十、相馬太郎
時刻は午後八時半。「会」では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。
三十分前に、トイレに行くといって場を離れた尚也さんが、行ったきり帰ってこないのだ。
その時、場では、参加者が各々の生きづらさを語っていた。
僕は、学校に通えない時期があった話をした。そして、今通っている大学も、通い続けられるかどうかという不安があるのだという心中を明かした。
いっぽう、あかりさんは、五年前から仕事に通えなくなり、家にずっと引きこもってしまっていたのだと言っていた。十代の若者ならまだしも、中年の自分が引きこもりなんて、本当に情けないわと、自嘲の混じった話をしていた。
また、日菜さんは、高校生のときに病気を患い、何年か寝たきりの状態で生活していたという。その病気は、体が固まってしまって動けなくなるというもので、一日のうちに動くことといえば、唯一トイレに行くことぐらいだったらしい。加えて、徐々に喜怒哀楽を感じることが減っていき、表情の変化も乏しくなっていったと語っていた。
思えば、ちょうど日菜さんが話し始めるか話し始めないかの時に、尚也さんはトイレに立っていた。
日菜さんに話を振ったのは、れおさんだった。
「日菜さんは、何かある? もし話せたら」とれおさんに尋ねられると、彼女は、寝たきりでしんどかったときのことと、人と上手く話せないという内容を語っていた。
もし、尚也さんが意図的に帰って来ないのだとしたら、自分の生きづらさを話すのがしんどかったのかもしれない。それならそれで、話さないでも、僕たちは全然構わないのに。
人付き合いって、難しいよな。大人たちがよく口にするセリフを、僕も心の中で呟いてみた。
「ちょっと、僕尚也さん探しにトイレ行ってきますね」
そう言って、僕は場を離れようと、席をたった。
「太郎くん、悪いね。ありがとう」
れおさんが労ってくれた。
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