百瀬由那
そして放課後。
「ふひぃ……終わったぁ……」
私はぬいぐるみがコロコロ転がる部屋で、疲労感たっぷりに息を吐いた。
数学……中々の強敵だった。宿題と復習だけでなく、予習まで手を出すと時間がいくらあっても足りない……!
「おつかれさまっ、四葉ちゃん! 頑張ったね~、いい子いい子!」
そして、そんな私に熱心に指導してくれた百瀬さんは、まるで愛犬を可愛がるように私の頭を抱きしめて撫で回してくる。ふへへ……ぎもぢぃい……(気色悪い顔)。
にしても、百瀬さんは随分と変わった。いや、彼女は彼女のまま、天使なままだけれど。
百瀬さん、勉強に関しては、特に数学みたいな公式を覚えてパズルみたいに組み合わせていく非暗記系の教科については天才肌というか、感覚的に解いていて、人に教えるのはむしろ苦手というタイプだったのだ。
けれど今は先生みたいに、ううん、先生以上に分かりやすく、バカな私でも理解できるように教えてくれている。
「すごいね、百瀬さん。いや、私が言うのは変な話だけど……」
「えへへ、四葉ちゃんにそう言って貰えると嬉しいな。あたし、いっぱい頑張ったんだよ」
百瀬さんはそう言って、自分の教科書を広げて見せてくれる。
そこには、ぎっしりと彼女の丸っこい字でメモが書かれていた。その文言のどれもが自分のためのものでは無く、私に教える時を想定したものだった。
「あたしね、四葉ちゃんのためだったらいくらでも頑張れるって気が付いたんだ。四葉ちゃんに喜んで欲しくて、四葉ちゃんのためにできることがしたくて……それで、すごく頑張ったの」
「百瀬さ――」
「由那って呼んで」
その表情は妙に色っぽくて、なんだか全然上手い表現が出てこないのだけれど、端的に言えば……そう、その色香で人を惑わすサキュバスみたいに思えた。
彼女は私の首に腕を絡ませ、強く抱きしめてくる。私は抵抗できなくて、ただされるがまま押し倒されて――
「由那、ちゃん」
「~~~っ! 大好きっ、四葉ちゃん!!」
「ふぇっ!?」
床に倒れる私を、由那ちゃんは感極まったみたいに思い切り抱きしめてきた。
彼女の甘い香りと柔らかい感触が世界を支配する感じがして、私は教室で倒れた時と違うクラクラとした目眩を感じていた。
「変って思うよね。でも、あたし、四葉ちゃんが好きなの。ライクじゃないよ。ラブ。1人の女の子として、大好きになっちゃったの!」
「ゆ、ゆゆ、由那ちゃ――」
「あたし、ずっと凜花と2人きりだった。別にそれが悪いと思ってなかったし、楽しくて幸せだったよ? でも、四葉ちゃんとも過ごすようになって、凜花に対する好きと四葉ちゃんに対する好きが全然違うって分かったの! 毎朝目が覚めたら一番に四葉ちゃんにおはようって言いたいし、四葉ちゃんの寝癖を直してあげたいし、手を繋いで学校に行きたいし、手作りのお弁当をあーんって食べさせてあげたいし、帰りは一緒にスーパーでお買い物したいし、家に着いたら抱き合ってゴロゴロしたいし……お、お風呂はさすがに一緒には居るのは早いかな? でも、いずれは、ゆくゆくは、そのうち……えへ、えへへぇ……」
由那ちゃんは夢見心地というか、表情を蕩けさせて笑う。
正直その妄想を直接聞かされる私も恥ずかしいなんてもんじゃなかった。
「ねぇ、四葉ちゃん。四葉ちゃんも同じ気持ちかなぁ……?」
瞳を潤ませ、私に覆い被さりながら、由那ちゃんはおずおずと聞いてくる。
私はつい言葉を詰まらせてしまった。
きっと、これは冗談じゃない。
信じられないけれど、どういうわけか、由那ちゃんは本気で私に好きをぶつけてきている。
正直、聖域とか百合の間に割って入る輩死すべし問題とか、そういう話じゃない。
私が、由那ちゃんとどうしたいかだ。
『駄目よ四葉!』
はっ! 私の中の天使!?
『冷静になって! 世界が望んでいるのは百瀬・合羽のカップリングなの! 素敵な幼馴染み百合なの! それを突然割って入ったあなたが壊していいはずがない!』
た、確かに……聖域を、穢しては……
『それはどうかな?』
はっ! 私の中の悪魔!?
『いいじゃないかよ、壊したって』
『なんですって!?』
『いいか百合は尊いものだ。それは決してショーケースに入れられて大事に育てられたものだけを言うわけじゃねぇ。雑草みてぇによ、好き勝手やってる百合だって、同じ尊い百合じゃねぇか』
『そ、それは……』
『見に行こうぜ、未知なる世界をよぉ!! 完璧なものだけが百合じゃねぇ……百合の可能性は無限大だ! 愛らしい一輪の花である百瀬由那が、平凡でどこにでもいるような雑草の間四葉に染められたっていいじゃあねぇか!』
ずがーん!
雷に打たれる私と私の中の天使!
悪魔のその言葉はあまりに甘美で、今の状況には優しくて……私は――
「……うん、私も由那ちゃんのことが好き」
つい、そう言ってしまっていた。
「ほ、本当……!?」
じわっと溢れだし、頬を伝う、涙。
その熱いものが由那ちゃんの頬を離れ、そして私の顔に落ちる。
「うん。大好き」
不思議と口にすればそれは真実のように思えた。
目の前に居る女の子が凄く愛おしく思える。
……いや、好きにならない筈がないのだ。私は女子で、彼女も女子だけれど、でも、素敵で素晴らしい人を好きになるのに、性別なんて否定する材料にはならない!
「よ、良かった……勇気出して言って、良かったよぉ……! 大好きだよ、四葉ちゃん……大好きぃ!」
ついには思い切り泣きじゃくって、由那ちゃんは私の胸に顔を埋めてきた。
そんな彼女を私は、黙ってただ抱きしめ返すのだった。
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