聖域との出会いとクライシスの予兆
そもそも、どうして私がこうして2人に挟まれることになったのか……それは今年の4月、高校入学の初日まで遡ることになる。
同じ中学から上がってきた友達もおらず、1人とぼとぼ通学路を歩いていた私は、突然足に何かが触れたのを感じた。
それはハンカチだった。ピンク色の、花の刺繍がしてある可愛らしいものだ。
「あの、落としましたよ」
私は咄嗟にかがんでハンカチを拾い、前を歩いていた人に声をかける。
「えっ?」
「あっ」
それが百瀬さんと合羽さんだった。
首を傾げる百瀬さんと、驚いたような声を漏らす合羽さん。
当然、これが初対面の私は2人の名前なんか知らないし、関係性も、周囲がどういう目を向けているのかも知らなかった。
ただ、「うわぁ、種類の違う美少女が2人いる……眼福ぅ……」くらいにしか思ってなかった。顔には出さなかったけれど。
一瞬迷った。この次どうするべきか……けれど、私は直感的にハンカチを――合羽さんの方に差し出していた。
「あなたのですよね?」
「え……どうして……?」
「ええと、なんとなく……?」
そう、なんとなくだ。
一般的に見たら、凜々しくて女子からも遠巻きに熱い視線を送られるような合羽さんより、ガーリィで小動物っぽい愛らしさのある百瀬さんの持ち物だと思うかもしれない。
けれど、私はまったく疑わなかった。理由は分からないけれど、でも、このピンクで可愛らしいハンカチは間違いなく合羽さんのものであると疑わなかった。
合羽さんが目を丸くする。そして百瀬さんも。
一瞬だけ時間が止まったみたいに沈黙が流れた。
「ありがとう」
合羽さんはそう、困ったような、でも嬉しそうな、微妙な顔で微笑みつつ、ハンカチを受け取った。
今にしてみればそれはとても珍しい類いの表情だった。
「ありがとうっ!」
そしてなぜか百瀬さんも、これまたなぜか目をキラキラ輝かせながらお礼を言ってきた。
「あたし、百瀬由那!」
「え?」
「あ……私、合羽凜花。あなたも新入生、だよね?」
「あ、はい。えと、間四葉です」
「どうして敬語なの?」
「い、いやぁ……」
百瀬さんに言われ、言葉を濁す。
2人の美少女オーラに当てられたからなんて言えない。私のような一般女子高生にはあまりに強い刺激だなんて。
「敬語はいらないよ。ね?」
「は、はひ……いえ、いや、う、うん」
さりげなく私の肩に手を置きつつ、爽やかにそう言ってくる合羽さんに、どもりながら頷く。自分でも気持ち悪いと思いました。
けれど、2人はそんな私に引くことはせず、どこかキラキラした視線を向けてきていて。
「「これからよろしくね」」
そう、息ぴったりなステレオで甘く、優しく、無邪気な笑顔を浮かべたのだった。
◇
「う、ううん……」
頭がぼおっとする。
柔らかな何かに沈む感覚……私はいつの間にかベッドに寝ていた。
ほんのりと鼻につく薬品の香り的に保健室にいるらしい。
「あ、起きた!?」
「四葉さん、大丈夫……!?」
「百瀬さん、合羽さん」
両サイドから同時に顔を覗き込んできた2人だったけれど、百瀬さんはなぜか勝ち誇るように得意げな笑みを浮かべ、合羽さんは悔しげに口をへの字に曲げた。
「凜花、あたしのほうが先に呼ばれたっ」
「……別に深い意味なんかないよ。そうでしょ、四葉」
なにか、そういう賭けをしていたのだろうか。
犬の前にお肉を投げて、どっちの肉に先に飛びつくか当てる、みたいな。
とにかく、今回に関しては合羽さんが正解だ。百瀬さんを先に呼んだのは特に意味はない。
「私、どうして保健室に……?」
「四葉さん、いきなり倒れたんだよ」
「た、倒れた!?」
「やっぱり数学のテストだよぉ! 数学のテストで受けたダメージがじわじわ四葉ちゃんの身体を蝕んで……」
「いや、きっと長距離走へのストレスだろう。大丈夫だよ、四葉さん。体調不良ってことで体育は出なくていいってなったから」
ぎゅっと手を握ってくる百瀬さんと、優しく頭を撫でてくれる合羽さん。
倒れたのは本当だろう。でも、そのまま死んだのかもしれない。こんな天使が2人、両サイドから優しくしてくれるなんて現実じゃありえな……くもないか。
2人と仲良くなって、こうして間に挟まれるようになって、こういう状況は珍しくもなくて……寿命は縮みそうになるけれど、一応生きている。いちおう。
「ねぇ、四葉ちゃん! 今日の放課後、うちで勉強会しない!? もちろん……ふ、ふたりきりで」
「な……!? ズルい由那! 私が誘おうと思ってたのに!」
「ふふーん、早いもの勝ちだよーっ!」
「そんあことないもん……! 四葉さん、今日うちに来ない? 四葉さんがやってみたいって言ってた、部屋の中でできるフィットネスのゲーム、やっと抽選当たって買えたんだ!」
「えっ、本当!」
思わず反応してしまう。たしかずっと品切れで、発売してはすぐに売り切れてしまう超人気ゲームだ。
「むぅ……! ゲームで釣るなんて凜花のほうが卑怯じゃん! ダメだからね、四葉ちゃん! ゲームばっかやってたらもっとバカになっちゃうよ!」
「四葉はもうこれ以上馬鹿にならないから!」
私の腕を掴みながら、またもや睨み合う2人。今度はベッドに固定されていて逃げ場がない。
にしても、なんでこう、私がもの凄いおバカである前提で話してるんだろう……いや、否定できないけれども。本当はめちゃくちゃ嫌われてるんじゃないだろうか……うう、傷つく……。
「じゃあじゃあ! ジャンケンで決めよっ! あたしが勝ったら今日はお勉強会!」
「分かった……私が勝ったらゲーム……!!」
まるで巌流島の宮本と佐々木みたいに、ぎろりと睨み合って向かい合う2人。
「「さーいしょは、グー!!」」
こうして、放課後何するかを巡る真剣勝負の火蓋が切って落とされた。
いちおう、私も関係していると思うんだけれど、意見を挟めるチャンスはこれっぽっちも存在しなかった。
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