第6話 二日目 昼
時刻は11時になろうとしていた。
「この際だ。調査の前に、聞きたい事があれば遠慮なく聞いてくれ」
破魔の部屋で犯人の遺留品がないか調べている時、御霊さんが切り出した。
「…御霊さんは、どうして破魔が殺されたと思いますか?」
「彼が殺されたのは意外か?」
「えぇ。リーダー気質の彼は、少なくともこのメンバー全員から慕われてたと思ってますから」
「実際はそうじゃなかったかもしれないぞ」
「……それでも、俺の目には、彼は殺されていい人間には見えませんでした」
私が俯き気味に答えると、御霊さんは「成る程な」と少し納得した様に頷き、
「新堂。犯人は何故、私達の車をパンクさせたと思う?」
「えっ?それは勿論、助けを呼ばせない為、ここから逃がさない為でしょう」
「何故だ?破魔1人を殺すだけなら、犯人の目的はすでに達成されたんだ。つまり、犯人の目的にはまだ『先』があると考えられる」
「…もしかして、これから再び殺人が起きる、と」
私は血の気が引いた。御霊さんはぽんぽん、と私の肩を叩き、
「そうだ。犯人はまだ誰かを殺そうとしている可能性が非常に高い。その上で、破魔が先に殺されたもう一つの理由が見えてくる」
「…彼の持っている無線LANを壊す為…ですか?そんな事の為に…」
「当然、彼を殺すつもりはなく、無線LANを持ち出す為に部屋に侵入し、見つかった為殺された可能性もあるだろう。
しかしその場合、物音で我々の誰かが目覚めてもおかしくなかったが、目覚めた者はいなかった。この可能性は切っていいだろう」
「じゃあ…次は誰が…狙われるんですか」
次は自分かも、と思うと気が気でなかった。
「さぁな。名探偵が邪魔、と考える様になったら私かも…」
御霊さんは顔色一つ変えずに言い、
「…しかし、あと1人殺して終わりとは限らない。2人以上、もしかしたら全滅も…」
私は身の毛がよだつ思いがした。
「全滅って、そんな無差別な殺し方を何故…」
その時、私に閃くものがあった。
「……犯人は連続殺人鬼の『ジャック・ナイフ』ではないでしょうか?」
「何故そう思う?」
「ええと、凶器はあの有名なジャック・ナイフを使ってますし、それに思い当たる動機もなく人を殺す通り魔的犯行は、奴の犯行と一致してると思って」
「成る程。残念ながら、私はそうではないと考えているが」
「何故でしょう」
「見立て殺人については、当然知っているな?」
「はい。殺人現場に符号のような物をあえて残して、何かになぞらえる手法の事ですよね」
「今回の殺人は、『ジャック』とは関係のない第三者が、それに見立てて行った殺人と推理している」
「そう、なんですか」
「あぁ。『ジャック』は北海道の屋外で通り魔的な犯行を繰り返していたが、突然こんな、複数名を閉じ込めて殺すようなやり方は今までと全く異なる。通り魔は突発的犯行だが、今回は明らかに計画的犯行だ。同じ人間が行ったものとは考えられない」
「…確かに、おっしゃる通りですね」
『ジャック・ナイフ』は明らかに殺人に快楽を見出している異常者だ。そんな頭のおかしい奴が、唐突にこんな込み入った殺人計画を行うだなんて考えられない。
こんな場所で待ち伏せして私たちを殺すのを待つぐらいなら、今迄通りもっと人が大勢で歩いている場所で殺人を行うのが合理的だ。
「それじゃあ犯人が『ジャック』じゃないと仮定すると、やっぱり俺たちの中に犯人が…?」
「少なくとも、私はそう考えている」
御霊さんの言葉に、私は黙りこくった。
「犯人がジャック・ナイフを凶器に使ったのは、偶然じゃないでしょうね」
「あぁ。私もそう思う」
「何故、『ジャック・ナイフ』の犯行に見立てたりしたのでしょう」
「理由は色々考えられる。
一つは、私たちを疑心暗鬼に陥らせる事。私たちの中の誰かが犯人だと断定すれば、お互いを見張ってさえいればいい。しかし外部犯、『ジャック』が犯人である可能性が出てくると、いない筈の連続殺人鬼の影にまで警戒しなければならなくなる。犯人はそういった精神的摩耗を狙っている可能性だ。
それに今話題の『ジャック』は、凶器にジャック・ナイフを使っているぐらいしか物的証拠が挙がっていない。即ち今回の犯人も、ジャック・ナイフを凶器に使うだけで連続殺人鬼の存在を匂わせる事が出来る。比較的容易に『見立て』が出来るというのもあるだろうな」
「しかし、『ジャック・ナイフ』がここに潜伏しているっていう噂は…」
「それも、今回の犯人が敢えて立てた噂だろうな。殺人鬼の影を仄めかす為に」
「もしそうなら、随分入念に準備していたんですね。しかし、今回はそれが裏目に出ましたね。だって、その噂を立てた所為で御霊さんという名探偵をここに召喚してしまったんですから。
絶対に犯人、見つけましょうね」
「…あぁ、そうだな」
御霊さんは少しだけほくそ笑んだ。
その後小1時間ほど2人で室内を調べたが、これと言って犯人の遺留品はなく、破魔の荷物もルーター以外に持ち去られたと思われる物もないという結論に至った。
破魔の服を観察している御霊さんに話し掛ける。
「御霊さん」
「なんだ」
「犯人が残したものはナイフだけ、犯行時刻も夜中で全員にアリバイがない。御霊さんは、どうやって犯人を特定するつもりですか」
「…新堂。『完全犯罪』とはどういうものだと思う?」
「え?それは、完璧なアリバイトリック、もしくは到底不可能と思われる物質トリック…」
「それはだな。たまたま擦れ違った被害者を、目撃者や監視カメラが一切ない場所で、誰にでも入手出来る凶器を使い、さっと殺して立ち去るのが、完全犯罪なんだ。小賢しいトリックは逆に多くの証拠を残す。
丁度今回みたいな、殆ど証拠が残らない犯行は、私としても正直お手上げだね。警察の手が入って科学的な捜査が行われれば指紋や髪の毛、体液等の遺留品を更に細かく調査も出来るだろうけど、こと今回の犯人に至ってはそういった証拠を残しているかどうかすら怪しい。それに警察の到着が遅くなればなるほど、科学捜査も効果が激減するからね」
「つまり…………破魔を殺した犯人を特定するのは難しい、と?」
「現状はな」
御霊さんはあっけらかんとしながら言い放った。
「それじゃ、ただ次の殺人が起きるのを手をこまねいて待つしかないと」
私は少しだけ苛ついた。
「そうはならないさ」
そう言いながら、御霊さんは破魔の首元を見ている。既にナイフは引き抜かれた後で、傷跡が生々しく紅く染まっていた。
「御霊さん、ナイフの傷跡は一箇所だけだったんですよね?」
「あぁ。首に深々と刺さっていた箇所だけだ」
「女性の力でも可能そうでしょうか」
「ナイフが鋭く研磨されていたから、可能だろうな」
「………そうですか」
犯人は破魔に強い殺意を持った人間では、と言おうとしたが、ここにいる人間や『ジャック』ですら当てはまらない様な気がした。
その後調査で判明した事は以下の2点だけだった。
・ナイフの刺さっていた向きから、犯人は右利きの可能性が高い。
・個室の鍵は内鍵のみで、外から施錠or解錠する事は不可。よってやはり破魔は鍵を掛けずに就寝したと思われる。
「これ以上の新事実は、この部屋からは出て来なさそうだな」
御霊さんが両手を上に伸ばし、思い切り伸びをする。
「やっぱり犯人特定は難しそうですね」
「おっと、まだ調査は終わらないぞ。別荘の周囲をちょっと見ておきたい」
「分かりました…でもお昼にしませんか」
腕時計を見ると、既に12時を回っていた。
「あぁ」
そう言いながら御霊さんは、破魔の顔にそっとシーツを被せた。
*
12時半になるというのに、食堂には誰もいなかった。いや、正確には通りがかった広間で井上に会い、「食事は皆各自でとったよ」と声を掛けられたのを別とすると、だ。
缶詰で簡易な食事をとったのち、別荘の外を調査する事としたが、かなりの猛吹雪で30分経たぬうちに
「この大雪じゃ、足跡もすぐ掻き消されてしまいますね」
頭の上の雪を右手で払いながら新堂が言った。
「別荘正面は積雪が少ないから、その通りだな。
だが裏手や横側は雪掻きもされていなかったから、かなり雪が積もっている。あそこを歩くと膝上まで雪に埋まるだろうから、この吹雪でも誰かが通れば一目で分かるだろう。その痕跡がない事が分かっただけでも充分だ」
「つまり、別荘の正面玄関以外の場所を、第三者が
新堂の言葉に、私は黙って頷いた。
「やっぱり御霊さんの言う通り、『ジャック』なんてとても潜伏しているとは思えませんね。その痕跡が全く見つからない」
「…少しは、それらしき物も見つかるかなと思ったんだがな」
「と、言いますと?」
「真犯人が『ジャック』の存在を匂わせる為に、意味深なメッセージを残したりだとか、鍵をこじ開けた様な跡があったり、だとか」
「成る程」
「逆に全くないのが不気味でもあるが…」
一瞬、沈黙が訪れる。
「…この後はどうしますか」
「私は、少し部屋で考え事をしたい。別行動でいいか」
「分かりました。ではまた後程」
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