2:落ちた卵はかえらない

2-1.part.Y:令ちゃんの首について

 コン、コン、コン…。

「芳生くん、朝だよ。ご飯できてるよー」

 控えめなノックのあと、山野さんの声がした。

 薄い青のカーテンがかかった窓の外は、もうほんのり明るくなっているみたいだ。

 急いで着替えて、リビングへと向かうと、シャワールームからタンクトップ姿で頭を拭たく令ちゃんに出くわした。

「お!芳生、おはよー」

 少し日焼けした健康的な肌が、刺激的過ぎて…。僕は思わず目をそらしてしまう。


「ん?…ほう!おっほっほっほぉー?

 何だい?お姉さんが朝からエッチでドキドキしちゃうのかい?おっほっほっ、ほーれほれ」

 謎の踊りをしながら、僕の顔を覗き込む。

 中身はよく知ってる令ちゃんなんだけど…。


 の話は、まだいまいち呑み込めていない…。


******************************


「だから、私はろくろ首なんだって!」


 電灯に白く照らされて、そう繰り返す令ちゃんの言葉に、キョトンとしていると、彼女は「もっと何かリアクションとりぃや!」と少し関西弁になって、むくれた。

 あんなカーチェイスを見せられた後に、そう言われても、何と言えばいいのか分からない。


「……俺が説明するよ」

 山野さんが苦笑いして、こちらへ振り向いた。


「彼女はろくろ首だ。

 ただ、妖怪じゃない。超能力者サイキックなんだ」

 超能力。幼馴染みなのに、全然知らなかった。

 何だか恥ずかしくなって顔をあげると、令ちゃんはすごく自慢げだった。きっと漫画だったら、鼻が伸びてる。いや、ろくろ首なら、首を伸ばすのだろうか……。よく知らないけど。

 とりあえず、見なかったことにして、山野さんの話の続きに集中する。


「ろくろ首については、どのくらい知ってる?」


 首が……伸びる妖怪?


「そうだね。 また、首の有無に拘らなければ、日本だけでも、いろんな話があって……。

 いや、詳しい話はよそう。長い話だと、令が寝てしまう…アイタッ!」

 山野さんは、後ろから投げつけられた空き缶を拾って、頭をスリスリ、話を続ける。

「とにかく、ろくろ首の正体には諸説ある。実際に首が伸びる種族、エクトプラズム、勘違い、そして幻覚。


 令のは、超能力による幻覚とエクトプラズムが混ざったものだ」


 ざぁっと、三人の間を夜風が通り抜ける。

 山野さんが令ちゃんに何か目で合図すると、令ちゃんがパチンと指を鳴らした。

 すると、僕の目の前に黒いモヤモヤしたものが現れる。

「超能力と言っても、彼女はこうやってエクトプラズム、霊体を飛ばして、他人に見せるくらいのことしか出来ない。でも…」

 いつの間にか、タバコを咥えていた令ちゃんはいつも持ち歩いている香水を取り出した。そして、それを空中に吹きかけて、僕の方に向かって軽くあおぐ。

 タバコと香水の混じった甘い香りが漂ってきて、思わず僕は顔をしかめた。


「?!」

 次に目を開けた瞬間、さっきまでモヤモヤのあった位置に令ちゃんの顔が浮かんでいた。

 パッと令ちゃんの居た方を見ると、元の顔の位置には何もない。そこから、びょーんと僕の前まで伸びた顔が、すっごく意地悪そうにこちらをニヤニヤ見つめていた。


「こうやって、特製の煙草と香水で補強することで、効果を高めてるんだ。

 だから、ろくろ首といっても、妖怪じゃあない。もっと言えば、超能力者というより、奇術師や幻術士に近い」


 パンパンっと、令ちゃんが手を叩くと目の前の顔が消えて、彼女の頭が元に戻った。

「まぁ、私、超能力の才能あんまりないっスからねー」

 そう言って、タバコを携帯灰皿に突っ込む。

「今回も、下準備があってこそなんだよ…。

 先に“爆走大蛇”の噂を流して、みんなに想像してもらいやすくしたり、垣根とか近くの道路に発煙装置を設置したり…」

 少しため息混じりになったのを隠すように、山野さんの肩をポンッと叩いた。

「あと、先輩がスッゴくフォローしてくれんの!この人、座敷童子ざしきわらしの一族なんだって!」

 ニッコリ笑う令ちゃんとは対称的に、何だかモジモジする山野さん。

「運気を操って、都合が良いようにしてくれてんの!会社でもエースよ!

 の使い方も先輩に教わったし、ホンマに先輩がコンビ組んでくれてよかったわぁー」

「…な!

 てか、あんまりくっつくんじゃねーよ!!」

 少し頬を赤らめる山野さんを、令ちゃんはいたずらっぽく見つめて笑った。


「いい年して、女慣れしてないのが、玉にきずだけどぉー」


 ******************************


「悪ふざけもいい加減にしろよ」


 振り向くと、エプロンをつけた山野さんが仁王立ちしていた。

 朝ごはんは山野さんが作ってくれたらしい。リビングからベーコンとお味噌汁の良い香りがする。


「あ!今日はスクランブルエッグっスか?!

 私の生卵残ってますよねぇー?!筋トレ後のタンパク質ー」


 僕のことを押しのけるようにして、慌ててリビングへ駆けていく令ちゃん。

 それを見て山野さんは小さくため息をつくと、僕に微笑んだ。

「芳生くんは、トーストかごはん、どっちにする?」


 裏表なんて無い優しい笑顔。信用出来るはずなんだけど、何処か違和感が拭えなくて…。


 だから、僕もひとつ隠し事をすることにした。

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