第6話 高梨課長は猫が飼いたい(6)


「見てるこっちの方が恥ずかしくなってくるわね。なんか年不相応に初々しいんだから、あの二人」


 ぶさいくな顔をしているぶち猫をなでながら、サングラスをかけた我がおくさまの顔は少し赤い。いわゆる共感性羞恥というやつだろうか。

 テレビドラマの主人公が恥ずかしい目にあっているのを見ると、こちらもいたたまれなくなるというアレだ。


「高梨課長、名家のお嬢様ってヤツだからね。代々教職一家で、大学でも教職課程を取ってたし。親父さんは名門学園の校長だし、母も教頭とかじゃなかったかな」


 ぼくは大学時代のことを思い起こしながら、こっそりと二人の様子を盗み見ていた。猫用の遊具の陰になっているから、向こうからこちらの様子はうかがいにくいはずだ。


「なんでそんなこと知ってるの?」


「そりゃ、大学の部活の先輩だからね。飲み会で本人の口から直接聞いたんだ。半分は愚痴だったけどね」


「わたし、知らないんだけど」


「そりゃ、ぼくが入った時はもう三年だったし、四年は教育実習で忙しかったからね。まさか会社まで同じになるとは思わなかったけど」


 僕は三毛猫の喉を手で触りながら答えた。三毛猫はごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らしている。


「それがまたなんであなたの会社にいるの?」


「そこまでは分からない。ぼくもてっきりどこかの学校で教員になるとばかり思っていたけどね」


「となると色々あったんでしょうね。あの人が真面目過ぎるのも、その辺が原因じゃないかしら」


「うーん、まあ実家との折り合いはあんまり良くないみたいだからね……」


 僕はそう言葉を濁しながらも、当たらずとも遠からずってところではないかな、と思っていた。

 教職に就くという周りからの期待を振り切って、うちみたいなヤクザな会社に入るなんて……紆余曲折があったであろうことは想像に難くない。

 ただ、あれこれ想像してみても仕方ないし、第一野暮ってものだろう。


「なんだかんだ、あの二人いい雰囲気になってる気がするわね。うまくいくと思う? あの二人」


「さあ、どうだろう。でもまあ、課長には幸せになってほしいね。なにせお世話になってるからさ」


 ぼくは心の底からそう思った。

 大学時代から今日の今日まで浮いた話の一つも聞いたことのない先輩が、幸せになってくれるならそれに越したことはない。


「でもまあ、それを決めるのはあの二人。これ以上は野暮だろうね」


「それはそうか。では、あとは若いお二人だけに任せますかね」


 そう言っていたずらっぽく笑うぼくのおくさんは、二人に見つからないようにレジの方へ向かって歩き出す。ぼくは苦笑しながら、おくさんの後を追った。

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