラパラと本をめくり、私達は百人一首の解説のページを眺めていく。そので、一つの短歌が目に留まった。

「見つけた」

 ぽつんと呟いた私に、或斗が嬉しそうにうなずいた。


「よし、これでいいんだね」

 周りの人に迷惑がかからないように、人気の少ない公園に二人を呼び出して電話を鳴らしてもらう。私の目の前にはお兄さんとお姉さんが二人ともいるんだけれど、二人とも気づいていない。こんなに近くにいるのに、気づいていないのは不思議な感じだ。

 ピピピ、ピピピ。

 電話が互いになる。それと同時に、急に空が暗くなっていく。

(きた!)

「或斗、お願い!」

「応!」

 或斗が小神様モードになって、空に跳びあがる。私は楔の力を解き放ち、辺りに張り巡らす。楔から伸びる鎖が縦横無尽に駆け巡り、ちょっとしたバリケードができた。お兄さんたちにはニワトリが見えないから、安全のためにバリアを張ると或斗が言っていた。

(次は、これだね)

 或斗に手渡された和紙を広げる。それは習字紙のようでいて、とても分厚くて朱色の墨で描かれた模様はまさに魔法陣のようだ。それをお兄さんたちの前に置く。お兄さんたちには事前に”オバケを祓うため”と説明していたから、びっくりはしつつも嫌がる事はなかった。

(お母さんごめんなさい!)

 私は、台所から持ち出した料理酒を入れた小びんを取り出した。本当なら、神社で売られているお酒がいいのだというのだけれど、そんなもの子どもが買えるわけがない。かといって、お父さんが飲んでいるビールやチューハイを持っていくわけにはいかない。なので、ばれないようにこそっと料理酒を持ち出したわけだ。

 つーっと和紙の上に料理酒がしみ出した途端、墨で描かれた模様がふわりと浮かび上がった。

「え、文字が消えた!?」

 お姉さんが驚いている。私には、文字が浮かんで壁のようになっているのだけれど、見えていないようだ。

「はい、もうしばらく待っててください」

「う、うん」

 お兄さんも半信半疑といった表情で私を見ている。私は、上空に現れたニワトリに目を向けた。すこしだけバリアから体を抜け出して、歩いていく。或斗は怒るかもしれないけれど、近くで見ないと楔は見えない。


 小萌がヒントを出してくれたとはいえ、楔どうしで無いと共鳴しないから破壊するべき楔はまだ見えない。

(小萌はあの二人を守ってくれているはずだ)

 自分の結界はまだ不完全だ。けれど、小萌の楔の力があれば、幾分か強化されているだろう。刀を振るい、墜神の風に含まれている瘴気を切り裂いていく。

 ――― 貴様、本当に我らを祓う気か?

 あぁ、と或斗は返す。小萌には調子はずれに聞こえるこの声も、或斗には鮮明に聴こえている。

 ――― お前が考えている以上に、我らは危険だぞ?

 それは重々承知だ。だからこそ、自分が下界に降りてくることになった。高名な神がもし、戦いに敗れ消滅すれば、下界にどれほどの被害が及ぶかは分からない。だからこそ、誰にも拝まれず、どこにも記録されない自分が呼ばれたのだ。

「あなた方が危険だろうと僕が消えたところで、何も変わらない」

 ――― 小神よ。

「なんだ?」

 ――― 我らは、何のためにいるのだろうな?

「知れたことを」

 瘴気の渦はまだ薄まる気配はない。ニワトリの形をとり、空を跳びまわるすがたを追いかけ、或斗は一息で言い切る。

「そう望まれたからだ」

 正直に言えば、自分だって一歩間違えば墜神となり、瘴気をまき散らし、木々をからし、生きとし生けるものに害をなすだろう。

 でも、今の自分には墜神にならない、なれない理由がある。

「或斗!」

「小萌! 結界は無事張り終えたのだな!」

 上空から、ゆっくりと下りていくと小萌がほっとした表情を浮かべる。

「墜神さん!」

 小萌が大声を上げて、墜神を見上げている。

「このお兄さん達は、墜神さんの知っている人達とは違います!」

「………?」

 ぴたり、と墜神の羽ばたきがやんだ。

「墜神さんが会わせたくない人達は、この人達じゃないです!」

「ナぜ?」

「墜神さん、この人達は会いたがってます! だから、憑りつくのはやめてください!」

「うるサい!」

 墜神が大きく鳴き、小萌にとびかかってくる。それを或斗が刀で振り払う。はらりと落ちてくる羽が小萌の頭に乗った。とたん、小萌の頭の中で何かの声がした。

 ――― 出会エば、不幸になる。

「?」

 ――― 出会わなけレば、不幸にはナらない。

「不幸に………?」

 ――― お前モ、そうだロう?

「私?」

 ――― 小神に会わなけレば、こンな目に遭わずに済ンだ。

 あの墜神の言葉だろう。月丸の時と一緒だ。

(或斗に会わなかったら、怖い目に遭うことはなかった?)

 たしかに、そうだ。或斗が来たせいで、平凡な小萌の人生がガラガラと色を変えてしまった。そうだ、或斗が来たせいで学校でちょっとした有名人になってしまった。陸斗とふざけている或斗にツッコミを入れなくてはいけなくなった。

(そうよ、私は或斗の……)

「小萌! しっかりしろ! 僕が分かるか!?」

(或斗は……)

 自分のきょうだいではない、と告げた瞬間の或斗の顔が焼き付いて離れない。悲しい、寂しい目をしていた。そして、くしゃりと泣き出しそうな顔で笑っていた。

 そんな顔は見たくない、と思った。

「私は或斗のきょうだいだもの! 出会ってよかったと、思いたい!」

「っ!」

 バキン、と何かが折れる音がした。墜神の体が雷に撃たれたかのように跳ねた。

「墜神さん! もう、鳴くことを我慢しなくていいんだよ!」

 墜神が鳴かないと我慢していたのは、和歌の世界から出てきたせいだ。和歌の世界では、にわとりが鳴くから別れなくてはいけない、という歌がよくある。別れたくない、そう願う人達の願いが墜神になったんだ。

 人に憑りついた墜神は、別れないように動いたようだ。出会わないように、すれ違うように仕向けていたのだ。

「墜神さん! 二人を解放してください!」

「――――!!」

 声にならない声を上げたとたん、或斗の刃が墜神の体を貫いた。光に包まれた墜神はシュルシュルと体を縮ませていく。

「―――――」

 よく見るニワトリと同じサイズになった墜神が或斗の腕に抱えられ、鳴いている。

「もう大丈夫だ。墜神は高天原に行かれた。これは、ただの依代だ」

「はぁ……。まだ二人目って事なんだよね」

「神だから、正確には二柱目、だけれど。ありがとう、小萌」

 ニワトリを地に放つと、ニワトリはてこてこと走り去り、そしてふっと消えた。或斗が小神様モードを説いて、高校生のお兄さん達の方に向かう。

「小萌……」

 ぴた、と足を止めた或斗が青ざめた顔をこちらに向けている。或斗が指差す方向には、音信不通だったことについてお兄さんを問い詰めているお姉さんの姿があった。

「やはり、あの女人は悪霊に憑りつかれていたに違いない」

 私は大きくため息をつくと、右手を高く上げた。

「んなわけないでしょ!!!」


 家に戻ってくると、岳斗がひょっこりと自室のドアを開けて二人を見た。

「お帰り二人とも」

「岳斗君、ただいま」

「岳斗兄上、お帰りなさいませ」

「………うん」

 騒がしい陸斗とは対照的な岳斗は満足したようにドアを閉めた。かと思えば、すぐに開いた。手になにやらもって、階段を下りてくる。

「或斗、これ要る?」

 或斗が差し出した手に、ポンとそれを置くと、何も言わずに部屋に戻っていく。

「なにそれ?」

「…………ふむ」

 二人でそれをまじまじ見ると、それは商店街のくじ引きの景品らしかった。

「ミニ神棚?」

 手のひらに乗るくらい、小さな箱に入っているのはこれまた小さな神棚だった。といっても、家のようなものではなくて、絵馬みたいなものをそれっぽく改良したようなものだった。

「岳斗君……また変なものを買っちゃったんだな」

 ねぇ、と或斗を見るとプルプルと震えている。まるで濡れた子犬のようにふるえている。がばっと顔を上げ、うおーっと叫び出した。

「ありがとうございます岳斗兄上! これで、僕も祀ってもらえます! より一層御役目に励みます!!」

 感極まって泣き出し大声で雄たけびを上げる或斗に小萌はため息をついた。

 ぽこん。

「あいた」

 小萌の頭にいつぞや見た、赤い巻物が落ちてきた。広げてみると、また可愛らしいネズミのイラストとともに、今度は小萌でも分かる文字が書かれていた。

 ――― 或斗がうるさいので、おくりものです。

「………」

 小萌は黙って巻物をポケットにしまった。送り主の神様がどんな神様なのかは分からないけれど、”うるさいので”と書いているところを見ると、或斗はしつこく頼んだに違いない。

(後で謝らせます)

 そう、小萌は誓ったのだった。

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