聖域崩壊

「な、なにやってんの私ィ!!?」


 翌朝。案の定というべきか、私は昨日の自分の所業を思い出して頭を抱えていた。

 何が百合という尊い世界を上り、昇るだ! のぼせ上がるのもいい加減にしろ!


 私は平凡な村人系女子Aだ。そんな私がキラキラ輝く2人の美少女に囲まれるなんて誰が喜ぶんだ!? 嬉しいの私だけじゃん!!

 

 それに私は堂々と、熱に浮かされて2人の告白を受け入れてしまったけれど、2人からしたら私が二股をかけたことは当然知らないだろう。

 2人に教えて、3人仲良くお手々を繋いで二股ライフ……なんて、それはさすがに無理だ。虫が良すぎる!


「でも、今更断れない……どっちかを選ぶこともできない……だって――」


 普通に嬉しかったし。

 私はこれまであまり山も谷も無い人生を送ってきた。

 そしてきっとこれからもそれは変わらないだろう……そう思っていたのだ。


 しかし今日、それは完全に覆った。

 さようなら平凡な私。こんにちは、ニューマイ。いや、ニューミー?


「でも、それで私の価値を確かめるのは、なんだか2人をアクセサリーみたいに自慢するみたいで嫌だし……」


 ああ、本当に私は愚かだ。どうして感情でも理性でも無く、一歩止まって社会常識に当てはめれなかったのだろう。


 でも、もう走り出してしまった。

 もしも私が聖域を完全に崩壊させただけに飽き足らず、その中心である2人を我が物にしたと信者達にバレれば……最悪死が待っている。リアルに。


「だったら、隠し通すしかない……二股はっ!!!」


 それはある意味、妥協と言えるかもしれない。

 しかし同時に、紛れもなく本命でもあった。


「そっかぁ……あの2人が、恋人……うへへぇ……」


 悲観的な想像と後悔をしていても、気を緩ませればつい頬を緩ませてしまうくらいには。





「おはよぉっ! 四葉ちゃん!」

「おはよう、四葉さん。今日もいい朝だね」


 いつも通り、通学路の最中で由那ちゃん、凜花さんと待ち合わせる。


 2人は幼馴染みでお隣同士。なので、学校に行くまでの合流地点もまったく同じだ。

 そして、今更ながらもしもどちらかが私と付き合い始めたことを言っている可能性があることに気が付いた。

 そしたら既に二股はバレている可能性ががが……!? と、思ったのだけれど、どうやら2人の様子を見るとそれは起きていないようだ。セーフ。


 でも、その可能性はまだいくらでも存在している。

 どうしよう。口止めすべきだろうか。……いや、しかし、2人居る状況ではそれも難しいし……!


「どうしたの、四葉ちゃん」

「ひぇっ!」

「どこか浮かない表情だけど」

「そ、そうかなぁ! そんなこと、ないんじゃないかなぁ! あっ、ちこくしちゃうよふたりともー! あはは、うふふぅ……」


 明らかに変な棒読みになってしまったけれど、私は勢いで誤魔化して通学路を歩き出す。

 これは最終作戦――なるようになれ、だ。

 自爆スイッチを押すよりも遙かに非建設的な、ただ神様にことが上手く運ぶよう祈るだけである。


 けれど、大丈夫。私は脳内に天使と悪魔を飼っているのだし……あれ? 神的には悪魔はアウト?

 というか私、完全に悪魔側に乗ってるんだよなぁ…………やっぱり神様じゃなくて、閻魔様に祈っておこう。閻魔様が悪魔の上司かは知らないけれど。


「あ、待ってよ!」

「四葉さんっ!」


 そんな現実逃避をしているとも知らず、スタスタ先に歩き出した私に、2人が慌ててついてくる。

 そして――


(あ……!?)


 2人は私を挟むように並び、ぎゅっと手を握ってきた。

 それも、指と指を絡ませ合う――恋人繋ぎだ。


 温かい感触と、じっとりと少し滲む手汗。

 それは私だけでなく、2人の緊張も示していた。


「2人だけの内緒、ね?」

「2人だけの秘密、だよ」


 右から、ちょっと大人びたお姉さんっぽい可愛らしい声が。

 左から、ちょっと照れたような女の子っぽい凜とした声が。

 そしてどちらも、心から幸せそうに。


 ステレオで、私にしか聞こえない声で囁いてくる。


 尊い百合の花に挟まれる雑草。

 四葉のクローバーは希望や幸運の象徴だなんて言われるけれど、果たしてこれはそう片付けていいものなのだろうか。


 そんな風に思いながら、私の身体は正直で、右と左、それぞれの手をぎゅっと握り返す。


 人知れず、聖域は崩壊した。

 跡形もなく、完膚なきまでに。


 それを知っているのはきっと私だけ。


 そして、その後に何が残るのか、何が生まれるのか……それは私にも分からない。


「四葉ちゃん」

「四葉さん」


 またもや私にしか聞こえないくらい小さな、それでも確かに思いが伝わる甘い声で囁いてくる2人に、私は内心バレないかとヒヤヒヤしつつ、苦笑とニヤケの中間的な笑顔を返すのだった。

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