第13話 四日目 朝
…その日は、あまり良く寝付けなかった。
身体を起こしてスマホの時計を見る。6時12分だった。
窓が震える音が聞こえるぐらいで、静かだ。まだ皆、眠っているのだろうか。
………いや、待てよ。
思わず息を止め、耳を澄ます。
吹雪の他に、外から何か聞こえてくる。
獣の鳴く声だろうか?
それとも、ただの空耳?
迷った挙句、私はその音の正体を突き止めるべく、ジャンパーを羽織った。
意識の全てが覚醒しきってはいないと、自分でもなんとなく分かっていた。
一人で出るのは危険だ――― 一瞬、そう思いはした。
御霊さんに声を掛けて―――――
―――いや。
自分の聞き間違えかもしれないし…。
マフラーを首に巻き付け、ニット帽を被り、誰にも告げる事なく、そのまま静かに部屋を飛び出した。
*
一報を聞いて、彼女の部屋に私たちは集まった。
鍵は最初から開いていたらしい。
室内に足を踏み入れる。
彼女は扉付近に、見るも無惨に横たわっていた。
薄く開かれた瞳。
首筋から流れ出る紅い血潮。
そして、突き刺さった忌まわしきジャック・ナイフ。
「エミリー………」
井上が彼女の名を
私はゆっくり身を屈め、黙祷する。
痛かったろう。さぞ無念だったろう。
「酷い…犯人は一体、何人殺せば気が済む…の……」
柾が目に涙を浮かべる。
しかし。
エミリーに気を取られていた私たちは、まだ気が付いていなかった。
新堂が姿を見せていない事に。
*
寒い。と言うよりも最早痛い。
風は無慈悲に肌が露出している部分を攻撃し、痛覚を刺激する。視界も最悪だ。精々1,2メートル先しか視認出来ない。
確かあの音は、別荘の裏手側から聞こえてきた気がする。
いや、音と言うよりも声、と例えた方が正しいかもしれない。確かにあれは、人の声の様に聞こえたのだ。
御霊さん、エミリー、柾、
それとも、それ以外の誰かがここにいる?
もしかしてあの『ジャック・ナイフ』が、と思ったが、なんだか違う様な気がした。息を潜めて隠れている殺人鬼が、声をあげる筈がない。
別荘の裏手は、矢張り雪が高く積もっている。私は構わず進む事にした。
声は最早聞こえてこなくなっていたので、勘を頼りに進み続ける。すると、何かが吹雪の切れ目から見えてきた。
それは物置だった。南京錠でしっかり施錠されている、どこにでもある様なありきたりなタイプだ。確か声はこっちの方から聞こえてきたと思ったんだが―――
がたり。
物音だ。しかも、物置の中から。
中に何かがいる。
閉じ込められている?
聞き間違えか?
しかし、ここまで来て確かめない訳にはいかない。
物置の扉を開けようと掴んでみたが、とても開く気配がない。錠前を何とかしなくては。
「はぁ~~~………」
私は溜息をつき、右の手袋を外した。まさか、この特技がこんな時に活かされるなんて。
私の特技は、ピッキングだった。
何も好き好んでこんな特技を身に付けた訳ではない。悪戯好きの従兄がいて、そいつに教えられただけに過ぎない。簡単な構造の錠程度だったら、針金一つあれば朝飯前だった。
まぁ、お守り代わりに常にポケットに針金を忍ばせている時点で、従兄を悪く言う資格なんて無い訳だが。
ポケットから針金を取り出し、南京錠の鍵穴に突っ込む。
右手が凍傷になりそうだ。息を吐き、左手で温めながらの作業だというのに、右手の震えが止まらず、上手く外せない。
時間がかかるかもしれない。一度中に引き返して、皆に伝えた方がいいだろうか。
――――――刹那。
頭に鈍い痛みが走った。
「ぐあっ……!」
思わず右手で頭を押さえようとする前に、再び鈍痛が。
視界の端に映る金槌。
頭が正常に働かない。意識が朦朧とする。
「(しまっ………)」
首筋に鋭い痛みが走り――――――
―――――――意識は闇の中へと堕ちていった。
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