第66話 古老

 どうも喧嘩には発展しそうにない。

 裕次郎は諦めて、サッカラにランジットを紹介した。


「こいつらはかわいそうだと、オマエは言ったな。俺も思う。だから手を差し伸べてやろうや」


 裕次郎の提案に、サッカラは舌打ちを返すとランジットに顔を向ける。

 上から下まで舐める様に見渡し、腰を浮かせると顔を近づけて口を開いた。


「おい、小僧。困ったら俺に言ってこい。それと、もっと人を見る目を磨けよ。危ないと頼もしいを混合してたらエラい目に遭うぞ。俺や、この兄ちゃんと関わるのはいつ折れるか知らん腐った大木の横に住み続けるみたいなもんだ。帰ったらよく考えろ。これでいいですかね、裕次郎さん」


 サッカラは椅子に再び腰掛けて腕を組む。

 その様が面白くて裕次郎は声を出して笑った。


「ヒドい言いようだな」


 しかし、案外と彼なりの助言だと言うこともわかる。

 

「アンタ、自分を聖人と思っちゃないだろうよ。俺だって思っていやしないよ。だが、俺の方が常識的なのは間違いないだろう。なんたって俺は自分より強そうなヤツと喧嘩する時はきちんと負けることを考える」


 裕次郎は言われて頷いた。確かにそういう面もあるからだ。

 父親の教育によって身についた考え方だが、サッカラはさすがにまとめ役らしくよく人を見ている。

 

「で、こいつらに仕事をさせたい。用心棒やら荷運びやらだが、多少の箔も必要だろうということで、サッカラおじさんのお墨付きをくれよ」


「簡単に言ってくれるなよ、裕次郎さん。俺はこれでも命がけで身内を守ってんだぞ。なにするか分かんないガキどもの連座でストルテンバー様に目を付けられたくはないやね」


 サッカラは短く舌を出しながら凄味のある笑みを浮かべた。

 たとえ殺されようが、これ以上は譲歩しない。そんな覚悟を裕次郎は読みとっていた。

 

「ああ、別にオマエ等の組織にコイツらを入れるワケじゃない。こっちでやらかしたことの迷惑は掛けない。それは約束しよう」


「アンタに保証されてもなんにもなりやしないよ。組織人として俺が怖いのはストルテンバー様だ。俺を担ぎたかたったらストルテンバー様を連れてこいよ」


「うん、オマエの言うことはもっともなんだが、こいつらもこの街を出たくないらしくてな。そうなるとどうしても手続きがいるんだよ」


 裕次郎の言葉にサッカラが首を捻る。


「この街を出たくないって、そりゃなんでだね」


 その問いに裕次郎は経緯を説明してやる。

 しかし、サッカラは裕次郎の前で珍しく上機嫌に笑った。


「いや、裕次郎さん。この件じゃアンタはガキどもの気持ちをよくわかってないよ。まあ、そんなこともあるわな。路上のガキをたくさん見てきたことと、路上のガキの一員だったこととは別だからな。このランジットとかいうのがどんなにしっかりして見えても、結局はガキだ。群れの全体を代弁しているわけでもない」


 言うとサッカラは立ち上がり、店の前でのぞき込んでいる子供たちの方へ歩いて行った。


「おい、この中で二度と親には会いたくない奴。ちょっと来てみろ」


 そうして戻ってきたサッカラの後ろには長幼併せて七人の少年たちが着いてきていた。


「もっとちゃんと聞けば親に捨てられたんじゃなくて逃げて来たガキも随分といる筈だぜ。世の中にはおっかねえ親や、頭のおかしい親もいるからな。まあ、どんなイカれた親でもアンタよりはまともだろうがね」


 サッカラは元の席にドッカと腰を下ろす。


「いずれにせよ、ランジットはきちんと仲間の事情をよく知るべきだ。裕次郎さんも、強すぎて虐げられる者の気持ちが本質的に理解できていない。そんな訳で俺は、まず俺に迷惑をかける前にアンタらどうしで、きちんと話し合いをすることをお勧めするがね」


 そこには、かつての自分を子供たちに重ねる老爺の視線があった。

 なるほど。言われて裕次郎は納得する。

 きちんと全員と面談をしたわけではない。リーダーのランジットだけを取り上げて傾向と対策を立てたのだが、ランジットの性格を考えればむしろ希な存在なのかもしれない。

 

「いや、確かにサッカラの言うとおりだよ。流石だ」


 サッカラを褒め称えながら、裕次郎の視線は並んだ子供たちに注がれる。

 暴行を受けたのか、傷を持つ子。食べ物が与えられなかったのか、異様に痩せた子。いずれも目つきは不安げで落ち着かない。

 

「ランジット、計画変更だ。君たちを便宜上二つに分ける。この都市から出たくない者と、出てもいい者だ。前者はオマエが、後者は俺が直接率いる。どちらについても飯は食わせるが、俺の配下の方が待遇はよくなる。全員に希望をとってどちらかに振り分けてくれ」


 裕次郎はそう言うと立ち上がり、机に財布を置いた。

 ズシリと重いそれには、全員分の食事代を差し引いても十分な額が入っていた。


「ここの飯代と講師料だ。おかげで視界が開けたよ。今日のところは帰る。また来るよ」


「こんな金よりも、もう来てくれない方が嬉しいけどね」


 サッカラの憎まれ口を背に、裕次郎はランジットや子供たちを連れて店を出ていく。

 ため息を吐いて背を見送るサッカラに、店の敷居をまたごうとして裕次郎が振り向く。


「サッカラ、やっぱり一回くらい槍使いと……」


「やらせねぇから早く行けよ!」


 しわがれた怒鳴り声が子供たちの背を押すのだった。

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