第10話 三日目 昼
時刻はいつの間にか12時を回っていた。
新堂が罠を仕掛けていて、それを写真に収めていた事は知っていたが、それがシャー芯の仕掛けであった事、井上とエミリーが部屋から出た事実は、たった今聞かされた事であった。
「
新堂が追及する。まるで水を得た魚だ。
「喉が渇いたから、飲み物を取りに行っただけだよ。部屋から出る時は当然周囲に気を付けてたし」
「……ワタシも、そうですけど」
井上とエミリーが答えた。
「何時ごろに出た?」
私が問う。
「23時過ぎだったかな」
「ワタシは22時40分でした」
井上とエミリー。
「何か不審な物音や、人影が見えたりとかは?」
「ありませんでした」
「なかったデス」
まぁ、そう答えるだろう。しかしこれで、犯人絞りがある程度やりやすくなった。
「逆に言うと、柾と私の部屋のシャー芯は折れていなかった訳だな」
「はい。柾と御霊さんの部屋に仕掛けたシャー芯はそのままでした。お二人とも、昨晩は部屋から出ていない事は疑いようがないと思います」
私と柾が頷く。
「扉から出なくても、窓から出ればいいじゃないですか」
エミリーが不貞腐れた様に言う。
「私も柾も部屋は2階だ。それに私は兎も角、柾は扉に何か仕掛けを施されている事を知らなかった。
柾が犯人だったとしても、
私の指摘にエミリーが黙りこくる。
「それに御霊さんの部屋も、窓が木板で目張りされていて出入り不可能の状態でした。御霊さんにも犯行は不可能である事は間違いありません」
新堂も続ける。
「言うなれば、私と柾の部屋は『逆密室』の状況だったという事だな」
私の言葉に、柾が「おぉ~」と目をキラキラ輝かせる。
「犯行が可能だったのは、俺とエミリー、そして新堂って事ですか」
井上が頭を掻きながら言う。
「現状はそう考えるべきだろう」
皆が沈黙し、やがて柾が口を開いた。
「お腹空いてきましたし、お昼ご飯にしましょう」
*
昼食ののちは、やはり御霊さんと犯行現場の調査に同行していた。竹之内の死体は御霊さんが観察しており、自分は室内を念入りに見て回っているが、今のところ不審な点などは見受けられない。
破魔の時と違い、竹之内の死をすんなり受け入れている自分がいた。殺人鬼への恐怖も、より一層増す筈なのに、どこか対岸の火事の様な感覚である様だった。
エミリーの様に取り乱したりしても2人は還ってこないし、犯人が殺人をやめてくれる訳でもない。それなら、今出来る精一杯をやる。それでいい筈だ………今のところは。
次は自分かも、という恐怖も、御霊さんと一緒に居る事で和らげられた。あの人には計り知れない安心感がある。それは決して
それにしても、私が夜に仕掛けたあのシャー芯が、あそこまで活躍するとは思わなかった。お陰で犯人は、
それに、
もしかしたら『ジャック』という外部犯が本当に存在しているのかもしれないし、もしくは何らかのトリックを使っていてあの2人以外が犯人なのかもしれない。
しかし、自分の部屋にいながら別の部屋にいる竹之内の首にナイフを刺し殺す、なんて芸当がとても可能とは思えない。
あるいは、竹之内の部屋に予め何か仕掛けをしていれば、可能かもしれない。例えば、竹之内が風呂から部屋に戻ってきた時、ワイヤートラップか何かで首の位置にナイフが飛んでくる仕掛け。
これならいける、と思ったが、そんな仕掛けが残ってたのなら流石に御霊さんたちが気付いているだろうし、そもそも竹之内が死んでいたのは窓の近くで、扉にはバリケードがされていた。この推理は却下だ。
しかし、そこまでして遠隔殺人に拘る理由があるのだろうか?この密室の様な状況が残ったのは本当に必然なのだろうか…。
部屋を隅々まで調べ、竹之内の私物を一つ一つ見、結局どこにも異常が無いという事が分かった。異常と言えるのは死体が窓の近くにある事、血痕がその窓枠や壁、床にも飛び散っている事ぐらいだろう。
「御霊さん」
御霊さんは手袋を
「どうだった?」
御霊さんはこちらを振り返ろうともせずに尋ねた。
「おかしなものは何も見つかりませんでした。御霊さんは、何か見つけましたか」
「強いて言えば…ナイフが刺さっていた首の傷だな」
「傷?」
「血で分かりづらくなっているが、傷口がナイフの刃の横幅よりも大きくなっている」
御霊さんが指さした所をよくよく見てみると、確かにあのジャック・ナイフよりも数センチ大きい傷口があった。
ナイフは既に引き抜かれ、やはり御霊さんが2本目のナイフを保管しているとの事だ。
「つまり………どういう事でしょうか」
少し考えてみた結果、分からなかったので素直に聞いてみる事にした。
「破魔の死体の傷は、ナイフの横幅と一致していた…。今回そうならなかったのは、二つ理由が考えられる。
一つは、犯人がナイフを刺した後に動かしたパターン。窓付近に血が飛び散っている事からも、こちらの説の方が濃厚だな。
二つ目は、最初にナイフよりも大きな得物を使って刺し、後からナイフを刺し直したパターン。これだとなんらかのトリックの為にそういう殺害方法を取ったのだろうが、正直言って不自然な行動だ。やはり竹之内を襲った時に、より確実に殺せるよう、ナイフを動かして首から血を吹き出させたと考えるのが自然だな」
「成程…あ、でも出血量を増やしたという事は、返り血を浴びるというリスクもあると思うんですが」
「その通りだな。まぁ真夜中の犯行だったのなら着替えればいいと思ったのかもしれないし、そもそも返り血を浴びる心配をしていなかったかもしれない」
「…遠隔殺人だから、ですか」
「…そうだな。だが、遠隔殺人でナイフを動かす、というのはなんらかの大掛かりな仕掛けがなくては不可能な芸当だ。
そういう痕跡も、室内には全くなかった訳だな?」
「…はい。間違いなく」
「となると、残るは部屋の外…窓の外ぐらいだが」
御霊さんが窓を開け、そこから顔を出す。猛烈に冷たい風が部屋になだれ込んでくる。私もつられて隣からひょいと顔を出した。
外は相変わらずの猛吹雪だ。私が昼前に付けた足跡は雪に隠れ始めているが、まだその痕跡がうかがい知れた。別荘の外壁側を見ても、横殴りの風で張り付いた雪と、いくつかの窓が見えるぐらいだ。
確か右側の窓が破魔の部屋の窓で、右上が柾の部屋。真上が御霊さんの部屋だが、窓はきっちり板で塞がれている。その他にこの壁面には窓は存在しない。
「窓から窓伝いの移動は可能だと思いますか?」
「そんな事がもし可能なら、犯人は今すぐスパイダー・マンに就職するべきだな。足がかりに出来る物が何もない」
御霊さんが首を引っ込め、私も一緒に引っ込めて窓を閉じた。
やはり、開かれた密室が一番の障害だった。現状ある情報では、何故このような状況が出来上がったのか、自分には推理のしようがなかった。こればかりは名探偵の力に頼るほかない。
「そうだ、新堂。これ」
御霊さんが何かを投げて寄越したので、左手で慌てて受け止める。それは丸められたジップロックだった。
「さっきのシャー芯、それの中に保管しておいてくれ。くれぐれも折れてしまわないようにな」
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