1-2. part.Y:無色の空
「…ここは、どこ?」
目を開けると、真っ白な世界。
いや、白ではないか。地面は白なのだけれど、空はよく分からない。白というか、黒というか……。無色というのが正しいのかもしれない。
そんな何もない世界に僕、
どっちを向いても、地平線が見えそうなくらい広い世界。不安で堪らなくなって、令さんと山野さんの名前を呼ぼうとしたとき、何かが頭上で瞬いた。
ぐっと上を見上げると、そこには真っ白な光。太陽のようだけれど、何故かそれほど眩しくはなく、熱くもない。その不思議な光は、僕のことを見下ろしているみたいだった。
ぼんやり、光を眺めていると、それはすぅーっと僕に近づいてきて――
気づけば、今度は部屋にいた。
がらんとした四角い部屋。何もなくて、ただど真ん中にポツンとひとつ椅子があった。急な展開に、疲れてしまった僕はそこにドスンと腰を下ろす。
あぁ、椅子が固くて、お尻が痛い。
さっきの白い世界が広かったからか、何だか長い距離を歩いたような気がする。車の空気が乾燥していたこともあるのかもしれない。
それで、ただ冷たいコーラが飲みたいなぁと、何となく思った。ただそれだけなのに。
突然、それは現れた。願った通りの冷たいコーラ。それはいつの間にか椅子の手すりの上に現れて、パチパチと弾ける音を立てながら、爽やかな甘い香りと心地よい冷気を放っていた。
手に取ると、水滴のついたグラスはピタッと手に馴染み、中の液体はシュワシュワと心地よい音を放つ。甘い香りが鼻腔をくすぐったときには、もう僕はグラスに口をつけていた。
うっはあぁぁぁ…。こんな美味しいコーラ初めて飲んだ…!
弾けながら喉を通り過ぎる冷たいそれは、何だか身体に染み渡るような気がした。
つい大きなため息をあふれて、後ろにもたれる。ふわふわの背もたれが僕の身体を優しく包んだ。ゆっくり目を閉じると、脳にも糖分が回ってきたのか、だんだん頭がスッキリとしてきた。
どうやら、「願いの叶う部屋」はホントにあったらしい。“椅子しかない部屋”、“願うだけで欲しいものが手に入る”……噂の通り、いや、噂以上だ。
「喉が渇いた」って思っただけで、好きな飲み物が現れるし、「お尻が痛い」って思っただけで、椅子だってソファに変わっている。
そこまで考えると、背筋がゾワっとした。
あぁ、願い事をしないようにと、令さんたちに言われていたのに。二つも願いが叶ってしまった。一体どうなるんだろう?もしかして、僕も“神隠し”に?ひょっとして、もう神に隠されている状態だったりする?
思わず立ち上がると、その拍子に腕をコップにぶつけてしまった。グラスは床へ落ち、派手な音を立てて砕け散る。それと同時に頭の奥がズキンと痛んで、僕はしゃがみ込んだ。
ガラスは細かく床に飛び散って、溢れた黒い液体は真っ白なセメントのような床に染み込んでいく。
ふと冷静になって、二人の話を思い出した。
「前にも、話したとは思うけどさ、うちの会社はオカルト案件も対象なのよ」
車の外の景色を眺めながら、令さんは少し恥ずかしそうに話した。
“今どき、オカルトなんて、胡散臭い”っていう世間体を気にしているのだろう。僕は分かってるつもりなんだけど…。
「…で、今回のは多分、悪魔の仕業。まぁ、彼らは“対価”さえ払えば、ちゃんと“願い”を叶えてくれるし、契約以上のことも以下のこともしない、比較的安全な連中だから、安心して。ただ――」
淡々と説明していた令さんが一瞬、口籠った。後ろから、彼女の表情は見えなくて、僕はカーエアコンの風にそよぐ彼女の後ろ髪を見つめる。
「ただ今回の悪魔にしては、ちょっと妙なところもある。まぁ、ただそれだけだよ」
運転席の山野さんが言葉を続けた。
「俺たちがいるから、芳生くんは心配しなくて、大丈夫」
前から目を離すことなく、そう言った山野さんは何となく信用できる気がした。
「よしっ」
僕は僕に出来ることをしよう。二人が助けてくれるんだから。
気合を入れて立ち上がると、部屋の隅に箒とちりとりがあるのが、目についた。
また願いを叶えてもらってしまった。少し苦笑いして、それに手を伸ばす。コーラの黒い染みの上で、ガラスの破片は星のように見えた。
やれることをしよう。だって、もしかしたら。ひょっとしたら、僕にだって悪魔を倒せるかもしれないんだから。
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