幕間:星に願うは…
「ハァッ……ハァッ……。
おいっ……みん…な…?」
芳生たちが帰路に着いた頃。
恐怖のあまり逃げ出したひとりが、勇気を振り絞り引き返すと、現場はひどい有り様だった。原付やバイクは何台も倒れ、乗っていた仲間たちも呻き声をあげて、地面を転がっている。
しかし、どことなく違和感のある光景。惨状というよりは、まるで集団で悪夢を見ていたような…。
ふと、耳慣れない音を近づいてくることに男は気づく。
バチン……バチン……。
それは靴音のようでも、大きなハサミが糸を切る音のようでもあった。
「あーぁ、せっかく道具あげたのにー」
暗がりから現れたのは年端もいかない小柄な少年。
じっと様子を伺う男のことはチラッと見たものの、興味無さげに通り過ぎる。そして、倒れている男たちの顔を覗き込みながら、スキップするように歩き回った。
この時間に外出していることも、倒れている男たちへの態度も、少年の外見とはかけ離れているように思えて、男は混乱して見つめる。
ピタっと、少年はあるひとりの前で立ち止まった。そして、
「おーい!
生きてまっすっかーっ♪」
と、顔面をリズミカルに蹴りあげた。
「やめろ!」
声とも言えない音を発し、壊れた人形のように、蹴られる仲間の姿に男は思わず駆け寄る。
が、突然大きな音ともに足に鋭い痛みが走り、地面へ倒れ込んだ。
「あーぁ、アキレス腱切れちゃった?運動不足は良くないねぇ」
少年は返り血の散った顔で男を見下ろした。
「……お前は一体、誰だ――いや、何だ?」
彼は返り血をぐっと拭うと、痛みに顔をしかめて尋ねる男に向かってしゃがみこむ。
「『爆走大蛇はどうだった?』」
その声にハッとした男は、少年の顔を見返すが、逆光で彼の顔は真っ暗な闇と化していた。
「お前はあの飲み屋の…?どうして…?」
男の言葉なんて聴こえないように少年は立ち上がると、その男の顔をためらうことなく蹴りつけた。視界を塗りつぶすような激しい痛みに声も出せずに、倒れ込む男。
少年はそのまま男の頭をリズミカルに蹴り始めた。明るく間延びした鼻歌を口ずさみながら。
しばらくすると、男は意識を無くしたのか、ぐったりしている。少年は蹴るのやめて、血でぐしゃぐしゃのその男の頭を無理矢理起こすと、さらにビンタを喰らわせた。
それで目を覚ましたのか、男は言葉にならない声を発して、逃げようと手足をバタつかせる。
その様子に、少年は心底嬉しそうにニッコリ笑う。
「もう君でいいや」
そう言うと、血と泥でぐちゃぐちゃになった顔をペロッと舐めた。
そして、糸を切るようにバチンっと指を鳴らすと、満足そうな顔で、男を放り捨てる。
「最っ悪っ!!……まじで吐き気がするぅ♪」
笑顔でそう言って、車道に仰向けになると、再び調子外れな鼻歌を歌い始めた。
明るく穏やかなその旋律は、どこか眠気を誘う響きもあった。
「我らの一番星さんには、頑張ってもらわなきゃねぇー。
ボクも何か“お願い”しちゃおうかなぁ…」
そうひとりごちると、少年はバチンっと一度だけ大きな音を立てて、目を閉じる。
びゅうっと強い風を合図に、再び夜には静寂が戻った。風が木の葉をそよがせて、物陰からドブネズミが顔を出す。忙しなくキョロキョロすると、何かの匂いを嗅ぎつけた様子で物陰へと逃げ去った。
今日は月のない暗い夜。星の綺麗な黒い夜。
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