第64話 彼らの不安

 本人がやりたいことを補助するのは容易い。

 知恵を出し、金銭を出し、経験を積ませてやればあとは本人が上手くやる。

 しかし、本人がやりたがっていないことをやらせるのは、相当に難しい。

 たとえ渋々取り掛かったとしても、人間はやめる理由を探して勝手に止めてしまうからだ。続ければコストも抑えられ、仕事もこなれ、いい意味で最適化していくが、止めてしまうとそうはいかない。

 そういうとき、継続は力なりという格言について思い知らされる。

 

「そう……か」


 裕次郎は自らの額に手を当てて考えた。

 彼らに休息をとらせ、初期教育を行おうと思っていたのだが、それは難しい。

 

「ご両親、早く来てくれるといいな」


 本当に偶発的に子供とはぐれたのでなければおそらく、大半の親は迎えになど来ない。

 だがそれを言葉にすれば、気丈なランジットさえ立ち直れない程に傷ついてしまいそうな気がした。

 

「だが、この街は広い。ご両親が君たちを探しに来たって一日や二日は探してくれるだろう。だから田舎に住めとは言わないが、街を離れることまで禁忌にしてしまうと取れる手段が小さくなりすぎる。例えば、御用聞き……つまりお使いなんかはリスクが少ない上に君達でも始めやすい」


 それほど流通が発達していない世界において、基本的な経済は村の中で完結してしまう。

 各村には小規模な鍛冶士がおり、大工がおり、指物師がいる。医療の真似事が出来る者が産婆の役割も果たすだろう。それでもやはり不足する物資はあり、農村の住民も市場のある都市部に買い物へ来る。

 これを安く請け負えばいいのだ。

 逆に、農村では生産物を買い付け市場で販売すれば二度の利益を売ることが出来る。

 空荷で走ることなど有りえないと、かつて半分ヤクザに足を突っ込んでいたトラック乗りが熱く語っていたのを思い出す。

 しかし、ランジットは曖昧に頷いて場を濁した。

 裕次郎は額を掻いてため息を吐く。

 どうも、期待通りには転がらないらしい。それもいい。

 そういうことを沢山経験してきたのだ。

 仕方が無いし、拘泥するべきではない事も知っている。

 

「よし、わかった。都市から出るのはやめよう。手持ちの札だけで勝負していく方法を一緒に考えていこう」


 磨いていない現状でも彼らは暴力を行使している。

 それは拙く、危険でもあるが強みには違いない。


「まず一つだけ約束をしてくれるか。言い訳の出来ない強盗や暴行は徹底して避けろ」


 裕次郎の細めた視線に射すくめられ、ランジットが身震いをして口を開いた。

 

「そりゃ、俺たちは払ってもらえない金を取り返すだけだから……」


「いいから聞け。わずかでも第三者に言い張れるような言い分があれば、おまえたちが危なくなっても俺が守ってやれる。しかし、庇うに足る理屈が一つも並べられないときは、俺がおまえたちを狩らなきゃいけなくなる。そういう事態に陥ってから理屈や泣き言を言っても無意味なのは、わかってるか?」


 裕次郎の視線は冷たく、ランジットを口ごもらせた。

 内容自体は同じ事を先日もさらりと伝えた。しかし、これは何度でも言い続けねばならぬ大事な話なのだ。

 どんな階層のどんな集団であっても、暴力を手に入れれば無意味に振るいたくなる馬鹿が混ざる。さらに増長すれば、他者を傷つけて物を奪うことを当然だと受け止め始めるのだ。

 どう言ったって、彼らの立ち位置は弱い。もし、そんな者が一人でも混ざり出すと、全体が危険視され、排除されかねない。

 そうして、彼らが多少暴力に通じていたところで、社会からの排除という手立ての前にはなんの足しにもなりはしない。

 

「……わかってる。俺から皆によく伝えておく」


 今になって裕次郎が怖くなってきたのだろう。

 ランジットはキラキラしていた目を濁らせ、視線を落とした。

 

「その忠告も、今から力をつけていく途中で忘れる者が出てくるんだ。毎日でも伝え続けろ。出来るか?」

 

 自ら手を差し伸べた子供たちを、自分の手で殺すのは嫌なものだ。

 何度でも噛んで含める必要がある。

 多少なりと、ランジットが理解してくれたのを感じ、裕次郎は土手から立ち上がった。


「よし、そんなわけで飯を食いに行こう。おまえの仲間を全員紹介してくれよ」


 尻の泥を叩くと、まだ腰を下ろしたままのランジットを強引に引き上げて立たせる。

 あまり追い詰めても仕方が無い。だんだんと勉強して理解して貰おう。

 

「ほら、行くぞ。宿はアテが外れたが、飯は問題ない。宿はもう少し待っててくれ」


 裕次郎が言うとランジットは怖ず怖ずと口を開いた。

 

「裕次郎さん、俺たちアンタの期待に添えないけど飯を食わせてくれるのかい?」


 キラキラとした目を持つランジットの、不安そうな表情が裕次郎に向けられる。

 それは、捨てられた経験を持つ子供特有の眼光だった。

 いろいろと試行錯誤が必要ではあるが、この子たちに必要なものは第一に庇護者であることは間違いないのだ。


 ※


 ぞろぞろと子供たちを引き連れ、裕次郎は街路を歩く。

 子供たちの数をサッカラは三十人程と言ったが、実際には四十人ほどいた。

 通行人からあまり好ましくないものに向けられる視線が一団に向けられるが、裕次郎が気にすることはない。

 しかし、落ち着かないランジットが裕次郎の袖を引っ張ってわめいた。


「裕次郎さん、こっちは駄目だ。殺されちゃうよ!」


 ランジットだけではなく他の子供たちも不安に満ちた表情をしていた。

 進んでいる道の先が娼館通りだと気づいたのだろう。

 やはりサッカラは、ランジットたちが自らの縄張りにやってこないように因果を含めていたのだ。


「安心しろ。金を払って飯を食うだけだ。俺はきちんと金を持ってるから、おまえたちみたいな乱暴な取り立てに怯えることもないぞ」


 できるだけ頼もしく言い、裕次郎は先日サッカラから案内された軽食屋に入っていくのだった。

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