十五、新井尚也
体にねっとりとこびり付く闇のなか、僕は林をかき分け、有名な自殺スポットになっている崖へと進んだ。
最新の注意を払っていても、木の根に足を捕られたり、木の枝に顔をぶつけるようなことが、何度も起こった。崖までの距離を、異様に長く感じた。このまま、いつまでも辿り着かないのではないかという不安が、暗闇にこびり付いてくる。
途中で、細く浅い、小さな川が流れていた。ちょろちょろと、水の流れる音が聞こえる。
視界の先に、あの、異様な存在感を放つ、大きな草が見えてきた。僅かではあるが、はっきりとあの「草」だとわかる。
積もり積もった枯れ葉を踏みつけながら、一歩一歩を、丁寧に歩いていく。
ついに、「草」の前まで来た。
やはり、これほどまでの大きさの葉を目の前にすると、おどろおどろしい。
一度、目を閉じ、深呼吸をする。
意を決すると、「草」に掴みかかった。「草」の茎を両手で握りしめ、体のすべての筋肉を使って、全力で「草」を引っ張る。だが、「草」はびくともしない。
何度も、何度も「草」を引っ張る。だが、やはり「草」は微動だにしない。
そこで、「草」の茎を折る方向に舵を切った。茎を、上から足で踏みつける。そうしたら、簡単に「草」は折れた。
すべての茎を、同じように折っていく。
地面の上に置かれた馬鹿デカい葉っぱを、今度は手でちぎり、口の中に入れていく。
途中で窒息しそうになるが、こらえて飲み込んでいく。右耳に、金切り声のような耳鳴りが響く。
彼は、何枚もあった葉っぱを、すべて平らげた。
真っ暗で彼の顔は見えないが、彼は顔面蒼白になっているだろう。よろよろとしていて、立っているのもやっとだ。
数分後、彼の体から、光が漏れ始めた。まるで、人間の形をした電球のようである。そして、数秒後に、彼の体から溢れ出す光が静かに消えたかと思うと、なんと、彼は三十二歳の彼になっていた。
七年後の僕に、生まれ変わった、という実感はないが、どうやら年を取ったようだ。
先ほどまで感じていた吐き気や、目眩、耳鳴りがすっと消え、頭がスカッと冴え渡る。
僕は迷うこと無く、今来た道を戻り始める。
とはいえ、歩いてではなく、這って進む。きっと泥だらけになるだろう。だが、それでいい。
這って進むのは、満足に歩くことが出来ないからだ。つい先ほどまで歩くことができていたのに、急に歩けなくなったことに、驚くことなどない。すべて、承知の上なのだ。
これから先、僕は一生、脳の障害を抱えて生きていかねばならない。それが、僕の選んだ道だ。
ケロケロ、ケロケロ。
川辺から聞こえてくる蛙の鳴き声が、僕を励ましてくれているように聞こえる。
僕、頑張るから。
手足を全力で動かし、少しずつ、前へ進んだ。
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