第5話 おこさま社をもらう 【中編】

 或斗が「ついている」といったお兄さんの高校に張り込みをするようになって一週間。高校生の人ってやっぱりかっこいいなぁ、って考えながら私は或斗と一緒に校門で待ち伏せをしている。

「待ち伏せの時は、こういう物が必要だと陸斗兄上が仰っていたのだ。小萌も食べるといい。母上からの小遣いから出したから、気遣いは無用だぞ」

 そう言って或斗が差し出したのは、バナナ牛乳とあんパンだった。

(陸斗君、また変なものをサブスクで或斗に見せたな……)

 昔のドラマや映画が好きな陸斗君はよく或斗を誘ってみている。或斗を悪いオバケだと思っていた時は、間に挟まっていたのだけれど、今はそんなことはない。そもそも私は映画やドラマには興味がない。活字がいいんだよ。漫画も嫌いではないんだけれど、活字の方が好きな時もある。

 私が顔をしかめたのを見た或斗がぎょっとすると、さっと引っ込めた。

「もしかして、あれか?」

(変なことだって気づいたのかな?)

「小萌は牛の乳を飲むと腹の具合が悪くなるの、か?」

「違うよ!?」

「それでは、”ばななぎゅうにゅう”ではなく”かふぇおれ”というものの方がよかったか? 遠い異国の木の実をいぶしたもので、疲れによく聞くというぞ」

(コーヒーの事、ネットで調べたのかしら?)

「いいよ。わたしバナナ好きだし」

 そう言ってバナナ牛乳を受け取ると、或斗はほっとした顔を浮かべた。携帯を見ると、もう六時にさしかかっていた。

「或斗、もう帰らなきゃ。お母さんたちが心配する」

「ふむ……。それは大変だな。母上や父上に心配をかけるわけにはいかない。だが、墜神をとらえないと……ふむ。こうしよう」

 そういうと或斗は目を閉じ、小神様モードになった。神様モードって言ってみたら、或斗が「恐れ多い!」と青ざめてあわてふためいていたので、小神様モードっていうことにした。或斗が私の手をぎゅっと握り、右手を天に掲げた。

「天にまします我らが元始の大神よ。今ひと時、世の理より、全ての縁より、この者を解き放ちたまえ」

 或斗の体の光が私の方にも移った。

「これで、僕の術が解けない限り小萌がいなくなったとはみんな気付かない」

「それって、だいじょうぶなの?」

「……よくは、ない。今の小萌は、”いない”んだ。でも、大丈夫だ。僕が守るから」

 念を押すように或斗が言うと、急に空が暗くなった。

「小神、カ。喰ったところで何の足しにもならんだろうナ」

 いびつな音程の声が空に響いた。バサバサと大きな羽音が聞こえた。ふと見上げようとした瞬間に、私の体が宙に浮いた。或斗が私を抱えて空を跳んだからだ。何とかさっきまでたっていたところを見ると、そこには深々と白い羽がナイフのように突き刺さっていた。

「今回は何なの―!」

「小萌! 楔の場所を教えてくれ!」

 広場にやってくると、或斗は剣を抜いた。そう言われたって、私にはさっきの影の正体を見ていない。何が起こったか分からないでいると、突風が吹いてきた。私は思わず被っていた帽子を押さえた。

「小萌、あまり風を吸い込むんじゃないぞ! 瘴気が混ざっているから、気をつけないと大変なことになる!」

(う、うん!)

 私は方手だけ口に当てて体を低くした。突風が晴れたので、空を見上げるとそこには巨大な鳥がいた。大きな赤いトサカを持ったニワトリのような墜神はけーけーと大声で鳴き始めた。その声の大きさに私は耳が痛くなってきた。

「小萌、これを飲み込んでくれ」

 或斗が私の前に切手くらいの大きさの小さな紙を差し出した。白い紙の表面には或斗のマントに描かれているのと同じ模様が描かれていた。

「僕の神力を少しだけ分ける。これで、瘴気の中でも平気なはずだ」

 瘴気が何なのかはよく分からないけれど、毒ガスみたいなものなんだろう。或斗は私が紙を飲み込んだのが分かるとにこっと笑った。私も、紙を飲み込んだとたん、体を取り囲んでいる風の力が弱まったのを感じる。まるで私の前に透明なバリアができたみたい。

(月丸の時と同じように、”光っている”所を見つければいいんだよね?)

 私は或斗が戦っている間、目を凝らして巨大なニワトリを観察してみることにした。もう暗くなってきているから、光っているところなんてわかるはずなのに、何も見つけられない。

(でも、或斗は絶対あるって言ってた)

 じー。

 じー。

 じぃ……。

(ダメだ……見つけられない……)

 動きが早いということもあるけれど、それでも光っているところなんてどこにもない。或斗が時間を稼いでくれているのに……。

「うあぁ!!? 凄い風!」

 突然聞こえてきた声に私は目を丸くした。声の方を振り向くと、そこには或斗のせいで金縛りにあった高校生のお兄さんだった。部活帰りなのか、通学カバンのほかに大きなカバンを持っている。

「お兄さん! 危ないから逃げて!」

「台風みたいな風だなぁ……。晴れてるのにおかしいな」

「お兄さん逃げて! 今怪獣映画やってるから!」

「自転車置いてきて正解だったな。横倒しになったら大変だ」

「逃げてってば!」

 私がいくら叫んでもお兄さんは私に”気づいていない”。

(”いない”ってそういう事?)

 或斗みたいに、”小神様モード”になってしまったみたいだ。お兄さんには私が見えていない。声も聞こえていない。けれど、どうしても逃げてほしい。どうやって伝えたらいいかな……。

 ピピピピピピ。

 私があーでもない、こーでもないと思っていると、お兄さんの携帯が鳴り始めた。お兄さんはすぐに取り出して耳にあてる。

(そんな事してないで! 早く逃げて! そんな事してないで!)

 私は身振り手振りでお兄さんに何とか伝えようとする。見えてないんだから、何をしたってムダなのに。そんな時、お兄さんの体から、正確には携帯から何かが”もれている”のが見えた。

「ええぇ!? また会えないの? そうかぁ、今度は親戚の結婚式……。仕方ない、か。いいんだよ、家族の事は大切だし」

 悠長に電話なんてしてないで!

 私はお兄さんが気づかないことをいいことにぽかぽかとわき腹を叩き始めた。恨めし気にお兄さんを見上げると、違和感を覚えた。携帯から漏れている”何か”は薄く、だけど間違いなくどこかへつながっている。


 ――― 会えナい。


 ――― 会イたい。


 ふと聞こえてきた。謎の声だ。ニワトリの声と重なるように聞こえるそれは、月丸の時とよく似ていた。私はきょろきょろと辺りを見渡すと、お兄さんと同じ学校の制服を着たお姉さんが通りの向こうから走ってくるのが見えた。お姉さんはお兄さんの知り合いの様で、手を振っているのに、お兄さんは気づいていない。

 お姉さんの体にも”何か”が渦巻いているのが分かった。

「小萌! その二人にこの墜神の気配がする!」

 羽の手裏剣を避けながら或斗が叫んでいる。

「え!?」

 月丸の事があるから、てっきり動物に憑りついているのかと思ったけれど、そうじゃないみたいだ。 


 ――― まだ、鳴かナい。


 ――― 鳴くわけニはいカない。


 ビュン、と強い風が吹き荒れわたしは飛ばされてしまった。そして、そのまま気を失ってしまったようだ。


「逃がしてしまったようだ。ごめん」

 目が覚めると、そこは私と乙葉ちゃんの部屋の中だった。私達のきょうだいで、一人部屋なのは或斗だけだ。二人で一部屋。

「或斗はけがはない?」

「あぁ。僕は怪我をしてもすぐに治るんだ」

 或斗は申し訳なさそうに下を向いた。

「そう言えば、あの墜神、変なことを言ってた様な気がするんだ」

「変なこと?」

「うん。まだ鳴かない、って」

 ニワトリのような姿だったから、鳴くのはおかしくはないけれど、不思議な言葉だった。

「あの二人、調べる必要があるな。小萌、手伝ってくれ」

「はぁ……」

 私がため息をついていると、乙葉ちゃんが私達を呼びに来た。


「あぁ、その人なら私の……お友達? かな」

 次の日、高校の校門で待ち伏せをしていると女の人の方を見つけた。早速、二人で行く手をふさいで話を聞くことにした。

「最近忙しいみたいでさ。ケータイが通じないのよ」

 公園のベンチに座ったお姉さんは、携帯を振ってみせた。SNSのタイムラインを見ても、無読スルーが続いている。着信履歴も残ってない。

「あれ? でも、こないだは普通に電話してたような……」

「え!? 電話してた?」

 わたしと或斗がうなずくと、女の人はふるふると肩を震わせた。

「へぇ……ふぅん。そう……」

 小萌小萌、と或斗が小声で私の肩をつついた。

(このおなごからただならぬ殺気と邪気を感じるぞ! 墜神ではなく悪霊に憑りつかれたかもしれん。急いで”こんびに”で酒を買って来よう!)

 んなわけあるか!

 って、こんな時にテレパシー使わないでよ! お酒なんて小学生が買えるわけないでしょ!

「私に告っておいて、忙しいのは嘘で? ほかに女ができて? ふぅん……」

(小萌! このおなごは般若になってしまったぞ! 急いで禊ぎを!)

 深刻な顔で逆走していく或斗に私はため息をついた。

 そう言えば、墜神は二人に憑りついているって言ってたっけ。そして、二人が電話をかけている間にあのニワトリが出現していた。

(それなら……)

「あの、お姉さん。私に名案があります!」

 私は思い切って声を上げた。

 もし、この場に陸斗君がいれば”馬に蹴られても知らないからなー”なんて笑うかもしれない。

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