3:探しものは見つからない

3-1.part.Y:虚ろを登る

 暖かさを失ったような無色の空。

 それは、どこか彼の髪の色に少し似ていた。

 長い髪が風にそよぐ。いつの間にあんなに伸びたんだろう。彼の後ろ姿に、ふと出会ったときのことを思い出す。あの長髪とその奥の端正な顔立ちを見て、僕は女の子かと思ったんだ。

 でも。今、その彼がどんな顔をしているのか僕には想像もつかない。


 海藻のようにうねる長髪の向こう側に、山野さんの姿が見えた。

「急に悪いね」

 いつもの調子で。いつもの優しい口調で。居間で特撮のことを話していたときのような気軽さで。そう言った。


 ただいつもと違うのは腕。


 隆々と筋肉の盛り上がった両腕は普段の数倍以上の太さに膨らみ、表面が湿った鱗にびっしり覆われていた。前腕内側には猛獣の牙のように硬く鋭い乳白色のものが数本並んでいた。

 どう見ても人のそれではなかった。


「やっぱり戦いたくなんてなかったよ」

 弱々しくそう呟くと、やはりいつもの頼りなさげな八の字眉になって、少し哀しげに微笑む。でも、その瞳は真っ暗で。


 何が何だか分からない。目の前には僕を庇うように立つ令ちゃん。拳を握りしめ、歯を食いしばる彼女は小さく震えているみたいだった。


 ******************************


 時は戻って、塔攻略一日目。


「ホントに趣味の悪いこと…」

 口を歪めてそう呟くポアくんは、塔を見上げていた。

 何かを囲むように並ぶ円弧状の建造物の集合体。近くで見る塔は、塔とは言い難かった。樹の幹のような壁が迷路のように建ち並んだ先、塔の中心にあたる場所には何もない。壁に囲まれたまるい空間があるだけだ。


「で?愛流めるさん?一体、ボクらはどうすりゃいいんですかね?

 塔の真ん中には何にも無いですけど」

 十字架ロザリオをつまみあげて、ポアくんは嫌味たっぷりに言った。以前からだけど、何だかエビちゃんさんには少し当たりが強い気がする。


『今は、その真ん中の空間のことは気にしないで。とりあえず、どれでも好きな“部屋”に入ればいいわ』


 樹のような壁にはあちこちに扉があって、それがこの建造物が“部屋”からなっていることを示していた。

 でも、急に『どれでも好きな“部屋”』なんて言われても…。


「最善の選択肢を選びたいんですよ!」

 扉を見比べながら、河岸さんが声をあげる。

 “部屋”への扉は、ひとつとして同じものはなかった。深い茶色をしたアンティーク調の扉から、重々しい金属製、明るい色調の可愛いものまで…。木のような壁も相まって、何だかファンタジーに出てくる樹の集合住宅みたいだった。

『…こちらからじゃ、“部屋”の中の様子まで確認できないのよ。…ごめんね。

 最低限、命の安全は保証するから、どの“部屋”にするかはそちらで、選んでくれない?』


「んー、じゃあここにしよ!」

 エビちゃんさんの話が終わるやいなや、ポアくんが一番近くやのウサギの絵がペイントされている可愛らしい扉を開いた。

「あぁ、ポアちゃん!思いきり良すぎじゃね?」

 河岸さんは少し肩を落としていたけど、僕は少しホッとしていた。

 だって、すごくメルヘンな可愛い扉だったから。きっと怖い人の“部屋”じゃないと思ったんだ。


 まさか、ムキムキヤクザの“部屋”だとは思わないじゃん?


 僕たち三人が入った途端、パッと明かりがつく。“部屋”の真ん中には軽く日焼けした厳つい筋肉ダルマみたいなおじさん。

「なんだ、今度はガキ2人にヒョロヒョロのもやし男か」

不満そうにつぶやいて立ち上がる。その頭はツルっと剃り上げていて、髪の代わりに頭を覆っている入墨は目尻の下、頬にまで続いていた。きっと背中にもがっつり描かれているのだろう。

 同じく入墨に覆われた二の腕は黒く日焼けしていて、僕達三人を合わせたのと同じくらいの太さ。手の指は何本か欠けているようだった。反社会的なお仕事の香りがプンプンする。

 カタンっと河岸さんが膝から崩れ落ちた。あまりガクガク震えるその姿に、知り合いだったのかなと思ったけど、そうでなくても、ヤクザに怖い思いをしているんだ。

 きっと怯える姿を歳下に見られるのは嫌だろうと、僕はうつむいてじっとしていた。すると、突然アナウンスが聴こえてきた。


「迷える子羊のみなさーんっ♪ようこそ、我らが光の塔へ!」


 壁からか男性の声が聴こえてきた。『光の塔』。たしか氷上さんも同じようなことを言っていた気がする。

 でも、それよりもこの声。どこかで聴いたことがあるような。

 辺りを見渡していると、不意にポアくんと目があった。ちょっと首を傾げて、ニッコリ笑顔を返される。あぁ、顔がいいのは得だなぁ。


わたくし案内役をつとめます、七篠Pななしのぴーと申します!!

 以後、お見知りおきを☆」

 あれ?今度は、別の壁から声が聴こえて、不思議に思ったことで、気づいてしまった。

 声は壁から聴こえているんじゃない。壁に映ったから聴こえてるんだ。さっきは僕の影から。今は河岸さんの影から。

 七篠Pの声を発した影は僕たちの動きとは関係なく、勝手に動きだす。それであっちの影に行ったり、こっちの影に行ったりするものだから、まるで影絵遊びのようだった。


 ******************************


「ようこそ、光の塔へ。

 さて、いらっしゃったみなさんは お そ ら く 塔の上を目指されていることかと思います!

 しかし、この塔には階段なんて、 無 い !

 なら、どーやって、登るのか。


 闘ってください。他の“部屋”の主と戦って、 勝つのです!

 そうすることで、“部屋”がどんどん上へと昇って行きます。エレベーターと一緒ですねー。

 ただ、外から来られたみなさんの場合、“部屋”がここにありませんよね?あら、困った♪

 その場合も大丈ー夫っ!

 塔に“部屋”を持つ誰か他の人から奪いとれば、参加出来ます。


 ただ、ひとつだけ。大変申し訳ないのですが、あなたがた三人には“願い”を叶えることなく、戦っていただくことになります。

 あら、お兄さん。そんな驚いた顔をされて。

 お気づきになりませんでした?“願い事”はご自身のお“部屋”でしか叶えることは出来ません!!他の人から奪いとったお“部屋”でも、叶えられません。逆に、奪いとられたお“部屋”でも、元々ご自身のものだったのなら、叶えられます。

 まぁ、『これ以上は代償を払えない!』という方もいらっしゃるので、これは救済措置でもあるんですけれど。


 と に か く !ここまでで何かご質問はおアリですか?

 ①塔を登るにはバトルに勝つ

 ②“願い事”はご自身の“部屋”でのみ


 ハイっ!銀髪美少女さん!

 ふむ。そうですね。バトルのルール説明がまだでしたね。

 要は、タイマンです。何でもアリ!持ち込みも可!相手が降参するか、戦えなくなったら、終了です。

 ぁ、“願い事”が使えない上、みなさんあまり闘い慣れされてなさそうですね。いいでしょう!特別処置として、三人で一組での参加を許可します。

 基本は一対一ですが、交代や複数で戦うのも可とします。

 あぁ、負けたときどうなるのかの説明を忘れていましたね。

 基本的には、それほどペナルティはありません。お“部屋”が上がらなかったり、下がったりするだけです。

 ただ、この地上階にある状態で負けた場合に限り、二度とお“部屋”を訪れることが出来なくなります。ただそれだけです。


 以上ですが、みなさん。他にご質問は…無さそうですね!

 それでは、光のバトルをお楽しみください☆

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