第3話 一日目 夕


 愛車の赤いクラウンを停め、窓からその建物の様子をうかがう。全体をオリエンタル調でまとめた、二階建ての家屋だ。周囲は雪を被った白樺の立ち木で囲まれており、今私が通ってきたルート以外に道はない。その家屋の東側、少し離れた場所にトタン製の物置が見える。先日の事件のあった倉庫よりは一回り小さく、やはりその物置も屋根の上にどっさりと雪を積もらせていた。


 エンジン音が風の音にかき消されたからか、別荘から誰かが出てくる様子はない。最も、往々にして招かれざる客である私に、出迎えなどハナから期待していないが。

 車外に出ると、強烈な悪臭が鼻についた。肉、血、骨、髪、爪…ありとあらゆる物が腐ったような、この世の物と思えぬ酷い臭いだ。当然それはこの別荘に死体があるから、という訳ではなく、であることは、他ならぬ私自身がよく知っていた。


 運命に決定された殺人を未然に防ぐ事は不可能に近い。であるならば、私がすべき事は、可能な限り早く真相を解明し、犯人を特定する事。強く決意を抱き、玄関に向かって歩き始めた。



 私の名は御霊鏡子。探偵だ。





「…どなたですか?」


 チャイム音に気付いた私が玄関の扉を開けた途端、見ず知らずの女性が立っていた為、思わず固まってしまった。薄い色素の長髪に鋭い瞳、整った顔。ファー付のコートの下には、黒いシースルワンピースを着ている。私の好みの範囲ではなかったものの、美女の部類に入る容姿であることは間違いない。


「連続殺人鬼『ジャック・ナイフ』が潜伏していたとされる別荘は、ここで間違いないか?」


 女性は私の質問を無視して質問で返してきた。


「(多分)そうですが…なんのご用でしょう」


「私は御霊鏡子。探偵だ。『ジャック・ナイフ』の調査を依頼され、ここを訪れた」


「依頼?」


 私は驚いた。『ジャック・ナイフ』の噂なんてチラシの裏側に書いたメモレベルに信憑性のない情報だと思っていたのに、それが目的で本物の探偵が訪問してきたらしい。


「どうした、シンs…堂」


 いつもの様に綽名で呼ぼうとして急遽方向転換したらしき破魔が、私の横から顔を出す。


「破魔、いいところに。この女性が別荘の調査に訪れたって」


「御霊鏡子。探偵だ」


「ゴリョウキョウコ…?まぁいい、あがってくれ」


 破魔先輩はすんなり未知の客人を招き入れた。


「いいのか?」


「いいじゃねぇか、面白そうだし。別嬪べっぴんさんだし」


 破魔がニヤリと笑う。家主がOKと言うのなら、私が逆らう理由はない。


「話が早くて助かる」


 御霊と名乗った女性が一礼し、靴を脱いであがった。彼女の所作一つ一つが品の良さを感じさせる、不思議な魅力があった。


「俺は破魔麟太郎です。竜王大学の1年で、この別荘を買った破魔徹之輔てつのすけの四男坊です。今日は竜大ミステリ同好会の6人で泊まりに来てるんです」


 しまった、先を越された。


「…俺は新堂新です。同じく竜大の1年です」


「あぁ、よろしく」


 御霊さんはにこりともせずに会釈した。年齢は自分たちと同じぐらいに見えるが、雰囲気の所為か、やけに大人びて見える。


「広間で打ち上げやってるンで、荷物を個室に置いたらいらしてください。確か個室が空いてるのは2階だけだった気がするケド…もし良かったら1階の俺の部屋を空けますが」


「いや、2階の部屋を使わせて貰うよ。お気遣いありがとう」


 御霊さんはそう言うと、さっさと階段を上がっていってしまった。


「探偵って言ってたけれど、本当なのかね?」


 広間に戻りながら、破魔に話し掛ける。


「ゴリョウキョウコ、ゴリョウ…ん?あ、あぁ、ソーだな」


 何やら考え事をしていたらしき破魔は、上の空と言った感じだ。


「知ってる人?」


「いや……」


 何やら含みのある言い方だが、それ以上出てくるものがなさそうだったので、深くは追及しないことにした。



「改めて、私は御霊鏡子。職業は探偵だ。とある依頼人から連続殺人鬼『ジャック・ナイフ』の調査を依頼され、情報収集しているうちにこの別荘に行きついた。ある程度この別荘を調べたら失礼させて貰う予定だ。君たちの宴の邪魔はしないから安心してくれ」


 椅子に腰かけながら、御霊さんが皆に自己紹介する。柾はぽーっとした表情で御霊に見とれており、竹之内は拍手喝采で、エミリーはキャッキャと満面の笑みで喜んでいる。しかしただ一人、素数だけが警戒を解かぬ硬い表情のまま、彼女を真摯に見つめていた。


「そんな固い事言わずに、好きなだけここに滞在していいんですよ?」


 竹之内が勝手な事を言い出した。


「いや、流石にそういう訳にはいかない。だが、これから天候が大きく崩れると予報で言っていたから、もしかしたら1泊だけお願いする事になるかもしれない。構わないだろうか」


「あれ、そうなんすか?まぁ、1泊なら部屋も空いてますし全然OKですよ」


「破魔、旅行の日の天気予報ぐらいチェックしてくれよ。今夜からこの辺は大雪になるって言ってたぞ。まぁ積もって一晩で20センチほどだったかな」


 私は車の中で見たスマホのニュースを思い出しながら口添えした。


「もうお外も、降り出しちゃってるもんねぇ」


 柾の言葉につられ窓を見ると、一面銀世界の景色をさらに白く染め上げるかのように、横殴りの雪が音もなく降り注いでいた。


「さぁさ、袖振り合うも他生の縁と言いますし。自己紹介タイムといきましょうか。あ、俺と新堂はもう紹介っちゃったからスキップね」


 私は名前と大学名しか言ってないんだが。


「じゃあ俺からいいすか?竹之内宝作、竜大の1年坊です。仲間内からはアーガイルってよく呼ばれてるんで、御霊さんもガイルって呼んでいいですよ」


 竹之内が眼鏡をキリッと押し上げてカッコつける。


「じゃあ、竹之内って呼ばせて貰うよ」


「ガクッ」


 竹之内がわざとらしくズッコケる。相変わらず見た目にそぐわずお調子者な奴だ。


「私は、柾世良っていいます。映画とか、ドラマとか色んなものが好きなんですけど…やっぱりミステリー小説が好きなんですよね。綾辻行人とか、麻耶雄嵩とか、北山猛邦とか、よく読んでます」


 ミステリ好きなのはここにいるミス同全員だと思うが…。


「私も好きなんだが、最近は時間が確保出来なくてな。最近出たやつでオススメがあったら知りたい」


「それなら…市川憂人って作家さんが、面白いミステリー小説を書いたんですよねぇ。今日も持ってきてるので…貸してあげますよ?」


「いや、折角だが遠慮しておくよ」


「世良ちゃん、御霊さんはお仕事で来てるんだから無理言っちゃ駄目だよ」


「あ…そうでしたねぇ。では機会があれば是非読んでくださいね」


 竹之内にさとされ、柾がすごすごと引き下がる。


「ワタシはエミリー・パッチでーす!カラオケが好きでーす!よろしく願いしまーす!」


「あぁ、よろしく」


 御霊さんはカラオケには全く興味がないのか、その下りは完全に無視していた。


「明日打ち上げでカラオケに行く予定なんでーす!御霊サンも一緒に行きましょー!」


「悪いが興味がない」


 やっぱり。


「エミちゃん、御霊さんは仕事で来てるって言ったばっかっしょ」


「あ、そうでしたー。ではまたの機会に遊びましょうねー」


 エミリーは竹之内の言葉にあざとくコツンと自分の頭を叩いた。


「井上素数、竜大の1年です。誕生日が11月17日で、11も17も1117も素数なんですよ。父が大の素数マニアで、息子にもこんな名前を付けてしまったのが由来なんです。よろしくお願いします」


「変わった名前だと思っていたが、そんな由来があったとはな。よろしく頼むよ」


 私も50回は聞いた素数の自己紹介に、御霊さんは初めて少しだけ微笑んだ。


「思い出した!御霊鏡子!死神探偵!」


 突然、破魔が大声を出して立ち上がる。お陰で真横にいた竹之内が思い切り飲み物を零した。


「な、なんだよ?突然」


「半年ぐらい前に、ネットの記事で見たんだよ。殺人事件に何度も巻き込まれて、その度華麗な推理を披露して事件を解決に導く、漫画か小説に出てくるような探偵が実在するって。その記事じゃ名前は分からなかったけど、気になって掲示板を調べてみたら、確か御霊鏡子って名前の探偵だって。それがあなたなんスね!」


 興奮気味に話す破魔に対し、御霊さんは一瞬だけ険しい表情を見せた。が、次の瞬間にはいつもの涼しい顔に戻っていた。


態々わざわざ否定する程のことでもないな。その通りだ」


「わぁ…凄い…かっこいい……」


 柾がまた御霊さんに見惚れる。彼女のすぐ何かに見惚れる癖のせいで、勘違いさせてしまった男は数知れず。


「それじゃ…この館でも殺人事件が起きるんですか?」


 私はふと、思いついたことを口走ってしまった。広間に気まずい沈黙が流れる。


「バッカ新堂お前、そんな事起きる訳ネーだろ!漫画や小説じゃあるまいし!」


 破魔が私の背中をバシバシと叩く。心なしか、いつもよりも力が入っているように思えた。


「あぁ、その通りだ。長居するつもりはないし、邪魔なようなら調査が終わり次第すぐに出て行ってもいい」


「そんな、コイツの言った事なんて気にしないでゆっくりしてってくださいよ」


 破魔が大らかに笑う。涼しい顔のままの御霊さんの言葉に、私自身少しだけ安心を覚えた。


「失礼な事を言ってすみませんでした。俺も調査には出来る限りの協力はしますので」


「気にしなくていい。慣れてるから」


 どうやら、死神呼ばわりされることには慣れっこの様子だ。


「そうだな…早速なんだが、この別荘の見取り図のようなものはあるか?」


「あ、それなら俺がスマホに画像保存してるンで、エアドロで共有しますよ」


 破魔がポケットからスマホを取り出しながら言う。


「確かエアドロにはWi-Fiが必要だったと記憶しているが。さっき車から出たときにスマホを確認したが、この別荘、だろう?」


「確かに平時はネットは繋がらないんスけど、大丈夫スよ。先週業者が工事に来て、電話回線だけ引っ張ってきて貰ったんス。んで、そこから繋がるルーターとポケットWi-Fiも持って来て設置したんで、この別荘周辺ならネット繋がりますよ」


「…圏外なんだが」


 御霊の言う通り、アンテナは全く立っていなかった。


「あ、やっべ。まだルーターの設定してねンだった。明日の午前中には設定しとくンで、今のところはこの見取り図で勘弁して貰っていいスか」


 破魔は鞄の中から何枚かに分かれた紙を差し出した。どうやら、この別荘の見取り図のようだ。

 ( ※『ジャック・ナイフ館見取り図』

URL: https://www.pixiv.net/artworks/91082002 )


「2階建て、2階は主に来客用の個室…各部屋にトイレがあるのか」


「そうらしいンすよ。不動産屋に聞いても理由は教えて貰えなかったンすけど、前の所有者がトイレとかの家電製品のメーカーで、その製品のテストに沢山置いたんじゃないかって俺は推理してます」


 なんだそりゃ。


「それじゃあ私はこの見取り図を頼りに、少し館の中を見て回るとするかな」


「分かりました。またなんかあったら、いつでも声掛けてくださいね」


 ひらひらと手を振る破魔を後目に、御霊さんはキッチンの方へと歩いて行った。


「…ところで破魔くん、この別荘に調査するような物ってあるの…?」


 柾がコップをテーブルに置きながら破魔に尋ねる。


「うーん、先週業者が別荘内の清掃も粗方やっちまったかンな。その時ホームレスが残したっぽいゴミの数々とかも捨てちまったらしーし。家具ぐらいしか先住者の物品は残されてねーンじゃねーかな。俺もざっと別荘内を見て回ったけど、少なくとも『ジャック・ナイフ』が潜伏していた証拠なんてモンは見当たらなかったし、そういう話は不動産屋からも聞いてネーな」


「じゃあ過去に『ジャック・ナイフ』が潜伏していたとしても、今は綺麗さっぱり清掃された、ごく普通の別荘って事じゃねぇか」


 そう呟いたのは、拍子抜けした様子の竹之内。


「まぁまぁ。こういうのは雰囲気を楽しむモンだから」


 破魔はのんびりと手持ちのグラスを啜った。

 御霊さんは、この別荘に何も『ジャック・ナイフ』に繋がる物がないかもしれないという事を想定していたのだろうか。もしそうだったのなら、この人が態々ここまで足を運んだ理由は…?私は少し想像を馳せてみたものの、到底それらしき理由には至らなかった。


「そろそろ夕飯の準備すっから、手伝ってくれよ。つっても、簡単に出来るヤツしか持って来てねーケドな」


 破魔が立ち上がって腕を捲る。


「じゃあ、アタシも手伝いますよー!」


 エミリーも少し遅れて立ち上がった。


「みんな…頑張ってね」


 柾は微動だにしなかった。と言っても、この人の料理の腕の絶望的さは同好会の中では周知の事実だったので、誰も気にするそぶりはなかった。


「外、雪強くなってきたな」


 私は窓の外を見ながら呟いた。徐々に薄暗くなりつつある夕闇の中、雪は容赦なく窓に叩きつけている。


「低温でエンストしたりしないよな。それだけが心配なんだけど」


 素数もとかずが顎に手をやりながら窓を見つめる。


「そういえば御霊さんは?」


「さっき外見に行くっつってたぜー」


 破魔に声を掛けると、キッチンの方から声が返ってきた。彼女の動向が気になった私は、ハンガーに掛けられていたジャンパーを手に取り、玄関へと向かった。





 腕時計の短針は、5の文字盤を通過しつつあった。


 外は猛吹雪となりつつあるものの、まだ出歩ける程度には雪は積もっていなかった。別荘の外周を見て回り、これといった異常がないことを確かめ、最後に別荘の東側にあった物置を眺める。精々3畳分ぐらいの広さしかないそれに、収納されていたのは雪掻き道具一式程度のもので、その道具も柄の部分が折れ曲がっていたりと、殆ど使い物にならないような物ばかりであった。別荘の玄関へ戻ろうとすると、御霊の愛車のクラウンの傍に誰かがいるのを見つけた。


「あ、御霊さん」


 新堂がこちらの姿を認めると、ぺこと軽くお辞儀をした。


「これ、御霊さんの車ですか?すみません、勝手に眺めてて。でもいい車ですね」


「ああ」


 隣にワンボックスが2台停車している。彼らが分乗してきた車だろう。3台の車の屋根に雪が積もり始め、わだちの跡も分からなくなりつつあった。


「御霊さん、今日はお一人ですよね?助手さんとか、いらっしゃらないんですか」


「そういうのは好まない主義でね」


 確か新堂とか言ったか、この学生。身長は170もないようだ。これといって特徴のない顔立ちをしており、ごくごくありふれた黒髪短髪の痩せ型の男性である。女性にもてそうなタイプには到底見えない。


「何か収穫はありましたか?」


「いや、現状では何もないな。足跡もこの大雪に搔き消されてしまっているし。あとは2階だけ見たら、君たちから少し話を聞きたいと思っている」


「え?いいですけど」


 新堂は意外そうな顔をした。私としては、彼がそんな顔をする理由が分からなかった。この別荘の事についてもそうだが、


「御霊さんは、この別荘に『ジャック・ナイフ』が潜伏していたと思ってますか?俺には、到底信じられないんですけど」


 新堂が伏し目がちに尋ねる。仲間内で別荘に遊びに来たと思っていたら、突如現れた探偵を名乗る謎の女性。当惑するのも無理はない。


「現状…そうとはとても思えないが」


 そう答え、一呼吸置く。周囲は時が止まってしまったかのように静まり返っている。


「この別荘はただの別荘じゃない。何か秘密がありそうだと考えている」


「秘密…ですか?」


 私の言葉の真意を図りかねる新堂を尻目に、私は別荘の玄関へと歩きだした。


「今、みんなで夕食の準備をしているところなんですけれど。御霊さんも食べていかれますよね?」


「あぁ。お言葉に甘えてご馳走になろう」


 雪は東からの風を伴い、さらに勢いを増していた。、そして。これだけの条件が揃っていて何も起こらなかったら、それこそ奇跡だろう。私はそう思ったものの、口に出すことはなかった。



 腕時計の針は丁度18時を指していた。


「お前たちは竜大のミステリ同好会の面々とのことだが、全員1年らしいな。今年設立されたばかりの集まりなのか?」


 ランタンの灯りに照らされ、御霊さんの顔がぼんやりと浮かび上がる。準備してきたもので簡単に作れる夕食を食べ終わったところで、御霊さんが話を聞きたいと言ったため、何人かが広間に残っていた。いないのは入浴中のエミリーと、キッチンで食器を洗っている素数だけだ。食事の準備・後片付けや掃除などの家事は、当番制で行うと事前に決めていた。


「ええ。元は俺と井上がミステリで意気投合して、そっからの繋がりで6人が集まって結成したンが、今年の6月だったかなと。活動っつっても、図書館とかで本読んだり、喫茶店でミステリについて語ったりするぐらいスけど。皆一緒にどっか行こう、って決まったのは今回が初めてっスね」


 破魔が缶ビールをプシと開けながら答える。


「ミステリの趣味趣向もみんなバラバラでぇ…私と井上くんは本格ものが好きですけど、破魔くんは刑事ドラマが好きだし、ガイくんは東野圭吾とかの一般受けがいい小説が好きで…エミちゃんは海外作家の小説をメインで読むし、新堂くんはコナンとか金田一とか、漫画やアニメをよく好んでるって言ってたなぁ」


 この話題に飛ぶ度、自分だけなんだか幼稚な趣向のような引け目を感じてしまい、柾の言葉に思わず顰め面をしてしまった。自分も小説に手をつけてみようと思い幾度となく図書館で借りたものの、活字を読むスピードが遅いからか、集中力が持続しないため、断念せざるを得ないのだった。


「この中で、付き合ったりしてる奴はいるのか?」


 御霊さんの遠慮のない質問に、一気に場の空気が冷え切った。


「…井上と柾が付き合ってるンじゃないかって聞くけどな!その辺どうなのよ柾!」


 破魔が笑いながら柾に尋ねる。微妙な空気をなんとか修正させるファインプレーだ。(素数と柾には悪いが)

井上と柾がちょくちょく2人だけでどこかに行ったりしている事は、破魔と竹之内、そして私の間で絶賛話題の種であった。


「えー…?確かに、たまに新作の本格ものが出た時は読んだ後の感想を言い合ったりすることはあるけど…付き合ってる訳じゃないかなぁ」


 柾はいつも通り、のんびりとした様子で否定した。心なしか、私の右隣にいる竹之内がほっとした表情を見せた気がした。


「それじゃこの中で、特別仲が良い2人っていうのはいない解釈で相違ないな?」


 御霊さんが念を押すように聞く。何故この人は、私たちの関係性をそんなに確かめたいのだろう。


「私と井上が高校からの友人って事を除けば、皆大学からの知り合いな筈です」


 疑念を持ちつつも、御霊さんの問いには自ら答えた。


「そうか」


 それだけ言って、御霊さんは食後のコーヒーを口に運んだ。


「いいお湯でしたー!お次どうぞー!」


 エミリーがほくほくさせつつ広間に戻ってきた。


「御霊さん、次入られますか?」


「私は最後でいい」


 破魔の申し出を、御霊さんはにべもなく遠慮した。潔癖症という訳ではないらしい。


「それじゃ…次は私が入ってもいいかな?」


「元からそのつもりだったし。どーぞどーぞ」


 破魔の許諾を得て、柾が立ち上がった。


「ちょっと部屋で休んでるわ」


 竹之内もそれに続いて立ち上がる。


「まー、まだ広間には居るから眠れンかったら来いよ」


「わかった」


 破魔の言葉を背中に受け、竹之内は階段の方へ歩いていった。

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