お姉ちゃんタイム
「うわぁ、お姉ちゃん速い!」
「ふふーん、年季が違うのだよ、年季が!」
テレビ画面を2分割し、それぞれのキャラクターを走らせつつ、そんな言葉を交わし合う。
子どもでもできる程度にシンプルな操作方法とシステムで作られたこのレースゲームは、そういう間口の広さから世界的に大人気らしく、うちの葵も漏れずに大はまりしている。
今も、葵はソファに座る私の膝の上、というか股の間に座り、私の胸をヘッドレストにしてもたれかかってきながら、元気にはしゃいでいた。天使か。お持ち帰りしたい……って、ここが我が家だったわ。
「ああ、間家に生まれてよかったなぁ」としみじみ感じつつ、私のキャラクターが1位を取るのを見届ける。
少し遅れて葵のキャラもゴールした。2位だ。
お姉ちゃんとしては手加減をすべきなのだろうけど、葵は珍しいタイプというか、自分が勝ったときよりも私が1位を取ったときの方が喜ぶのだ。
というか、自分の勝敗よりも私の結果を重視しているみたいで、私が負けるとそれだけで不機嫌になったりもする。
もちろん今回は私が1位を取ったので、葵が不機嫌になることはなく――
「わぁい! わんつーふぃにっしゅ、だね! お姉ちゃん!」
「うんうんっ」
嬉しそうにはしゃぐ葵を思い切り抱きしめつつ、私は幸せの溜息を吐いた。
ああ、この天使はいつまで天使でいてくれるのだろうか。
でも、もうすぐ来てしまうのだろうか、あの反抗期というやつが。
今はお姉ちゃんお姉ちゃんと好きをアピールしてくれているけれど、その内、「お姉ちゃんと一緒の洗濯機で服洗いたくない!」とか言われてしまうんだろうか。
そう思うと、ちょっと寂しくなる。
けれど、たとえ反抗期になっても葵が私の可愛い妹であることは不変だ。
妹がお姉ちゃんのことを嫌いになっても、お姉ちゃんが妹のことを好きでいればいいのである。
「ねーねー、お姉ちゃん」
「なぁに、葵」
「お姉ちゃんって、彼氏っているの?」
「うぇ?」
突然の質問に、私はつい固まってしまう。
葵からこんなことを聞かれたのは今日が初めてだった。
「い、いないよ? どうして?」
けれどすぐにそう返す。嘘は言っていない。実際彼氏なんかいないし。
彼女はいるけど。それも2人。
「今日ね、学校でそういう話になったの。ゆかちゃんのお姉ちゃんの彼氏がカッコイイって。ゆかちゃんも彼氏欲しいって」
「へ、へぇ……」
「葵はね、お姉ちゃんがいるからいいの。ゆかちゃんは彼氏さんつくって、結婚したら――って話してたけど、でも葵はお姉ちゃんと結婚したいし」
「そっかぁ……そうだねぇ……」
葵の頭を撫でつつ、私はそう相づちを返す。
葵は今よりも小さい頃から、「大きくなったらお姉ちゃんと結婚する!」とよく言っていた。
この年になって言い続けるのはもしかしたら普通より長いかもしれないけれど、でも、お姉ちゃんとしては嬉しいものだ。
まぁ、葵はいつか今日のことを思い出して羞恥から悶絶したりするんだろうけど。
「だから、お姉ちゃんも彼氏なんか作っちゃ駄目だよ。葵と結婚するんだもん」
「彼氏なんかできないよ。お姉ちゃん可愛くないし」
「お姉ちゃんは可愛いよ! 世界で一番可愛いよ!」
くるっと振り向いてきて、ちょっと怒ったように叫ぶ葵。怒った顔も可愛い。
なんて、ニヤケながら眺めていた私だが、葵が突然立ち上がり、両手で私の顔を挟み込んできたことで、ニヤけてもいられなくなった。
「あ、葵? どうしたの?」
「お姉ちゃんがすごく可愛くて、すてきだってこと、葵が一番知ってるんだもん。桜ちゃんより、ずっと……」
「え、どうしてそこで桜が出てくるの?」
「だって……お姉ちゃん、桜ちゃんのことばっか見てるんだもん」
「そ、そうかな?」
「そうだよ」
葵は拗ねたように唇を尖らす。いや、実際拗ねているんだろう。
「葵は桜が……その、嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ。普通に好きだけど、でも……お姉ちゃんは譲りたくない!」
ぎゅっと、強く私に抱きつき、葵はそう叫んだ。
そんな葵を見て、私は自らを恥じた。
きっと葵は寂しかったのだ。私は誰に贔屓しているなんて自覚はないし、葵とも毎日話したり、今みたいに遊んだりしていたけれど……でも、葵的にはそれじゃあ足りなかったんだろう。
「ごめんね、葵」
「……分かった」
「え?」
「知ってるよ。桜ちゃん、反抗期ってやつなんだよね」
「え……えぇ? どうだろ……」
それは非常にセンシティブな問題なので、私は言葉を濁すしかない。
「だって桜ちゃん、お姉ちゃんに冷たいもん! だからいっぱいかまうんでしょ!」
「ええと……うーん……」
「だったら葵も反抗期になる! そうしたらお姉ちゃん、もっと葵のこと見てくれるでしょ!」
「ええっ!?」
まさかの展開!
いや、確かに葵の言っていることはまったく的外れというわけではないけれど、そんな自ら反抗期になろうなんて、そんなのお姉ちゃん看過できませんよ!?
「葵、それはちょっと違――」
「ざぁこ」
「ふぁえっ!?」
「お姉ちゃんのざぁこ! 変態! ギリギリ赤点!」
ど、どうしちゃったの葵ちゃん!?
突然悪口を言い出した葵は、言い慣れていないからか言いながら段々涙目になってきてる……!
ただ、なぜか、葵が一生懸命言ってくれる悪口はそれはそれでシビれるものがあって……なんだか変な性癖に目覚めてしまいそうだ。
でもね、葵。お姉ちゃんはギリギリ赤点じゃなくて、赤点ギリギリなんだよ。
赤点ラインの上で必死にバランス取ってる状態なの。
ギリギリ赤点じゃそれもう赤点に落ちちゃってるからね。
「お姉ちゃんの、バカ……! 鈍感……! もっと葵のこと見てよぉ……!」
「ああっ!? 泣かないで葵! 見てるよ! 毎日見てる! 夢にも見てるよ!!」
「……ほんと?」
「お姉ちゃん、嘘、つかない!」
泣きじゃくる葵を強く抱きしめる。
葵がどうしていきなり、こんな行動に出たかは分からないけれど、でも、一つ確かなのは、葵がなにか寂しさを抱えていたということだ。
でも、そんなの杞憂だ。私はいつだって葵のお姉ちゃんなんだから。葵が嫌だって言っても傍にいるんだから……!
「お姉ちゃん、大好き……世界で一番好き……」
私の胸の中で葵がそう呟く。
けれど、私はすぐに返事できなかった。
葵のことは大好きだ。
でも、一番と言い切れるだろうか。
今の私には好きな人が何人もいて、けれど、葵も含めてみんなすごく魅力的な女の子で……平凡な私にはどうしたって輝いて見えて、遠く霞んでしまっている。
誰が一番なんて考えたことも……いいや、考えないようにしているのかもしれない。
深く向き合えば、彼女達に私は相応しくないと自覚してしまうから……
「ちょっと、何やってんの。2人とも」
不意に、葵のものでも、私のものでもない声がリビングに響いた。
そしてその声の主を私はよく知っている。顔を向けるまでもなく、当然、誰か分かる。
「桜ちゃん……」
私のもう1人の妹、そして、葵にとっての姉。
間家の次女、間桜が、いぶかしげな表情を浮かべながらこちらを見ていた。
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