第13話 四日目 朝



…その日は、あまり良く寝付けなかった。


身体を起こしてスマホの時計を見る。6時12分だった。


窓が震える音が聞こえるぐらいで、静かだ。まだ皆、眠っているのだろうか。



………いや、待てよ。


思わず息を止め、耳を澄ます。



獣の鳴く声だろうか?


それとも、ただの空耳?


迷った挙句、私はその音の正体を突き止めるべく、ジャンパーを羽織った。


意識の全てが覚醒しきってはいないと、自分でもなんとなく分かっていた。


――― 一瞬、そう思いはした。


御霊さんに声を掛けて―――――


―――いや。


自分の聞き間違えかもしれないし…。


マフラーを首に巻き付け、ニット帽を被り、誰にも告げる事なく、そのまま静かに部屋を飛び出した。





一報を聞いて、の部屋に私たちは集まった。


鍵は最初から開いていたらしい。


室内に足を踏み入れる。


彼女は扉付近に、見るも無惨に横たわっていた。


薄く開かれた瞳。


首筋から流れ出る紅い血潮。


そして、突き刺さった忌まわしきジャック・ナイフ。



………」



井上が彼女の名を口遊くちずさむ。


私はゆっくり身を屈め、黙祷する。


痛かったろう。さぞ無念だったろう。


「酷い…犯人は一体、何人殺せば気が済む…の……」


柾が目に涙を浮かべる。


しかし。


エミリーに気を取られていた私たちは、まだ気が付いていなかった。



新堂が姿を見せていない事に。





 寒い。と言うよりも最早痛い。


 風は無慈悲に肌が露出している部分を攻撃し、痛覚を刺激する。視界も最悪だ。精々1,2メートル先しか視認出来ない。


 確かあの音は、別荘の裏手側から聞こえてきた気がする。

いや、音と言うよりも、と例えた方が正しいかもしれない。確かにあれは、人の声の様に聞こえたのだ。

御霊さん、エミリー、柾、素数もとかずのうちの誰かの声だろうか?

それとも、

もしかしてあの『ジャック・ナイフ』が、と思ったが、なんだか違う様な気がした。息を潜めて隠れている殺人鬼が、声をあげる筈がない。


 別荘の裏手は、矢張り雪が高く積もっている。私は構わず進む事にした。


 声は最早聞こえてこなくなっていたので、勘を頼りに進み続ける。すると、何かが吹雪の切れ目から見えてきた。



 それは物置だった。南京錠でしっかり施錠されている、どこにでもある様なありきたりなタイプだ。確か声はこっちの方から聞こえてきたと思ったんだが―――



がたり。


物音だ。しかも、物置の中から。


中に何かがいる。


閉じ込められている?


聞き間違えか?


しかし、ここまで来て確かめない訳にはいかない。


物置の扉を開けようと掴んでみたが、とても開く気配がない。錠前を何とかしなくては。


「はぁ~~~………」


私は溜息をつき、右の手袋を外した。まさか、この特技がこんな時に活かされるなんて。


 私の特技は、ピッキングだった。

何も好き好んでこんな特技を身に付けた訳ではない。悪戯好きの従兄がいて、そいつに教えられただけに過ぎない。簡単な構造の錠程度だったら、針金一つあれば朝飯前だった。

まぁ、お守り代わりに常にポケットに針金を忍ばせている時点で、従兄を悪く言う資格なんて無い訳だが。


ポケットから針金を取り出し、南京錠の鍵穴に突っ込む。


右手が凍傷になりそうだ。息を吐き、左手で温めながらの作業だというのに、右手の震えが止まらず、上手く外せない。


時間がかかるかもしれない。一度中に引き返して、皆に伝えた方がいいだろうか。




――――――刹那。


頭に鈍い痛みが走った。




「ぐあっ……!」


思わず右手で頭を押さえようとする前に、再び鈍痛が。


視界の端に映る金槌。



頭が正常に働かない。意識が朦朧とする。



「(しまっ………)」



首筋に鋭い痛みが走り――――――





―――――――意識は闇の中へと堕ちていった。


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