第4話 一日目 夜


 ノックが三度鳴った。


 時刻は11時半の少し前。私はスマホを眺めようとして、圏外の文字を視認しベッドに放り投げたところだった。


「素数か。どうした?」


 開けた扉の外には素数もとかずが立っていた。


「新、今ちょっと話せるか?」


「あぁ。構わないけど」


 私の言葉を確認した後、井上は部屋に歩み入りそのままベッドに腰掛けた。


「あの御霊って人、どう思う?」


 素数はじっと私の目を見据えた。男同士見つめ合うのも変だったので、私は視線を少し横にずらす。


「どうって…ちょっと目つきはキツいけど美人だと思うし、どこかミステリアスな雰囲気が、いかにも探偵って感じがしたな。まぁ俺の好みからは少し外れるけど」


「はぁ〜…お前の好みの話なんてしてないっての」


「じゃ、素数はどう思ってんだよ」


 話の腰を折られ、私は少しむくれながら問うた。


「俺は、あの人を手放しでは信用出来ないと思ってる」


「どういうことだよ」


「常識で考えろよ。破魔の親父さんが別荘を手に入れて、俺たちが泊まりに来た。同じタイミングで、あの御霊って人が調査をしに来た。こんな偶然があるか?」


 言われてみれば、確かにその通りだ。偶然にしては都合が良すぎる。


「つまり…御霊さんは、俺たちが今日この別荘に来るって事を、予め知ってたって事か?」


「少なくとも俺はそう思ってる。あの人が俺たちに悟られる事なく、そこまで調べ上げたのなら大したもんだけどな」


 つまり、俺たちは調査されていた?今日の彼女の様子を見ても、そんな様子はおくびにも出していなかった…。


「でもなんで、俺たちが泊まりに来た日を狙って訪れたんだろ。この別荘の中まで調べる為か?でも業者が入った後で、めぼしい物なんてなさそうって事も想像出来ただろうに」


「…今日一日の様子を見てた限りでは、俺たちに話を聞く為ってのもあったと思う」


「は?そんなの、『ジャック・ナイフ』の調査とは全く関係ないじゃんか」


「あぁ。でももし仮に俺たちに会う事自体が目的だったとしたら、『ジャック』の調査以外にも、別の目的があったと思うんだよな。それがなんなのかは、まだ皆目わかんねーけど」


 そう言って素数は黙り込んだ。相変わらず、素数の頭の回転の速さには驚かされる。


「じゃあ明日、もうちょっとその辺について突っ込んでみようぜ」


「あぁ」


 その後1時間ほどくだらない事で素数と駄弁だべり続けたのち、井上は自分の客室に引き上げていった。



* * *




 夜はいい。


 研ぎ澄まされた静寂が、私の心を穏やかにさせる。


 暗室の中、闇に立つ私。


 足元のベッドには、安らかに寝息を立てている男が一人。


 部屋に鍵を掛けていなかったのは好都合だった。


 私は懐に忍ばせていた凶器を手に取る。


 カーテンの隙間から漏れた微かな光が、鋭く磨かれたを怪しく光らせた。


 ここからだ。


 ここから始まるんだ。


 私は右手に握ったジャック・ナイフを高々と掲げ―――――――





 ――男の喉元目掛けて振り下ろした。

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