第5話 二日目 朝
夢を見た。
私は暗闇の中に立ち尽くしていた。
遠くで女性の悲鳴が聞こえる。これまで聞いた事のないような、悲痛な叫び。
声のする方へ歩けど歩けど、一向に標的へと進んでいる気がしない。
不意に、暗がりから手が差し伸べられる。
女性の手だ。
ぼんやりと、顔が明らかになっていく。
それは、御霊鏡子と名乗った、あの女性の顔…………
「………て、起きて」
身体が揺さぶられる感覚。聴覚に届く柔らかな声。その二つを同時に感じながら、私は意識を覚醒させた。
「柾…………?」
瞼を開け、顔を上げると、見慣れた柾の顔が真っ先に目に入った。
「新堂くん、大変なの。落ち着いて…聞いてね」
柾はじっとこちらを見据える。少々髪が乱れ、哀しそうな表情ではあったものの、目は座っており、彼女の芯の強さを感じさせた。
「破魔くんが、亡くなったの」
一瞬、言っている意味が分からなかった。
「え、破魔が………え?」
「亡くなったの。ナイフが首に刺さってたから、他殺だと思う」
「馬鹿言うな。冗談はよしてくれ」
「冗談なら、どんなに良かったか…。これは、嘘でも冗談でも、夢でもないの。彼の個室で、死んでいるのを…竹之内くんが見つけたの」
「…破魔の遺体は、まだ部屋に?」
「うん。御霊さんが…あの部屋に安置した方がいいだろうって」
「会わせてくれ」
直接この目で見るまで信じられなかった。
「うん…じゃあ、私は出るね」
柾はふらりと扉の方に向かい、
「あ、あと言っておくけどね」
ふと気がついたように振り返る。
「新堂くん、部屋の鍵開いてたし、電気も点けっぱなしで寝ちゃってたよ」
どうやってその部屋まで辿り着いたのか、定かではない。ただふらふらと、
震える手で、半開きになった扉を押す。
破魔がベッドに眠っていた。目は閉じられ、本当に眠っているように見えた。
が、首元のシーツが真っ赤に汚されている事から、彼の死がすぐに見て取れた。
彼の枕元に立つ。首にナイフは刺さっていない。抜き取ってしまったのだろう。身体に布団が掛けられていたが、顔には他に目立った外傷は見当たらない。
「おはよう」
突如後ろから声を掛けられた。飛び上がりそうな程驚いて振り向くと、御霊さんが神妙な面持ちで椅子に腰掛けていた。最初から部屋に居たのだろう、死体に目がいっていて気が付かなかった。
「…おはようございます。いたんですね」
「ああ」
「……どうして、誰が一体、こんな事を」
「食堂で話をする。行こう」
「…分かりました」
きっと私を待っていたんだろう。先を急ごう。
と、扉に向かおうとすると、後ろで御霊さんが跪いていた。破魔に向かって手を合わせている。
私は馬鹿だ。余りに気が動転して、彼の冥福すら祈っていなかったじゃないか。
「俺も……」
御霊さんの隣に陣取り、手を合わせ、目を瞑る。脳裏に浮かんできたのは、初めて破魔に会った日、破魔が突然私のアパートに遊びに来た日、今回の宿泊の事が決まり、大得意にしていた破魔の顔…………
犯人が許せない。私の心に、漸くその感情が芽生えてきた。
立ち上がり横を見ると、御霊さんはまだ祈りを捧げていた。
この人なら信じられる。私は心の底からそう思った。
*
7時ちょっと過ぎ。
食堂に戻ると、私と新堂以外の全員が席に座っていた。後ろにいる新堂も、破魔の部屋に入ってきた時のこの世の終わりの様な表情よりかは幾分ましになったようだ。
「朝食の準備は出来てます」
私たちに気付いた井上が声を掛けてきた。
「ありがとう。食べながらでいいから話すぞ」
私はそのまま一番近くの席に着いた。新堂は私の右隣に座る。奇しくも先程破魔に冥福を祈った時と同じ並びであった。
「いただきます」
そう言って食事に手をつけ始めたのは私だけで、他は全く食事など取る気になれない様であった。当然と言えば当然だが。
唯一井上だけが、辛うじてコーヒーを口に運んでいた。
ちらと他の面々の様子を窺う。井上は昨日の数倍険しい顔をしながらコーヒーを啜っており、竹之内は青ざめた表情のまま他の連中の顔をしきりに覗き見ている。エミリーは目元を赤く腫らしながら啜り泣いているし、新堂は暗い表情のまま黙り込んでいた。
柾はどこか憂いを帯びた表情で、お皿と皆の様子を交互に見ている様であった。この女は精神的にかなり強い人間なんだろうな---私は直感的にそう感じた。
「御霊さん」
最初に沈黙を破ったのは、井上だった。
「皆に共有していただけますか。これまでに判明した事を」
「分かった」
そのうち私の方から切り出すつもりではあったが、井上が助け舟を出した事で幾らかやり易くなった。
「死亡したのは破魔麟太郎、19歳。竜王大学1年、同大学のミステリ同好会に所属。この中に医学の心得がある者がいなかったから私があり合わせの知識で検屍したが、死後から凡そ4時間〜6時間ぐらい、つまり死亡最低時刻は午前3時から5時の間と推定される。ただ死亡最低時刻はあくまで私個人の所見であるし、そもそも死亡最低時刻を偽装する手口も方法さえ知っていれば誰でも出来るから、余りあてにし過ぎないように頼む。
死因は詳しくは不明だが、首の裂傷以外に他に目立った外傷はなく、首に突き立てられていたジャック・ナイフにより命を落としたと見て間違い無いだろう。ナイフはホームセンターに売られているような市販の物であったが、特徴的だったのは刃の部分が鋭く研がれていた事だ」
「刃が…研がれていたんですか?」
隣にいた新堂が聞き返した。
「あぁ。購入後、犯人の手で研がれたであろう事は想像に難くない。恐らく一撃で仕留め易くする為だろうな」
凶器のナイフは私がビニル袋に入れ、保管している。流石に食卓の上にそれを置くのは空気が読めなさ過ぎるので控える事とした。
「最初に死体を発見したのは竹之内だった。スマホがいつまでも使えない事を気に掛け、朝一番でルーターを接続して貰おうとノックするも反応なし、それで中に入ったらこの惨事だったらしい」
私はそこまで続けて竹之内を見遣った。
「そん通りです。そんで、首にナイフが突き刺さってるのが見えて、凄い血が出てて、もう死んでると思って御霊さんの部屋に駆け込んで、皆んなに伝えたって次第です」
俯いた様子の竹之内が続けた。
「なんで最初に御霊さんの部屋に駆け込んだんだ?」
井上が聞く。
「…こん中で一番頼りになると思ったから」
俯いている竹之内が更に小さく見えた。
「有事に男が真っ先に女に頼るのはどうかと思うが、その判断は間違ってはいない」
私は冷ややかに言い放った。竹之内はますます肩身が狭そうにしている。
「そういえば、警察にはもう連絡したんですか?」
新堂がふと口を挟んだ。
「その事についても言及していこう。結論から言うと、連絡していない。いや、連絡出来ない状態にあると言った方が正しいか」
「連絡、出来ない?」
私の言葉を新堂が聞き返す。
「まず通信手段のルーターだが、これは浴槽内で見つかった。ご覧の有り様だ」
私は破魔の所有物だった、Wi-Fiのルーターを卓上に置く。
見るも無惨な姿だった。アンテナは尽くへし折られ、浴槽の水に浸かっていたため中まで水浸しであった。付属品のケーブルすら念入りに切断された状態だ。
「な……」
新堂が絶句した。
「恐らく、破魔を殺した犯人の仕業だろう。一応出来る限りの事をしてみたが、どうにもならない。ルーターを壊され、ここが圏外である以上、インターネット回線、及び電話回線を使用しての外部への連絡は不可能だ。これが目的で、最初に破魔を殺したんだろうな」
「車があるでしょう。誰かが乗って助けを呼びにいくべきです。何なら、俺が運転しても」
「残念だが、それも不可能だ」
新堂の言葉を遮る様に言う。
「後で自分で確認してくれ。君たちが分乗してきた車、及び私のクラウンは全てパンクさせられていた。鋭利な刃物…恐らくジャック・ナイフでタイヤをズタズタにされていたんだ。これも犯人の仕業に違いない。
あのタイヤで除雪されていない雪道を走るのは完全に不可能だ。念の為に言っておくが、既に3車ともエンジンをふかしてみたが、ぴくりとも動かなかった。そうだな?井上、竹之内」
私が二人に同意を求めると、二人とも首を縦に振った。
「普通のコンクリートの道路なら強引に動かす事も可能かもしれませんが、大雪が積もったあの道じゃ馬力が全く足りません。ましてあそこの道はやや上り坂になっていますから、車は完全に使い物にならなくなったと言えますね…」
井上が溜め息混じりに付け加えた。
「それなら、歩いてでも助けを呼びにいくべきです」
新堂が最後の手段を口にした。
「外を見ろ」
私が窓に近寄り、遮光カーテンを開ける。
外は猛吹雪だった。昨晩の夕方よりも、20cm以上は積もったに違いない。最早数メートル先の視界すら朧げであった。
「そんな」
「さっきなんとかラジオで天気予報が聞けた。北海道の特にこの地域に爆弾低気圧が発達していて、その影響で猛吹雪警報が出ている。数日間は降り続けるだろうとの事だ。この天候で外を出歩くのは自殺行為でしかない」
「数日間、ここに閉じ込められるって事ですか。それじゃまるっきり、『吹雪の山荘』じゃないですか」
新堂の顔がみるみる絶望に染まった。
「すまない。私がいながらこの事態を防げなかったなんて」
私はそう言って頭を下げる。
「御霊さんの所為じゃないですよ…犯人が全部悪いんです」
柾がとりなす。
「現時点で、犯人の目星はついてるんですか?」
竹之内がこちらの様子を窺う。
「…残念ながら、今の状況では証拠がなさ過ぎる。深夜ゆえ、全員にアリバイがない。犯人の特定は現状不可能だ」
「そう言う御霊さんが、犯人って可能性もあり得ますよね?」
エミリーが初めて口を開いた。全員の視線がエミリーに向く。
「可能性だけなら、勿論その通りだ」
私は礼儀正しく答えた。
「外部犯という可能性は?」
井上が鋭く指摘する。
「本物の『ジャック・ナイフ』が潜んでて、俺らの命を狙ってるって事もあり得ますよね」
「先程外を見回った時は、外部から誰かが来た様な足跡は見当たらなかったと思うが…まぁ、最初からこの別荘の中に潜伏していて、私たちを一人一人殺していこうという腹積りなのかもしれな」
「もう沢山です!!!」
突然エミリーが声を張り上げた。
「ワタシたちは今日まで何も問題なく仲良くやってました!そのワタシたち同士で、どうして殺人なんか起きる言うんですか!?一番この中で怪しいのは、部外者の御霊さんです!違いますか!?」
エミリーが血走った目で私を睨む。やれやれ、面倒臭い女だ。
「初対面の私の方が、破魔を殺す理由がないと言えるんだがな」
「そんなの、御霊さんが無差別殺人のシリアル・キラーかもしれないじゃないですか!きっとそうだわ!!これまで解決してきたとかいう事件も、御霊さんが殺して、それを推理のフリして第三者に冤罪を被せてたかもしれないわ!!!」
「よせよエミリー!根拠のない事を!」
井上が間に入ろうとする。
「根拠ならあるわ!ワタシは殺してない!でも破魔は死んだのよ!それとも、ああそうなのね、素数、アナタが殺したから御霊さんが犯人じゃないと言えるのね!」
「なんだと!!」
井上が顔を赤くして立ち上がった。どうも普段は冷静な様でいて、煽り耐性は余りない男らしい。
パン!と乾いた音が食堂に響いた。見ると、どうも柾が手を強く叩いた音らしい。
「そこまで。口先だけの論理で犯人を擦りつけあったって、何も始まらないよ。明確に犯人だって言える証拠がなきゃ、ただの中傷。それまでは私たち、協力し合わなきゃ。ほらエミ、御霊さんに謝って」
「なんで、ワタシが……」
「謝って」
柾が明るく、尚且つドスの効いた声でエミリーに迫る。
「……御霊さん、すみませんでした」
「別にいい。慣れてる」
以後、エミリーは殆ど黙っていた。
「素数くんも、すぐにカッカしちゃ駄目だよ?」
「…あぁそうだな、悪かった。全く、世良には敵わないよ」
井上も大人しく席に着いた。このグループ内の力関係が垣間見えた気がした。
「それで…これから、どうしましょう。助けを待つしかないのは分かりましたけど」
新堂が不安そうに切り出す。
「事件の調査と、安全の確保。急務なのはこの2点だな。調査は私が鋭意的に行うつもりだが、情報の共有は惜しまないし、全面的に信用されてる訳でもない以上、君たちの中から誰かを監視に付けても構わない」
私はコーヒーに砂糖を溶かしながら返答した。
「監視は言い過ぎですけど…誰か一人を
「あ…じゃあ俺が手伝います」
井上の提案に、新堂が控えめに挙手した。まぁ、このメンバーの中で積極的に私に関わろうとするのは、昨日からやたら私にくっ付いていたこいつぐらいだと予想はついていたが。
「ね…寝る時はどうするんですか。何人かで固まって寝るってのもアリだと思いますけど」
竹之内が恐る恐る述べた。
「私はどちらでも構わないが…相手が連続殺人鬼の『ジャック・ナイフ』であるとしたら、固まって寝るのはむしろ一網打尽にされる危険がある。バラバラに寝ていたから、昨晩は破魔しか襲われなかった可能性があるのも一つの事実だ。
無論油断させる為だとか、一人一人殺していくのが目的という可能性もあるだろう。しかし部屋を調査してみても、密室を破る絡繰り仕掛けみたいなものも発見出来なかった以上、私は個々で部屋を施錠して就寝するのがベストだと考えている。
ま、誰かさんは固まって寝る事に断固反対の様であるしな」
そこまで続けて、エミリーの方をちらりと盗み見る。エミリーはずっと私を睨み続けており、どう考えても固まって寝る事には反対の様子だ。
「昨日、破魔の部屋が施錠されていたかどうか分かる人はいるか?」
「あ…俺23時ぐらいに、破魔に明日の予定とか軽く聞きに行きましたけど、その時は鍵開いてましたし、多分そのまま施錠せずに寝たと思います」
私の問いかけには竹之内が答えた。
「他の皆は施錠していたんだな?」
視界に見える全員が頷く。が、
「あ…でも新堂くんは鍵掛けてなかったよねぇ。電気も点けっ放しだったし」
柾が思い出した様に言う。
「どうもそうみたいです。癖でたまにやっちゃうんですよ。明るい所でも寝れちゃう性格なんで」
新堂が柾の言葉を肯定した。
「今日から絶対に鍵は掛けろ。たまたま照明が点いていたお陰で、殺人鬼の魔の手から逃れられた可能性だってあるんだからな」
私の忠告を聞いて、新堂の顔がさっと青くなる。今漸く、自分たちが置かれている立場を理解したらしい。
「少ししたら、この別荘内の調査から始めようと思う。一旦自室に戻る。
君たちはどう動こうが自由だが…自分たちの命を最大限に大事にするんだな」
私はそのまま立ち上がり、食堂を後にした。
方針は決まった。後は…進むだけだ。
*
私の腕時計は、10時を指していた。
食堂では一悶着あったものの、なんとか今後の方向性を固められた。これから御霊さんと事件の調査を始めると思うと、不思議な感覚だった。当然私は漫画やアニメで殺人事件に遭遇し調査を行う登場人物たちの事を知ってはいるが、まさか自分が同じ境遇に置かれるとは思いも寄らなかった。
破魔麟太郎…竜大ミステリ同好会の実質的なリーダーだった男。自分の身近にいる人間が、突然死ぬなんて。それも、殺人と言うショッキングな方法で。
私は、破魔という人間に特別好きと言う感情はなかったものの、彼の人を集める人望そのものには多少なり畏敬の念を抱いていたのも事実だった。犯人は、一体全体どんな理由があって、彼の命を奪うという最大級の報復を行ったっていうんだ?そして理由があったとしても、それはどうしても彼を殺さなければならないほどの理由だったというのだろうか?
私が推理ものを読むうえで重要視しているものの一つが『動機』であった。殺人犯は多種多様な動機によって、事件を起こす。侮辱された、手柄を奪われた、金銭トラブル、恋愛絡み、大切な人の命を奪われた……。
例えば、探偵漫画の巨峰として知られる『金田一少年の事件簿』は、犯人の動機にもかなり重きを置いている。この漫画では多くの犯人が登場するが、大切な人の命を奪われ、その復讐の為に殺人を犯す、というパターンがよく見受けられる。金田一に追い詰められ、自供を始める犯人の余りに悲惨な境遇に同情する時も数多くあった。
逆に日本でもっとも有名な探偵漫画の『名探偵コナン』では、模倣を防ぐ為だとかの理由で、犯人の動機がクズだったり、くだらない物が多かったりする。これはこれでアリだとは重々承知しているものの、余りに身勝手な動機の犯人を目の当たりにした時は正直辟易としたものだった。
しかし、破魔はどうだろう。彼は本当に殺されてもしょうがない、と言われるような人間だったのだろうか?無論私は彼の裏の顔だとか、薄暗い過去を知っている訳ではない。それでも、それでもだ。彼よりももっと、断罪されるべき人間が世の中にいるように思う。彼は死んでいい人間じゃなかった。少なくとも、私はそう思った。
破魔が死んだ理由。私はまずそれが知りたくなった。御霊さんの部屋に行って、早速彼女の考えを聞いてみる事にしよう。私は階段を上がり、彼女の個室の扉をノックした。
「御霊さん、新堂です。今入ってもいいですか?」
「……鍵は開いている」
少し間があったのち、返答があった。私は扉を開ける。
中は照明が点いていたものの、どこか薄暗さを感じる部屋だった。私の部屋と比べて狭いという訳でもない。その理由は、部屋に入ってすぐ視界に飛び込んできた。
「…御霊さん、この部屋で本当に良かったんですか?」
「あぁ。ここしか余っていなかったし、階段から近くて便利そうだったからな」
「しかし、その…息苦しくありませんか?窓が完全に封鎖されてるなんて…」
その部屋は、窓が木の板で完全に目張りされていた。
縦に隙間なく敷き詰められた木目が、窓があったであろう場所を完全に覆い隠し、日の光すら漏らしていない。唯一の光源である天井の照明が、机やベッドの脇などに闇を作り出していた。
「いいんだよ。それに考えもある」
「考え?」
「気が向いたら教えてやる」
御霊さんが鞄を持とうとする。と、ジッパーが中途半端に開いていたせいか、紙が一枚零れ落ちた。
見ると何かのチラシの様で、『
「今のチラシ、宗教の勧誘か何かですか?」
「あ、あぁ……いや、少し違う」
肯定しようとした御霊さんが、思い直した様に言い直す。表情は露骨に『面倒な物を見られた』と語ってはいたが。
「もしかして、御霊さんに何か関係のある組織でしょうか。『霊』も『鏡』も、どちらも御霊さんの名前にある漢字ですからね」
「ふ、中々の名推理だな。霊鏡会は私の後援団体だ」
「つまり…御霊さんをバックアップする組織という事ですか!?」
私は少し驚きを隠せなかった。破魔の反応から、御霊が少なからず有名な探偵というのは想像していたが、支援団体がある程とは思いも寄らなかったからだ。
「と言っても、私は2,3度顔を出した事がある程度で、物好きな連中が勝手にやっている事だがな。資金面での援助とか、私の名前を勝手に広めたりだとか、そういう活動をしてる」
御霊さんはそう言いながらも、霊鏡会にはあまり興味がなさそうであった。
「どのぐらいの規模の団体なんですか?」
「会員は100人近くいるらしい」
「そんなに……中には熱狂的なファンみたいなのもいるんですかね」
「あぁ。酷いものになると私のストーカーの様な連中もいてな。一時期、私の身の安全の確保の為と称して私の行き先を網羅し、後を尾けてきた奴なんかもいた。私が霊鏡会に文句を言ったら、すぐに居なくなったが」
それは最早、ただの行き過ぎたファンクラブなのでは………。
「無駄話が過ぎたな。破魔の部屋の調査から始めよう」
御霊さんはばつの悪そうな顔をした。
「少し荷物の整理をしてから向かう。先に行っててくれ」
「分かりました」
御霊さんにそう言われ、一足先に破魔の部屋へと向かう事にした。
部屋から出る直前、御霊さんの方を見ると、何やら手帳を見ながら難しそうな顔をしていた。
名探偵の思考を邪魔しちゃいけない―――そう思った私は、すぐに前を向き直し、部屋から出た。
*
新堂が部屋から出る時、私は鞄から黒表紙のノートを取り出し、黄色い付箋の貼ってあるページを開いた。
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・霊鏡会 ←『ジャック・ナイフ』が出入りしていた?会員が『ジャック』である可能性あり、要調査
霊鏡会会長に会員名簿を送付して貰う ←済
・ジャックの潜伏箇所 ネットに山岳方面の別荘で目撃情報あり、真偽不詳
破魔という富豪が最近購入したとの事 聞き込みが必要』
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…私の記憶が正しければ、彼ら竜大ミステリ同好会の連中は、誰も霊鏡会には所属していなかった筈だが、あのチラシを見られたのは失敗だった。霊鏡会の事を話すのは余りしたくなかった。
霊鏡会の拠点は都心にあったが、あの場所はどうも好きになれなかった。奴らの薄気味悪さと言ったら、アイドルのファンクラブに
それにしても、あの新堂とかいう奴は―――いや、今はいい。調査に集中しよう。
私はノートを鞄の底深くに仕舞い込み、そのまま部屋を後にした。
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