幕間:星に願うは…


「ハァッ……ハァッ……。

 おいっ……みん…な…?」


 芳生たちが帰路に着いた頃。

 恐怖のあまり逃げ出したひとりが、勇気を振り絞り引き返すと、現場はひどい有り様だった。原付やバイクは何台も倒れ、乗っていた仲間たちも呻き声をあげて、地面を転がっている。

 しかし、どことなく違和感のある光景。惨状というよりは、まるで集団で悪夢を見ていたような…。


 ふと、耳慣れない音を近づいてくることに男は気づく。


 バチン……バチン……。


 それは靴音のようでも、大きなハサミが糸を切る音のようでもあった。


「あーぁ、せっかく道具あげたのにー」

 暗がりから現れたのは年端もいかない小柄な少年。

 じっと様子を伺う男のことはチラッと見たものの、興味無さげに通り過ぎる。そして、倒れている男たちの顔を覗き込みながら、スキップするように歩き回った。


 この時間に外出していることも、倒れている男たちへの態度も、少年の外見とはかけ離れているように思えて、男は混乱して見つめる。


 ピタっと、少年はあるひとりの前で立ち止まった。そして、

「おーい!

 生きてまっすっかーっ♪」

 と、顔面をリズミカルに蹴りあげた。


「やめろ!」

 声とも言えない音を発し、壊れた人形のように、蹴られる仲間の姿に男は思わず駆け寄る。

 が、突然大きな音ともに足に鋭い痛みが走り、地面へ倒れ込んだ。


「あーぁ、アキレス腱切れちゃった?運動不足は良くないねぇ」

 少年は返り血の散った顔で男を見下ろした。

「……お前は一体、誰だ――いや、何だ?」

 彼は返り血をぐっと拭うと、痛みに顔をしかめて尋ねる男に向かってしゃがみこむ。


「『爆走大蛇はどうだった?』」

 その声にハッとした男は、少年の顔を見返すが、逆光で彼の顔は真っ暗な闇と化していた。

「お前はあの飲み屋の…?どうして…?」


 男の言葉なんて聴こえないように少年は立ち上がると、その男の顔をためらうことなく蹴りつけた。視界を塗りつぶすような激しい痛みに声も出せずに、倒れ込む男。

 少年はそのまま男の頭をリズミカルに蹴り始めた。明るく間延びした鼻歌を口ずさみながら。


 ******************************


 しばらくすると、男は意識を無くしたのか、ぐったりしている。少年は蹴るのやめて、血でぐしゃぐしゃのその男の頭を無理矢理起こすと、さらにビンタを喰らわせた。

 それで目を覚ましたのか、男は言葉にならない声を発して、逃げようと手足をバタつかせる。

 その様子に、少年は心底嬉しそうにニッコリ笑う。

「もう君でいいや」

 そう言うと、血と泥でぐちゃぐちゃになった顔をペロッと舐めた。

 そして、糸を切るようにバチンっと指を鳴らすと、満足そうな顔で、男を放り捨てる。


「最っ悪っ!!……まじで吐き気がするぅ♪」


 笑顔でそう言って、車道に仰向けになると、再び調子外れな鼻歌を歌い始めた。

 明るく穏やかなその旋律は、どこか眠気を誘う響きもあった。


「我らの一番星さんには、頑張ってもらわなきゃねぇー。

 ボクも何か“お願い”しちゃおうかなぁ…」

 そうひとりごちると、少年はバチンっと一度だけ大きな音を立てて、目を閉じる。



 びゅうっと強い風を合図に、再び夜には静寂が戻った。風が木の葉をそよがせて、物陰からドブネズミが顔を出す。忙しなくキョロキョロすると、何かの匂いを嗅ぎつけた様子で物陰へと逃げ去った。

 今日は月のない暗い夜。星の綺麗な黒い夜。

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