百合の間に挟まってしまった女
としぞう
聖域崩壊編
聖域
もしも、もう一度高校入学の初日に戻れるのなら。
何度そう思ったかは分からない。けれど、それは決して叶わなくて。
「どうしたの、四葉ちゃん?」
「なんだかボーッとして、全然箸進んでないけど」
対面に仲良く並んで座り、そして息ぴったりに私の顔をのぞき込んでくる2人の美少女。
片や中学生か、下手したら小学生と見紛うほどに幼く見える愛らしい美少女、
片やボーイッシュで爽やかなオーラを放つ凜々しい美少女、
この2人は陰でこう呼ばれているらしい――誰も触れてはならない『聖域』と。
なぜ2人が『聖域』などと呼ばれるのか……それは2人の関係性の在り方にある。
百瀬さんと合羽さんは家が隣同士で、生まれる前から一緒に居た幼馴染みらしい。
マイペースでのほほんとしていて、少しドジなところがあって、けれど意外と勉強はできる百瀬さんを、合羽さんにまるで姉のように甲斐甲斐しく世話を焼いてきたらしい。
対し合羽さんはスポーツ万能で、小学生の頃は男の子のチームに混じって、中学生からは色々なスポーツの女子チームに助っ人として駆り出され、百瀬さんは大活躍する合羽さんの試合に毎回駆けつけ、妹のように一生懸命応援してたとか。
そう、2人に向けられる尊いという言葉は、そういう関係に向けられたものなのだ。
そして聖域というのは、そういう2人の関係を「誰一人として穢してはならない」という暗黙の了解のようなものだったのだ。
けれど、そんなことも知らず、尊い百合の花園を踏み荒らす不届き者が現れた。
…………私だ。
「だって知らなかったんだもんーっ!!」
「四葉さん!?」
「どうしたのっ!? いきなり頭抱えて……はっ! もしかして数学の小テスト最悪だったとか! 四葉ちゃん、数学ダメダメだもんね……」
ふぐっ!
勘違いではあるけれど、百瀬さんの言葉はまったく見当違いなものではない。
彼女の言うとおりで、今日の朝行われた数学の抜き打ちテストは散々な結果だったからだ。
「いいや、由那。四葉さんが悩んでいるのは多分この後の長距離走のことだよ。四葉さん、いつも最後まで走ってるもんね……」
ふぐぐっ!
これもまた勘違いではあるけれど、合羽さんの言葉はまったく見当違いなものではない。 彼女の言うとおりで、ここ最近狂ったみたいに体育の授業で行われる1500メートル走を思うと昨日の夜から憂鬱だった。
そう、百瀬さんと合羽さんの2人だけの聖域を踏み荒らし、その間に割り込んで、毎日一緒にお昼ご飯を食べる私、
勉強も運動も人並み以下で、この高校もどうして受かったのかよく分かっていない。きっと私の実力というより、やけくそで転がした鉛筆が凄いヤツだったんだろう。
「大丈夫だよ四葉ちゃん! 四葉ちゃんがどんなにおバカでもあたしが教えてあげるから! 数学でも英語でも保健体育でも!」
うわわっ!?
右からアイドルみたいな美少女がロリっ子みたいな甘い声で精一杯訴えかけてくる!
「安心して、四葉。四葉の壊滅的な運動神経も私が一緒にトレーニングしてすぐに改善してみせるから。今日の長距離も一緒に走ろう。2人なら最後まで残って目立っても平気でしょ?」
ほああっ!?
左からイケメンみたいな美少女が艶やかな声で優しく囁いてくる!
なんだ、天国か!? 私死んだ!?
「チッ」
――バキッ!
「ふぅー……」
あ、本当に死ぬかも。
舌打ち、鉛筆が折れる音、精神統一するかの如く深く吐き出された溜息。
そのどれもが聖域を荒らすならず者(私)に向けられたものなのは間違いない。タイミング良すぎるもん。
「ねぇ凜花? 四葉ちゃんはあたしに任せてくれていいんだよ? だって運動より勉強の方が大事だもん。四葉ちゃんが試験だめだめだったら進級だって危ないんだよ」
「いいや由那。勉強より運動の方が大事だよ。身体とは一生付き合っていくんだから。このまま運動音痴のまま四葉さんを放っておいたら、近い未来、足腰も碌に立たず車イス生活を余儀なくされる可能性だってあるんだから」
「そんなわけないもん! 凜花のバカ! 第一、一緒に走るって何!? 男の子も含めて一番足の速い凜花が四葉ちゃんと一緒に走ってたら明らかな手抜きじゃん!」
「それを言うなら由那だって! 保健体育を教えるなんて言ったけど、四葉は保健体育が一番得意だろ! いったい何を教えようって言うんだ!?」
バンッ! と、息ぴったりに机を叩き、同時に立ち上がる百瀬さんと合羽さん。
2人は互いに威嚇し合うように睨み合って……はわわわわ。
そう、おそらく私が冒した聖域荒らしの大罪の中でも最も罪深いのはこれ――私が間に入ったせいで、2人の仲が度々険悪になるのだ。それも決まって私に関する話題の時ばかり。
「お、落ち着いて2人とも……!」
「「四葉ちゃん(さん)は黙ってて!」」
「はひ……」
凄まじい剣幕に押され、私のような雑魚キャラは引っ込むしかない。
尊い関係とはほど遠い、本気で口げんかを始めそうな勢いの2人を前にどうしていいか分からず、私は逃げるように席を立ってトイレに行こうと――
「四葉ちゃんだってあたしといる方がいいと思ってるもん!」
「四葉は私と一緒に居たいって思ってる!」
「ぴぎっ!!?」
両サイドから腕を抱きしめられ、私はフリーズした。
種類の違う、本当に同じ女子という生物なのかと疑いたくなる良い香りに包まれながら、私はぼけーっと意識を遠のかせるのだった。
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