1-3.part.Y:目覚めに口づけはいらない
目を開けると、見慣れない天井。もう夕方なのか、窓の外は薄暗い。でも、まだ部屋の電気をつけていなくて、外の薄明かりが室内を黄土色に照らしている。
寝ぼけた頭でぼんやりしていると、横から安堵のため息が聴こえた。
「お、おはよ」
声のした方へ顔を向けると、男の人が微笑んでいた。少し頼り無さげな笑顔には、どことなく疲れが滲んでいる。
「…大丈夫?何か飲むか?」
彼が誰だか寝起きの頭ではすぐに分からなくて、ぼんやりと見つめる。たしか……。
「山野先ぱーい、」
カラカラと引戸が開き、令さんが顔を出した。
「まだ芳生が起きないなら、やっぱ別の作戦を……って、わっ!起きてんじゃんっ!」
ひとっ飛びにベッドの側まで来ると、僕のことをぐるんと確かめるみたいに覗き込んで、ホッと息をついた。そして、
「心配かけやがってーっ!!3日間、ずっと寝てたんだよ!!願い事すんなよって言ったのに…!」
と、一息に
「…ゴメン、令ちゃん」
何だか、小さい頃の気持ちに戻り、つい昔の呼び方になってしまった。ちょっと恥ずかしかったんだけれど、令ちゃんはふふっと満足げな顔になって、僕のおでこを小突いた。
「ふんっ、これが“おはようのキス”の代わりだよ、眠り姫!」
「喉渇いてない?コーラ持ってくるから、ちょっと待ってて!」
そう言って令さんは慌ただしく部屋を飛び出していった。
たしかに喉がカラカラで、何か冷たい物を飲みたいところだったけど、三日間何も食べてないのに、コーラなんて良いのだろうか。
苦笑いを浮かべていると、山野さんがすぅっとグラスを差し出した。
「……
半透明のそれは、お祭りで見る甘酒とは全然違っていた。あんなにドロドロしてなくて、飲みやすい。甘いスポーツドリンクという感じ。美味しくって、ぎゅーっと一気に飲んでしまった。
「おかわりいる?」
一息に飲んだ僕を見て、山野さんはふっと笑って優しく聞いた。
「……はい。お願いします」
喉も渇いていたけれど、彼と二人きりはまだ少し気まずい。握りしめたグラスは、ひんやり冷たくて、少しずつ僕の体温が移っていくのを感じた。
「あんまり一気に飲むなよ」
おかわりを注いでもらって再び冷えたグラスが小さな水滴ですぅーっと曇る。
「“部屋”での話聞かせてくれる?」
こちらを見つめる彼の瞳には、ギラッと光ったように見えて、何だか少したじろいでしまった。
「やっぱ、願い事しちゃってたかぁ…」
山野さんは腕を組んで顔をしかめた。
「三日間寝込んでたのは、多分その願いの代償。時間って形で寿命をとられたんだな」
鞄から出した飴玉をグラスの横にいくつか広げると、自分の口にもひとつ放り込んだ。
「寿命って、そんな感じにとられるんですか?」
突然、パチンっと大きな音が部屋に響いて、飛び上がりそうになる。
「…って、指でも鳴らせば、パッととれると思ってた?」
山野さんは両掌を見せて、ゴメンゴメンといたずらっ子みたいに笑った。
「出来なくもないけど、疲れるんだよね。そういうの」
椅子から立ち上がると、山野さんは窓から外を覗いた。
「あーぁ。それにしても、分かんねぇなぁ。どんな悪魔なのか。あんまりゆっくりしたくないんだけど……」
どういう意味か聞き直そうと、口を開きかけたとき、勢いよく引戸が開いた。
「先輩!先輩!襲撃だ!」
押し殺した声で、令さんが騒いだ。
「いろんな人に狙われてんだよ。ほら、今の君、宝の箱だから」
落ち着いた声で、そういう山野さんの眉はまた八の字になっていた。
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