2-3.part.Y:出会いは曲がり角で

「一緒に行けなくて、 ごめんね。芳生」


 申し訳なさそうな二人と別れて、学校へと向かう。車で送ってもらえるなら、それに越したことはなかったけれど、そんなに距離があるわけでもないし。それに…。

「…よしっ」

 印刷した地図を握りしめると、思わず声が出た。

 心地のよい晴れ空も、知らない街だといつもより少し他人行儀な感じがする。空を流れる雲を見ていると、僕の心はウキウキとドキドキで跳ね上がりそうだった。

 学校で何かがあるわけでもないのに、行き方が違うというだけで、不思議とワクワクが止まらない…!!


 何処かで見たような屋根が連なり、見覚えのない表札が並ぶ住宅街。

 そんな知ってるようで知らない景色の中では、うっかり気を抜くと、道に迷ってしまいがち…。

 でも、こういう住宅街を散歩すると、それぞれの家の生活が感じられるので、僕は大好きだ。草木があったり、果樹があったり、犬がいたり、猫がいたり、魚がいたり、窓から人形が見つめていたり…。


 ふと、急に架線の男を思い出した。


 彼の目的は何なのだろう…。一体何をしてたのか。

 “部屋”との関係についても僕は知らないんだけど、山野さんは何処まで分かっているんだろう。

 …そういえば、あの架線男と似た気配を最近どこかで感じた気がする。気配というか、視線というか…。



 まぁ、何にしても、満員電車に乗らずに登校出来るのは、ありがたい。

 あんなに狭い場所で毎日押し合いへし合いするなんて、精神衛生上、絶対良くない!

 たまに、自分の部屋かのようにくつろいでいる人もいるけれど、周囲のことも考えて欲しい…。


 何て悶々と考えていると、突然、曲がり角から、何かが飛び出してきた!

 何かからの攻撃に、僕は目の前が真っ白になって、倒れてしまった…テテテテーン↓↓↓


「うわあっ!!!」


 ……GAME……OVER……


 運動部なんだから、それぐらい避けろよって、令ちゃんは笑うだろうけど、万年補欠の運動神経をめないで欲しい。


「…あいててて、転校初日に曲がり角にトーストをくわえて飛び込むのは、この国では伝統芸だと聴いたのだけど」


 まだ視界がチカチカする中、声がする方へ顔を向けると、女の子が尻餅をついていた。

 着心地の良さそうなレモン色の袖無しの服に、膝丈より短いくらいのふわっとした淡い青のスカート。

 ブロンドというより、アッシュブロンド。銀髪といえるような透き通った長い髪。

 その下で眠たげに開かれた睫毛まつげは、マッチが何本も乗りそうなほど長くて、少しカールしている。夢見がちな雰囲気の瞳はよく見れば、紫色でミステリアス。鼻はスゥーと滑らかな曲線を描き、その下には何か不満を抱えたように唇が少し突き出している。


 あまりの美少女っぷりに、ついつい見惚れていると、その唇が再び開いた。


「ホントは美少女とキャッキャウフフしたかったところなのだけど、君に出会えたのだから、僥倖ぎょうこうといえよう」


 日本人離れしたエキゾチックな顔立ちで、つらつらと流暢りゅうちょうに少し古風な日本語を話すものだから、僕の方が言葉に詰まってしまった。しかし、彼女はそんな僕のことなんてお構いなしに立ち上がると、パッパッとお尻を払って、片手を差し出す。


「いつまでぼんやりしてるんだい?地面に根を生やすには、まだ早い。

 時は短し、走るぞ!少年!」


 外国人らしいとも、日本人らしいともいえる独特の表情に見惚れて、ぼんやり手を出すと、ぐっと引いてそのまま駆け出した。

 彼女の手はひんやり気持ちよく、何故か僕の頰が熱くなる。

 知らない女の子と走る青空は、刺激と期待に満ちていた。


 ******************************


 そんな僕に伝えたい。

 春の天気は変わりやすいって。


 朝のホールムーム。

 僕は開いた口がふさがらなかった…。


「…今日からこのクラスの一員になる、鈴木です」


「鈴木ポアporeです。こんな見た目だけど、男だYO!日本語もちゃーんと喋れるので、よろしくね☆」


 教室では、編入生の話題で持ちきりだったから、彼女がそうなのだろうとは思っていたけれど。

 まさか、じゃなくて、だったなんて…。


 …“願いの部屋”、襲撃、ろくろ首と立て続けにいろんなことがあって頭がいっぱいだったのに、もう全部すっ飛んじゃった…。


 僕の姿に気づいた彼女もとい、彼はウィンクをした。あまりに絵になるウィンクに、近くの席の女子達から黄色い歓声があがる。……ちょっと順応早すぎませんかね?

 ともかく、この様子だと目々連の新任教師はあまり目立たずに済みそうだ。


 いつの間にやら、降り始めた大雨はクラスの喧騒と相まって、鈴木くんを歓迎する拍手みたいに聴こえた。

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