第6話 我那覇さんは尊いのがお好き(中編)
先輩の家は、私のアパートの最寄り駅の隣の駅から徒歩10分も歩かないところにあった。普段なら自転車で一走りすれば着く距離だけど、飲酒運転するのもマズいので今日は愛車は置いてきた。
駅前は都会そのものだけど、家の周辺にはのどかな田園風景が広がっていた。
道中に野菜の無人販売があったくらいだ。
私はいささか緊張した面持ちで、門扉のわきにあるインターホーンのスイッチを押す。
夕飯時ということもあって、すでに門柱の上の白くて丸いライトがぼんやりと灯っている。
門扉から先は石畳が数メートル先の玄関へとつながっており、その両脇には庭木がいくつか植えられていた。
「先輩、我那覇です。お邪魔します」
「あ、我那覇ちゃん?待ってたわよ。今玄関の鍵開けるわね」
先輩の声がインターホンからしたかと思うと、玄関のドアが開く。
顔を出したのは、白いワンピースにネコのイラストが入った緑のエプロンといった出で立ちの先輩だった。 先輩は小走りに走ってきて門扉を開けると、にっこりと笑いかける。
相変わらずの完璧なおくさまぶりに、私はちょっと旦那さんがうらやましくなる。
「あ、先輩、これお土産です。うちの親から、いつもお世話になってる先輩に持って行けって」
「そんなのいいのに。さ、入って入って」
「ありがとうございます。お邪魔します」
ちょっとおっかなびっくりの私に、先輩は終始ご機嫌な顔でエスコートしてくれる。
普段の仕事モードの時からすると信じられない柔らかな表情に、自然と私の表情も緩んでしまう。
「あ、先日はどうもありがとうございました。うちのおくさんが迷惑かけちゃって」
そう言ってリビングで出迎えたのは、青い無地のエプロンをつけた旦那さんだった。
背は高くてそれなりに体格は良いんだけど腕が細いし、手先がピアニストを思わせる細い指をしている。こういってはなんだが、あんまり威厳を感じる人ではない。
「いえいえ、あの時も言いましたけど、先輩にはいつもお世話になってますから」
社交辞令の交換が終わると、私の視線ははテーブルの上に向かう。
「えーと、これはもしかしてお好み焼きですか?」
リビングのテーブルの上には、生地を溶いた大きなボウルが置いてある。
そのまわりには、豚バラ肉やキャベツといった定番の具材から、桜エビやアボガド、ブロッコリーといった変わり種まで、小皿に分けられて並んでいる。
「私はもっとおしゃれな料理が良いって言ったんだけどね」
口を尖らせて言う先輩の目は笑っている。
「いやいや、お好み焼きこそ外れがないパーティー料理なんだって」
「それ、男子どものむさいパーティーの話でしょ?我那覇ちゃんは女の子ですからね?」
「うっ…いや、オカメソースの魔力は万能だから」
そう言って子どもっぽく言い張る旦那さんの足下で、猫がにゃあぁと呆れた顔であくびをする。たしか「微力さん」とかいう飼い猫だ。
「私、お好み焼き好きですよ?ほら広島風とか」
「我那覇ちゃん、それうちの笹木さんの前で言わないように。すごく、面倒くさいから」
笹木さんといえば熱狂的広島カーブファンの先輩だ。
ふだんは気さくな良い先輩なんだけど、色々あるんだなあ。
何かを察した私の顔に気まずい空気を感じたのか、旦那さんは私にリクエストを聞く。
「具材は何にする?」
「あ、私まずは定番の豚バラとキャベツでお願いします」
「OK。それじゃ焼いていくね」
それから、楽しいお好み焼きパーティが始まった。
具材の違いを楽しめるように普段より小さめサイズで焼いた生地の上に、好きな具材をのせて焼いていく。といっても、旦那さんがテキパキと給仕してくれるおかげで、私はほぼ何もしていなかったけど。
なにかやろうとしても、「お客さんは座っててね」とやんわり制されてしまった。
お好み焼きはどれも美味しくて、私はついつい食べ過ぎてしまった。
「我那覇ちゃん、この泡盛美味しいわねぇ。すごく飲みやすい」
なんだろう、今日の酔っている先輩めっちゃ色っぽい。
いつの間にかワンピースの襟元が開いているし、ちょっと座り方もだらしなくなっている。
うちの会社は飲み会自体少ないし、その飲み会でもいつもきりっとしているから余計そう思うのかもしれない。
お好み焼きパーティのあと、私が差し入れのお酒での飲み会になった。
最初は遠慮がちに飲んでいた先輩もいつの間にかペースが早くなり、手元があやしくなりかけている。
「ちょっと飲み過ぎじゃない?その辺にしといたほうが」
旦那さんはというと、私の差し入れのオライオン・ビールを飲みながら、ちょっとあきれ顔。
私はと言えば、旦那さんに変わって夕ご飯のデザートの「ちゅるる」を
「ぼん、この娘寝てもうてるで。風邪をひかへんようにしておやりな」
不意にそんな声がして、私は慌てて微力さんの顔を見る。
まさか猫が京都弁でしゃべるなんて、絵本でもあるまいに……うーんちょっと飲み過ぎたかな。
先輩の方を見ると、リビングのテーブルに突っ伏して寝てしまっている。
「あ、もう寝ちゃってる。だから言ったのに……」
初夏の夜とはいえリビングで寝ると風邪をひきそうだ。
旦那さんは先輩を起こさないようにそっと抱きかかえると、ソファーベッドへ横にならせる。さらにどこからかブランケットを取り出してきて、優しくかけてあげる。
一連の動作が手慣れていて、「これが夫婦かあ」と妙に関心してしまった。
(後編へ続く)
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