第65話 爆発寸前

 軽食屋の店員は浮浪児たちを見て顔をしかめたものの、率いる裕次郎の顔を確認してどうするべきか悩んでいた。

 他の客たちは顔を見合わせてヒソヒソと話し合っている。

 

「やあ、兄ちゃん。なんか簡単に出来て腹に溜まる料理を適当に出してくれよ」


 バーカウンターで店員に注文をすると、青年は困ったような顔をして縦に長い店の奥をのぞき込んだ。


「あの……ガキども、いや子供たちが全員座るような席はないっすよ」


 確かに、カウンターに六名、奥のテーブル席に十人も座れば一杯になってしまう小さな店だ。

 座席数からいけば半分も入らないし、他にも客はいる。


「外で食うよ。ほら、注文から提供まで早いのがこの店の売りなんだろう。手早く頼む」


 裕次郎の堂々とした言葉に言い返す言葉も見つけられず不満気ながらも店員は料理を作り始めた。

 子供たちを通りの隅に寄せて座らせると、裕次郎はジロジロと視線を飛ばしてくる通行人にほほえみ返す。

 果たして、運ばれてきた食事が子供たちの腹に消えるよりも先にサッカラが手下を連れて走ってきたのだった。


「裕次郎さん、アンタ……!」


 何事か言おうと喘ぐのだが、駆けつけた為に息があがっている。

 

「おいおい、別に俺たちも逃げやしないよ。とりあえず往来でもなんだから、中に入るか。ランジット、着いてこい」


 立ち上がって言うと、料理を口に詰めていたランジットが目を白黒させて立ち上がった。

 

「俺も?」


「おまえ以外に誰がいるんだ。リーダー気取るんだったら自分たちの行く末を第三者に任せるな。堂々とついて来いよ」


 ランジットはサッカラから向けられる視線にたじろいだものの、大きく息を吸うと覚悟を決めた目で頷いた。

 裕次郎とランジット、サッカラにその護衛が三名。ぞろぞろと店に入っていくと店員はやはり戸惑った表情を浮かべたものの、サッカラの顔を確認すると目を伏せた。

 おおよそ、この男がサッカラを呼んだのだろう。

 奥のテーブル席に向かうと、先客たちはサッカラの護衛に追い散らされた。

 

「それで、裕次郎さん。話を聞こうか?」


 左右に護衛を立たせ、どっかりと腰を下ろしたサッカラはギロリと目を剥く。

 

「アンタとこうやってここで話をしたのはつい二、三日前だったが、あんまり俺をコケにしちゃいないかい?」


 怒りを隠しもせず言うその額には青筋が浮いていた。

 しかし、裕次郎は無視してランジットの方に顔を見せた。


「ランジット、このおじさんを知っているか。偉い人なんだぜ」


 老人の怒りにあてられて息を飲むランジットは、小さく首を振った。

 おそらくランジットたちを働かせるにせよ、脅すにせよ現場の人間が担当していたのだろう。上役のサッカラとランジットに面識などあるはずがない。


「裕次郎さん、俺はアンタと話してるんだ。ガキを混ぜんじゃねぇよ」


 見れば護衛の二人も相当にヤりそうな連中である。

 裕次郎はサッカラの怒りを正確に察知した。

 この手の人種はなんといっても、最後のところでは破滅的な行動を取ってくることがある。

 そうなると、裕次郎だってストルテンバーだって、ひいてはリンデルだって損害を被る可能性が高い。

 裕次郎はこれ見よがしにため息を吐き、後頭部を掻く。


「どうした。オマエ、俺に会いたくて走ってきたんじゃないのか。それで俺がいて、なぜ怒っているんだ。言っとくがな、俺はオマエが嫌いじゃないぜ」


「そら、どうも。いい迷惑だがね。だがそんなに俺のことが好きなんだったら少しくらい言うことを聞いてくれてもいいだろう。俺が近づくなと言ったガキをわざわざうちの店に連れてきて嫌がらせかい。いい加減にしろよこの野郎!」


 瞬間、裕次郎は出されたコップの底で机を殴った。

 その音にサッカラが眉をひそめ、その護衛も思わず身構える。


「オマエが面倒見てる店に、金払って飯を食いに来ただけでエラく絡むじゃないか。おい」


 裕次郎の剣呑な視線に、しかしサッカラはたじろぎもしない。

 もういい加減、腹も据わったのだろう。

 裕次郎は改めてサッカラの護衛を値踏みした。

 二人とも体格がよく、腰の後ろに回した大降りのナイフを装備している。

 場数を踏み、殺人を繰り返した者のみが放つ特有の臭いが鼻腔に満ち、裕次郎は思わず笑っていた。


「なにが楽しいんだよ、アンタ!」


 サッカラが気持ち悪そうに裕次郎を睨む。

 

「楽しいよ。行儀よくお話に来ただけなのに、地回りが喧嘩買ってくれそうなんだもの。この前の槍使いも連れて来いよ。他にも隠し玉がいるんだろ。出し惜しんでると俺を殺せない上に、オマエらストルテンバーに皆殺しにされるぞ。せめて俺は殺したいだろ?」


 はぁ、おもしろい。

 裕次郎は連れてきた子供たちのことなど既に頭から消え失せていた。

 乗ってくれるなら、この場で踊り始めたい。

 開始の号砲はどうやって鳴らすか。

 しかし、サッカラはフイと横を向いて太い鼻息を吐く。


「おい、オマエたちはあっちに行ってろ」


 突然の命令にサッカラの護衛たちは顔を見合わせる。


「いいんだ。この人は頭がおかしい狂犬なんだから、オマエらがいると興奮していけねえ。俺が殺されたにしても、一方的ならストルテンバー様も動きにはならないはずだ。あとは適当にやっとけ。この男は関わるだけ損だから、敵討ちもいらんぞ」


 そう言って護衛を強引に遠ざけると、サッカラは裕次郎の方に向き直った。


「餌を取られた野良犬みたいなツラしてんじゃねぇよ。はいはい、それで話はなんなのよ?」


 裕次郎は遠ざかった腕利きたちに名残惜しそうな視線を向けていたが、直ぐに気持ちを切り替えてサッカラの方を向く。


「あの、なんだ。“岩兎”とかいう金で雇える凄腕もいるしさ、俺の命をあきらめるにはまだ……」


「だからもう、やんないって! アンタ、いったい何の用で来たの!」


 今度はサッカラが机を叩いて怒鳴るのだった。

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