3-2.part.Y:力と金と

 それだけ言うと、影はただの影に戻った。


「まぁ、そういうことだ」

 少しの沈黙の後、入墨筋肉ダルマが口を開く。

「好奇心旺盛なお坊っちゃんたちみてぇだが、ついてなかったな。

 何たって、一回戦が俺みたいヤクザだからな」

 そういうと、だっはっはっと豪快に笑う。

「三人まとめてかかって来てもいいぜ」

 立ち上がった彼は、河岸さんより大きい。こんなの三人がかりでも。


「いや、ボクだけでいいよ」

 ポアくんは飄々とした様子で前に出る。

「まぁ、ここはボクひとりでやるのが、最善策でしょ!こう見えて、揉め事には慣れてるんだよね」


「駄目だ!」

 謎の自信に満ちたポアくんに向かって、叫ぶ河岸さん。

「こんなの女の子ひとりに任せるなんて。せっかく三人がかりでいいって言ってるんだから」

 絞り出すように言う彼の足はガクガクに震えていた。

『…いや、そうね。今回はポアちゃんに任せましょう』

「そんな?!蛭浜さんまで。

 芳生くん!君も何とか言ってくれ!!」

 戸惑ってポアくんの方を見ると、満面の笑みでピースを返されてしまった。

「安心してよ!それに、ヤクザが怖い河岸さんと喧嘩に不慣れなよっぴーじゃ足手まといだし」

 そう駄目押しすると、僕たちに何かを押しつける。……これは、耳栓?

 当惑する僕たちを尻目に、ピストルみたいに指を突き立てて、肩越しに真っ白な歯を見せ、こう言った。


「ボクの雄姿をよーくてよ!」


 ******************************


「結局、お嬢ちゃんひとりで来るのか。殺さないようにしねえとな」


 ――男は首を鳴らして、軽く身構えた。

 彼はヤクザでも犯罪者でもない。ただ「力」を求めただけの普通の男だった。

「力」といっても、様々な形がある。彼が求めたのは、「暴力」と「金銭」。


 ――暴力を示せば、畏れられる。馬鹿にされることはない。大金があれば、欲しいものが手に入る。食欲も性欲も満たせる。


 彼はそう考えた。そして、筋肉と財産を得た。身体の一部を代償に。

 他人を害するのではなく、ただ小さな幸せに得るために。小さな誇りプライドを守るために。

 彼は“部屋”を失うわけにはいかない。何もしなければ、筋肉は衰え、財産は無くなるのだから。


「どうします?」

 ポアが尋ねた。日本人離れした可愛らしい顔で小首を傾ける。彼の顎の高さで切り揃えられた銀髪がサラサラと揺れた。

「『よーい、ドン』的なかけ声しますか?」

 声変わりもしていない彼の姿は、この男にも可憐な外国人美少女にしか見えなかっただろう。


「あぁ。じゃあ、お嬢ちゃんの好きなタイミングで始めな!」

「ホントに?!ありがとー」

 ポアは満面の笑顔を浮かべるや否や、ふところから何かを取り出し投げつける。

「あ!言うの忘れてた。よーい、ドン!」


 その何かは男に届く前に炸裂した。視界が真っ白に塗りつぶされ、激しい音に鼓膜が破れる。

「スタングレネードか」

 男は小さく呟くと、視覚の回復を願った。


「ちっ、もう見えるようになっちゃったか」

 視界が戻ると目の前には、ハンドガンを構えていた美少女。先ほどの可憐さは消え去り、瞳は冷たい光を放つ。予想外に気圧された男は思わず、力の限り殴りつけた。小柄な彼はあっけなく部屋の端まで吹き飛ぶ。


「なんだコイツは。

 最近の女子中学生ってのは、修羅場慣れしてんのか。手加減せずにぶん殴っちまった」

 言い訳がましく呟きながら、彼にふらふらと近づいたとき、再び閃光と爆音が炸裂した。


「普通の子がボクみたいなことできるわけないじゃん!おっさんの運が悪かっただけだよ」

 カチっと男の胸元へ銃口が突きつけられた。吹っ飛んだとき受け身をとっていたのか、ポアは何事もなかったようにけろっとした様子で微笑んだ。

「…って聴こえてないよな。多分、鼓膜破れてるもん。まぁ、これで最後だ」

 引き金を引こうという瞬間、男は願った。『死にたくない』と。


「あれ?」

 ポアの手の中の拳銃が、消えた。

「だぁー、もう!そういう“願い”もアリなのかよ!」

 呻きながら、咄嗟に距離をとった彼に男は慌てて殴りかかる。全て拳はいなされてしまっているが、連撃により、彼が新たな武器を取り出す隙をなくしていた。

 形勢逆転。しかし、いつまでも続けられない。どうにかして、決め手が欲しい。

 そんな猛攻を繰り広げる中、ふと男は自身の体の動きが鈍り始めていることに気づく。


「あ?やっと気づいた?」

 ポアはニヤッと笑うと、パッと間合いを詰め、男の足を払った。急な反撃に対応出来ず、そのまま彼は仰向けに倒れる。


 ――べちょり。


 気づけば床に生温かい液体が零れていて、男はその中に尻もちをついてしまった。

 慌てて立ち上がろうとする彼を酷い目眩が襲う。


「あははっ!よく見てみなよ。

 『形勢逆転』なんてしてないから」

 悠々と少女が男へ近づく。


 何言ってんだ、お嬢ちゃん?

 男は自分の足元を見て、言葉を飲み込んだ。

 床は自身の脚から溢れる血で真っ赤に染まっていた。

「おっさん、痛覚なくなってるんだね…。代償になっちゃったのかな?

 スタングレネード投げた後すぐに、手足の動脈を撃ち抜かせてもらってたんだよ!」

 あいかわらず声は聴こえないものの、男は状況を理解した。


 身体から熱が流れ出していくのを感じる…。いやだ。いやだ、いやだ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!


「あ」

 少女の顔色が変わった。

「今度は上手く行ったかな」

 そう呟くと、全てが終わったとでも言うように、踵を返して、ぐぅーっと背伸びをする。


「何を!まだ勝負は終わって」

 彼に追いすがるように、手を伸ばした男は、さっきとはまた違う身体の変化に気づく。

「……っ?!」

 身体が固まり始めていた。まるで石になってしまうように。


 困惑する彼の頭に声が響いた。

(『死にたくない』か……。ふむ、有機生命体ではなく、無機物になれば死なずに済むぞ)


「え?いや、死にたくないって、そういうことじゃ」


 困惑する男の身体はあっという間に石像のようになったかと思うと、すぐに崩れ落ち、あとには砂の山が残った。


「勝者、鈴木ポア氏ー!」


 影の声を合図にしたように、強い風が巻き起こる。さらさらと砂が外へと流されていく。切ない風の音が"部屋"の中に響いた。

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