もう1人の妹

「さ、桜。おかえり」


 いつの間にかリビングに入ってきていた、私がかつて通っていた中学の制服を着た美少女、桜におかえりの挨拶をする。

 けれど、桜はいぶかしげな表情を崩すことない。


「……おかえり、桜ちゃん」


 腕の中の葵もそう桜に声をかける……が、どこか警戒するように、私に隠れていた。

 喧嘩でもしているのだろうか。なんだか気まずい……!


「ただいま、葵。それとついでにお姉ちゃん」


 そして、桜はそんなつんっとした言葉を飛ばしてくる。


 彼女は現在中学3年生。受験期というやつで、ピリピリしていることが多い。

 ちょっと前までは、葵みたいにお姉ちゃんお姉ちゃんって後ろをついてきていた印象だったけれど……うう、やっぱり反抗期というやつなのだろうか。


「お姉ちゃん、なに葵泣かせてんの?」

「い、いや、これはですね……」

「お姉ちゃんが悪いんじゃないもん! 葵が勝手に泣いたの!」


 すぐさま葵がフォローしてくれるけど……うん、これじゃ気を遣ってフォローしてくれているだけにしか見えないよね。


「……宿題やらずにゲーム?」

「宿題やったよ! お姉ちゃんも! 葵と一緒にやったもん!」

「葵はね。でも、ここに広げられている、途中までのノートは誰のものかしら?」


 そして、葵のフォローも虚しく、解けないからと途中で放り出したノートが見つかってしまう。

 そう、私は宿題を途中で投げ出したのだ。葵と一緒に遊びたかったから。

 どうせ私のおつむじゃ解けないんだし、だったら可愛い妹と遊んだ方がいいじゃない!?


「お姉ちゃん……」


 はぐっ!?

 葵が悲しい生き物を見るような目を向けてくる! 失望されてる!?


「葵に宿題やれって言ってるのに、自分がやらないのはどうかと思うけど」

「うぐっ……」


 やらないのではなく、できないのだ。

 でも、それを言えば余計に情けないので口にはしなかった。


「やるよ。やりますよぉ……」


 とりあえず高校受験を乗り切ったコロコロ鉛筆くんに頼るしかない。

 記述式のものについては由那に頼ることにしよう。どんな交換条件を出されるか分からないけれど。


「あ、桜。バトミントンどう?」

「……もうやってない。受験だもん」

「あぁ、そっか。もう引退かぁ……」

「引退はまだだけど、受験に集中したいから辞めた」

「えっ!?」


 何気ない会話のつもりだったのだけれど、思わぬ返事につい固まってしまう。

 桜はバトミントン部だ。一応、私も中学時代は同じ部に所属していた。

 桜とは一つ学年が違うけれど、私は運動音痴気味で、桜は本当に同じ血が身体に流れているのか疑いたくなるくらいに運動神経抜群だから、むしろ桜の方が全然上手かったんだけれど、よく2人でペアを組んでいた。


 いつも桜は楽しそうだったから、受験を優先して辞めたというのはあまりに意外だった。

 そういえば桜は私と同じ高校を目指しているらしい。ほぼ記念受験で、コロコロ鉛筆くんのおかげで奇跡的に受かった私が言うのもあれだけれど、結構レベルが高い学校なのだ。


「別にお姉ちゃんにとやかく言われることじゃないから。はい、これ弁当」

「あ、うん……」


 テーブルに置かれた空っぽのお弁当を受け取りつつ、自分の部屋へと去って行く桜に私は何も言えなかった。

 好きなものをやめて、受験を頑張っていて……そんな妹に、宿題を放り出しゲームをやってる姉の姿がどう映るのか、考えるだけで気持ちが暗くなってしまったからだ。


「桜お姉ちゃん、感じ悪い!」

「そんなことないよ。悪いのはお姉ちゃんだから」

「でも大丈夫だよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんがどんなにポンコツでも、葵がお姉ちゃんのこと養ってあげるから!」


 またまたフォローしてくれる葵だが――あれ、フォローになってる? ポンコツって言ってるけど……?

 で、でも、まだランドセルを背負ってる小さな妹に、養ってあげると言われると余計悲しくなって、私はただ苦笑いを返すしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る