第7話 我那覇さんは尊いのがお好き(後編)

「ごめんね、自宅ということで油断してたみたい。職場の後輩が家に来るなんてはじめてだから、はしゃいじゃったんだな」

 あらためてリビングのテーブル席に座り直すと、旦那さんは美味しそうにビールを飲んでいる。

「いえいえ、先輩のはしゃぐ姿は貴重ですから。眼福でした」

 私も泡盛のロックを飲みながら、さっきの様子を思い出している。

 いやー、普段のキリっとした仕事モードの時とのギャップがまた可愛くて、お酒が旨い。

「彼女も寝ちゃったし、そろそろ帰ってもいいよ。あとでぼくから言っておくからさ」

「いえ、まだ九時前ですし。それより、先輩の学生時代の話を聞かせてもらえませんか?たしか、先輩と旦那さんは同じ高校に通ってたんですよね」

「うん、まあ僕が三年生の時に彼女が一年として入ってきたから、一年しか一緒にいられなかったけどね。同じ部活だったんだ」

どこか遠い目になりながら、旦那さんは燻製スモークチーズをつまむ。

「へえー。その頃の先輩、けっこうモテてたんじゃないですか?」

「それが全然。あの頃の彼女は引っ込み思案で、友達も少なかったんじゃないかな。まあ、僕も似たようなもんだったから、人のことは言えないけどね」

旦那さんの言葉に、私は衝撃を受けていた。

 あの自信に満ちあふれ、何でも冷静沈着にこなす先輩が引っ込み思案?

 ちょっと信じられないけど、旦那さんが言うんだから間違いではないんだろう。

「…ちょっと信じられないって顔してるね。なんだったら、卒業アルバムでも見てみる?」

「え?でも、勝手に見るのは先輩に悪いような…」

「大丈夫。いざとなったら、僕が無理やり見せたことにしておくから」

そう言うと、旦那さんはリビングを出ていってしまう。

 ちょっと酔っているのか、足下が怪しい。

-正直言えば、すごく見たい。でもさすがに了解を得ずに見るのはまずいよね。ああ、でも見たい。

 そう迷っている間に旦那さんは卒業アルバムを2冊抱えてリビングに戻ってくる。

「こっちが僕のアルバムだね。ええとたしか…そうそう。部活のページだ」

 旦那さんは取り出した卒業アルバムのページをめくる。

「そうそう、この写真だな」

そう言ってとあるページの右端の写真を指さす。

 そこには六畳くらいの、会議用机やロッカーが押し込められた小さな部屋。

 おそらく学生時代の旦那さんとおぼしき詰め襟の学ランを来た男子学生が、ぎこちない笑顔を浮かべながら立っている。

 彼からちょっと離れた位置の椅子に座っているのは、文学少女という形容が相応しい少女が映っていた。猫背気味の姿勢に丸眼鏡、自信なさげな表情と相まってかなり地味な印象を受ける。

 黒を基調としたセーラー服はカラー部分に三本線が入っていて、胸元の大きな赤い色のリボンが印象的だ。スカートがちょっと長すぎるのがいまいち萌えないけど。

 写真の上のキャプションには「文藝部」と書かれている。

 部というわりには二人しか映っていないけど。 

「これが当時のおくさん。今とはだいぶ印象が違うでしょ」

-いやいや、旦那さん。今とはほとんど別人なんですが。

 私はそう心の中でツッコミながら、ふと閃いた。

「これ旦那さんの卒業アルバムですよね。先輩の卒業アルバム。見せてもらっていいですか?」

「そう言うと思って持ってきてあるよ」

旦那さんは意味ありげに笑いながら、先輩の卒業アルバムを開く。

「やっぱり。だいぶ違いますね」

定番の生徒各自の正面からの証明写真のようなバストショットの中から、すぐに先輩の顔を見つける。まだちょっと幼い顔立ちながらも、前をしっかりと見据えたキリっとした表情は今の先輩に近い。

「まあ、色々あったからね」

 ビールを飲みながら遠い目になっている旦那さんに私は、ポケットから自分のスマホを取り出して差し出す。

「LIMEのアドレス交換しませんか?昔の先輩の話とかもっと聞きたいんですが」

「いや、それは。勝手に話すと怒られるし、おくさんに誤解されると困るからね」

困ったような顔で首を横に振る旦那さん。

 だがその返事は想定内、押せば弱いタイプと見た。

「大丈夫です、秘密にしますから。そのかわり、先輩の職場での様子をご報告しますよ。…あと、旦那さんは私のタイプじゃないんで」

「なんだよそれ、ひどいなあ」

そう言いつつ、旦那さんは渋々スマホを取り出してくれた。

 やっぱりこの人、なんだかんだでお人好しだなあ。

 私はちょっと先輩がうらやましくなった。

 いや、全然男性としてはタイプじゃないんだけど。


 そんなこんなであれこれ話しているうちに、先輩が起き出す。

「ごめん、いつの間にか眠ってた。油断したー。もうしばらくお酒飲まないー!」

 私に平謝りする先輩。

 先輩の卒業アルバムを勝手に見てしまった私は、その罪悪感からかえって申し訳ない気持ちになる。

「いえいえ。私も今日は招待していただいてうれしかったですから」

先輩はソファーベッドから立ち上がると、テーブルの方に歩いてくる。

 テーブルの上の水差しを危なっかしい手つきで手に取ると、空いていた自分のコップに注ぐ。

 コップから勢いよく水を飲んで、息を吐く先輩。

「あ、懐かしい。うちの卒アルじゃない。……さては、写真見せたわね?」

「いや、ごめん。酔った勢いってやつでさ」

土下座しかねない勢いで、素直に頭を下げる旦那さん。

 なんというか、この夫婦の力関係を象徴しているように見えて、私は笑いをこらえるので精一杯だった。

「まあ、別に絶対見せちゃダメとは言わないけどね。この当時の私、地味でしょー」

先輩はそう言うと、苦笑いをして見せる。

 私はなんと返していいやら分からず、あいまいに

「でもさ、これも私の青春ってやつだから。大切な思い出なのよね。なにしろ、うちの旦那さまと会った場所だしさ」

「そういうの、後輩ちゃんが居る場所で言わなくてもよくない?」

旦那さんの顔が真っ赤なのは、どうやらお酒のせいばかりではないらしい。

「なによー、私たち夫婦の大切ななれそめの話じゃない。この際、後輩ちゃんに聞いてもらっちゃうのも良いんじゃない?」

「いや、きみまだ酔ってるよね?後で恥ずかしいとか言っても知らないよ」

「いいもーん。私と我那覇ちゃんの仲なんだから。ちょっとくらい恥ずかしい話を知られたからって気にしないわよ。ね、我那覇ちゃん?」

 急に先輩によりかかられて、私は困惑を隠しきれない。

 あとこの人、こんな時でも良い匂いするのずるい。

「ぜひ、聞かせてください。なんなら明日の朝まででもお付き合いしますから」

こんな美味しい、もとい興味深い話を聞き逃してなるものか。

 私は終電を逃してもいい覚悟を固めながら、先輩に話の続きを促した。


(過去編へ続く 後日掲載予定)

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