第3話
いきなり決闘と言われれば、困惑は避けられない。
EクラスからAクラスへの決闘の申請となれば困惑はさらに大きくなる。
斎藤もご多分に洩れず、狼狽えていた。
「決闘、だと?」
「ああ、そうだ」と裕二。
「ふん、Eクラスと決闘なんてバカらしい。いまは透華もいないし、受けるはずがないでしょ」
「逃げるのか?」
露骨に挑発する裕二。
「なに?」
「いまのおまえの言葉だが、要するに神宮寺がいなければ何もできないから見逃してくださいってことだろ?」
「そんな訳あるかッ!」
「なら決闘を受けるのか? 逃げるなら、いまの内だぞ?」
裕二がダメ押しとばかりに付け足す。
それが功を奏したのか、
「決闘を申し込んだことを後悔させてやる」
斎藤が決闘を承諾した。
そんな斎藤の目線は、裕二を射殺さんばかりのものだ。
「決まりだな。内容は、そうだな……ジャンケンなんてどうだ?」
裕二も考えたものだ。
ジャンケンなら完全に運の勝負。
つまり、僕達にも勝てる可能性が十分にあるということだ。
「この場にいるEクラスは、あんたらふたり」
僕と裕二だ。
「対してこっちはAクラス全員。ジャンケンであんたらが全勝できる確率は──」
「いや、いまのは失言だったみたいだ。決闘内容はおまえが考えていい」
斎藤の意外に冷静な返しを受けて、裕二はジャンケンを諦めた。
そればかりでなく、相手に決闘内容を選択させるとまで言った。
まあ、当然と言えば当然だ。
そもそも、決闘内容というのは、決闘を挑まれた側が決めるものだ。
元々、先の裕二のジャンケンという提案はダメ元でしたものだろう。
もし頭に血が上っている斎藤が勢いでジャンケンを承諾し、単独で僕と裕二を相手にしてくれていたら大分いい展開だったのだが。
「これで勝機はかなり薄くなった、か……」
そっと呟く。
向こうに決闘内容の選択権を与えた以上、僕達の勝機は限りなく低くなった。
「あたしとしては、物理的にボコボコにしてやりたいけど、ここはシンプルに学力の勝負にする」
まあ、妥当なところか。
「なら全体の平均で勝負にしよう。Eクラスはこの場にいる僕と裕二。Aクラスは教室にいる全員」
「……はっ! マジかあんた。平均点で勝負って、自分から勝率を下げに行ってるじゃん。バカなの? いや、Eクラスだからバカなのか」
「好き放題いってくれるね」
まあいい、と僕は話を戻す。
「問題はどうするんだ?」
「じゃあ数学だ。ちょうど、あたしらの次の授業が数学なんでね。適当な発展問題を十問ほど選んで点数勝負。一問一点だ」
「いいだろう」
僕は承諾して、裕二に目配せした。
裕二も同じ反応を僕に返す。
僕の考え、伝わったか?
まあ、伝わってなければ、それはそれで構わない。
「ちなみに、いま僕達は教科書が手元にないんだけど? いくら勝負って言っても、教科書がなければなぁ」
「Eクラスから取ってくればいいだろ」
斎藤の反論はもっともだ。
だが、その反論に誘導されていることに、なぜ気付かない?
「裕二。僕が教科書を取ってくるから、裕二はAクラスを見張ってて」
僕は小声で裕二に役割を伝えて、教室を出た。
しばらくして、僕はAクラスの教室に戻っていた。
手には二冊の教科書。それと筆記用具。最後に紙束だ。
裕二に教科書を渡す。
「はい裕二」
「おう。サンキュー伊織」
教科書一冊分軽くなった僕は、斎藤の方を向く。
「斎藤さん。解答用紙がなかったから、職員室から適当な枚数もらってきたよ。みんなに配ってあげて」
もらってきた、とは言ったが、職員室には誰もいなかった。
避難しているから当然だ。
まあ、偽の放送に対して、教師全員が避難しているのもどうかと思うが……。
余談だが、この解答用紙は自由に使ってよいと表記されていたので、間違っても盗んできたとかではない。
「寄越せ」
斎藤が僕から解答用紙を引っ手繰る。
それから、Aクラスの生徒に解答用紙を配り始めた。
僕はそれが終わるのを確認してから、改めて口を開く。
「さて、ぼちぼち問題選択に当たろうか」
「言われなくても」
憎々しげに斎藤が僕を睨んだ。
先導されるのは嫌いなタイプなのかな?
斎藤が教科書を適当に開く。
「それじゃあ……六十八ページ、発展問題その二。一問目はそれだ」
「わかった」
僕は頷き、指定されたページを開く。
問題は……単純な確率問題だ。
高校一年生の教科書なら、そんなものか。
まあもっとも、僕達はまだ授業でそこまで辿り着いていないが……。
だが、僕は焦ってはいなかった。
そんな僕とは裏腹に、裕二は「わからねぇ」と呟いていた。
Aクラスの面々に目を向ける。
一割程度の生徒はすでにペンがスラスラと動いていた。
予習の済んでいる生徒達だろう。
「じゃあ僕も……」
問題に取り掛かるとしよう。
筆記用具からシャープペンシルを取り出す。
芯が振って出るタイプのシャーペンだ。
それを適当な回数だけ振る。
問題を見ながら頭を悩まし、たまに出しすぎた芯を元に戻す。
答えが出ない時は窓の外を見て気を落ち着ける。
再度、問題に向き直る。
解答のみを記入するタイプの解答用紙に、数字を書き込む。
そんなこんなで一問目が終了する。
似たような流れで、合計十問の問題を解いた。
解答が終了し、解答用紙が回収される。
それと同時に、避難訓練が偽物だと知った面々が校舎に戻ってきた。
その中には、教師も多数いた。
AクラスとEクラスだけが校舎に残っていたことに疑問を抱く教師も数名いたが、斎藤が上手く言いくるめてくれた。
その際に、理由はわからないが、康介が虚偽の放送をしたことは伝えられていない。
考えられる理由としては、僕達を決闘で潰せなくなるから、リーダーである神宮寺が不在だから、正直どうでもいいから。
その内のどれかだと僕は睨んでいる。
話が逸れたが、いまの僕達は問題の採点待ちだ。
公平な決闘にするため、採点は教師にしてもらっている。
「失礼する」
Aクラスの扉が開いて、ひとりの男が姿を見せる。
今回、採点を引き受けた数学担当の教師だ。
ちなみにこの教師は、今回の決闘における立会人も兼ねている。
「採点が終了した」
このタイミングで現れたのだから、いまの言葉が出てくることは予想済みだ。
教師は教卓の上に、紙束を雑に置く。
「いまから各クラスの平均点を黒板に記載する」
教師がチョークを手にする。
「相手はEクラスの雑魚だぜ? 結果は見るまでもないな」
「まあそう言うな。たまには、こんな茶番も悪くはない」
「おまえも茶番とか言ってんじゃん」
Aクラスの面々が口々に言葉を出す。
どうやら彼らの中では、すでに僕達は負けらしい。
まあ、言いたいなら言わせておこう。
そして、教師がチョークを置く。
全員が黒板に視線を集中させた。
『Aクラス:5.2』
『Eクラス:5.0』
結果が出た途端、Aクラスの生徒達が騒ついた。
「Eクラスが五点だと⁉︎」
「嘘? ウチらヤバかったんじゃん」
Aクラスの生徒達は、各々が勝手に驚いている。
僕は裕二の方を向いた。
「惜しかったね、裕二」
「……ああ」
様々な感情に浸る僕を含めた生徒達に、教師が嬉しそうな声を上げる。
「問題、見させてもらったが、一問を除いてすべて、おまえ達が習っていないところだった。正直、この点数は驚きだ。これからも真面目に予習しろよ」
教師はそう残して、去って行く。
その手には解答用紙がある。
どうやら、返却はしてくれないらしい。
まあ、いまの僕にとっては好都合だが。
「さて……」
僕は斎藤の元に向かった。
「斎藤さん。今回は僕達の負けだ」
「……あ、ああ」
斎藤の言葉に勢いはなかった。
原因はだいたい想像が付く。
「どうしたの? 最初の元気は?」
興味本位で僕は挑発してみた。
「小林伊織。なんでEクラスがあんな平均点を? あんたは何点だった?」
斎藤は僕の挑発には乗らず、正面から質問を投げてきた。
「答案用紙は返却されてない……と言いたいけど、だいたいでいいなら」
「言え」
「僕が確信を持って解いた問題は二問だ」
「なに? ってことは、石原裕二が八点も……? チッ、Eクラスのバカのくせに」
僕は斎藤の言葉を無視して、裕二の元に向かった。
「裕二。戻ろう、僕達のクラスへ」
「そうだな」
こうして僕達は時教室に戻った。
今回の決闘、Aクラスに脅威を見せるくらいはできていたら、いいのだけれど……。
「ただいま」
僕が教室に入ると、Eクラスの生徒達が殆どいることがわかった。
なんなら、神宮寺透華もいた。
「……え?」
神宮寺透華?
なんでAクラスのリーダーがここに?
「おい、なんでおまえがここにいる?」と敵意を見せる裕二。
裕二は先ほど神宮寺と盛大な罵り合いをしている。
こうなるのも当然と言えば当然だ。
「なんで? そんなの、今日からわたくしがEクラスの生徒だからに決まっていますわ」
「は?」
裕二は素っ頓狂な声を上げた。
僕達Eクラスの生徒も裕二と同じく、困惑の色に染まっている。
「いきなり、そんなバカ丸出しみたいな声を上げないでくださる?」
「悪いな。いまはおまえの挑発に乗る気はないんだ」
裕二は至って冷静だ。
「で、質問に答えろ。おまえはEクラスの生徒って言ったが、どういうことだ?」
「……学校側に落とされた。それだけですわ」
「学校側に落とされた?」
「ええ。わたくし、なかなか悪いことをしてしまいまして」
「教師の尻でも蹴ったのか?」
「いえ。校長室の備品を七、八個こわした、それだけです」
こいつ大分ヤベェ奴だ。瞬時にそう思った。
「それでEクラスか」
「ええ。わたくしが愚かな生徒と判断されたのです」
「そうか。……でも、わからねぇな。どうしてそんなことをした?」
裕二が尋ねると、神宮寺は雪代を優しく引っ張った。
「彼女がいたからですわ!」
キッパリと言い切る神宮寺に、後悔した様子は少しもない。むしろ、生き生きとしている。
雪代の方はというと、当然ながら困り顔を作っていた。
「えーっと……どうやら、そういうことらしい」
たぶんだが、雪代の奴は状況を何も理解していない。
「ちょっといいかな?」
僕は意を決して話に割り込む。
「何でしょうか?」と神宮寺。
「神宮寺さんは、雪代がいるからEクラスに入った。まずは、その認識でいい?」
「ええ」
「なんか、僕が言うのも気が引けるんだけど、動機が弱いんじゃないかな?」
「動機、ですか?」
「うん。だって神宮寺さんはAクラスの生徒だったから、普通はEクラスになりたくはないよね?」
「確かに普通はなりたくないですわね」
「じゃあ──」
「運命。そうとしか言えませんわ」
どうして? と言いたかった僕の言葉を遮り、神宮寺が先に答えをくれた。
「運命?」
「はい。小林さんは知っていますか? Aクラスって、非常に退屈なんですよ?」
「……は?」
「ですから、Aクラスは退屈なんですわ」
「聞こえなかったわけじゃねぇよ!」
「きゃっ!?」
「あ、ごめん、急に大声だして。つい癖で」
Eクラスだと、基本的に僕はツッコミに回るから仕方ない。
それにしても、退屈ときたか。
だから雪代との出会いは運命?
よくわからない。
神宮寺は何を考えている?
「ひとつ聞かせて。神宮寺さんはAクラスの作戦の一環としてEクラスに来たわけじゃないよね?」
つまり、スパイだ。
神宮寺がEクラスの内部状況を知るために、わざとEクラスに来たのかどうか。
「もちろんですわ」
正直に言えば、その言葉だけで疑惑を晴らすことは不可能だ。
僕は未だに疑っている。
だってそうだろ?
神宮寺はAクラスのリーダー的な存在だったのだから。
「わかります。信じていないのも、ごもっともですわ」
考えが態度に出ていたのか、神宮寺がそう声をかけてくる。
「ですが、安心してください。わたくしが校長室の備品を壊したのは事実ですわ」
おそらく神宮寺は真実を語っている。
もし嘘なら、すぐにバレるからだ。
そして、神宮寺が言いたいことが僕にはわかっている。
「Aクラスに戻る手段は存在しない、か」
「左様です」
スパイ作戦をするには、デメリットが大きすぎる。
Eクラスについて知ったところで、どうでもいいことだし、その上Aクラスには戻れないときた。
神宮寺は白だろう。
「わかった。歓迎……は難しいかもしれないけど、とりあえず、ようこそEクラスへ。不平不満を言うのは自由だけど、言ったところで何かが変わるわけじゃないから、そのつもりで頼むよ」
「雪代さんがいる時点で不満なんてありませんわ」
「そうか」
こうして、Eクラスのメンバーがひとり増えた。
茶飯 三鷹真紅 @sincostan
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