第63話 出来ること出来ないこと

「基本的な話をするが、商売は持てる者が有利で、そうでないものは不利だ。そういった意味で……」


「俺たちは最低だ」


 裕次郎の言葉をランジットは引き継いで答える。

 場所はやはり川辺の土手の上であり、裕次郎もやはり前日同様にヒルダと走った帰りであった。

 

「その通り。君たちは資本も持たず、庇護者も持たず、生活基盤さえ事欠く有様だ」


 彼らの賃金労働も労働力として時間と体力を市場で販売しているといえる。

 しかし、品物を渡して代金を回収出来ていない。

 そこにいくと徒党を組んで支払いを拒んだ者に暴行を加え、無理やり取り立てて行くのは一つの回答として及第点だ。

 誰かが代わりに文句を言ってくれないから支払いを渋られるのなら、自分たちで文句を言う。この国に自力救済を禁止するルールなどありはしない。

 だが、それは同時に向こうに立つ商店主たちも自力救済に励む可能性を孕む。

 サッカラの様な地回りに子供たちの説得か、排除を申し出るだろう。

 そうすると、ランジットたちがどんなに抵抗しようとも、仕事を受けた側は必死に依頼を遂行する。


「だが、考えようによっては幾らかのいい点もある。そうして、俺が知恵を貸すなら君たちは多少の安定を得ることが出来るだろうよ」


 暴力組織がどのように成長していくべきか、その成功例と失敗例を裕次郎は山の様に見てきたし、その世界にはその世界の煌めく知恵が秘められてもいた。


「……たとえば?」


 ランジットも、周囲を囲む数人の子供たちも裕次郎の言葉に耳を傾けている。

 素直な子を教えるのはいつでも気持ちがいいものだ。授業の内容がどうであっても。


「まずは基本だが、警備業を始める。君たちの縄張りにある商店をまわり、十日でいくらの契約を持ちかけて、払って貰う。君たちは縄張りを巡回しつつ、問題が起きればすっ飛んで行って彼らを助ける。これのいいところは前払いで貰えば取りはぐれないことだ」


 古今東西を問わず、暴力を持ち味とする組織や個人は見張りや用心棒として店舗や町に雇われ、糊口をしのいでいた。

 細かい法令も定まっていない国の、治安維持が行き届いていない地区でやるなら、これが単純でいい。既に彼らの厄介さがある程度周知されており、その上で人を助けるのが名目上の活動だ。誰に文句を言われることもない。


「そんなに簡単に行く?」


 ランジットは疑念の眼差しを向けた。

 確かに、契約してくださいと頼んだって、ハイハイと承諾する店主ばかりではないだろう。

 特に薄利で商売をしている食料品店や雑貨店では。

 そういう場合、金を払わせてくださいと言うまで徹底的に因縁をつけるのが昔ながらのヤクザのやり方だったが、それをやれと言うのはよくない。


「簡単にいく商売があれば誰かがやってるよ。それに、君らが上手くいけば、同じ手法を取ろうとする連中と必ずぶつかる。その時に一歩も引かないのが大事だが、まあその辺は臨機応変に……」


 少年たちは表情を硬くして、話を聞いていた。


「あとは小売と運送かな。辻々に立って小物を売る。干物や、簡単な手作りの玩具。飴、花、籠に袋なんかが定石だろうが……」


 孤児じゃなくても都市部のメインストリートに立って通行人に買い物用の袋を売る子供も見たことがあった。話を聞けば、彼らの稼ぎで故郷の親族たちは生活費を賄っているとのことで、それなりの現金収入になっていたのだろう。

 しかし、工業力の関係から袋は布や樹皮で作成せねばならず使い捨てにはしない。

 造花も材料が集まらない。

 ゴム鉄砲を作るのは簡単だが、飛ばすゴムがない。

 竹細工で水鉄砲を売るにも竹を見かけないのでこの辺りに自生していないのだろう。

 砂糖を買い、飴玉にして売り歩くのは悪くないが、この世界の砂糖は殊に高価で仕入れるのも大変なら、売値も高くなる。この辺りの貧しい住民たちが気軽に買い食いしてくれるとは思い難く、保存が利くとはいえ売り残れば損がデカい。

 そう考えれば難しいが、しかし極端な話でいえば野菜や魚介類を買ってきて売り歩くのもいい。

 

「ま、おいおい考えていこう。さて、この都市を離れた農村に俺の家がある。とりあえず、しばらくはそこに寝泊まりをしてはどうだね?」


 裕次郎はランジットに言った。

 彼らに必要なのはキチンとした家だ。

 ちょうど、農村の一軒家が空いているのでそこに押し込めば、彼ら三十人くらいはなんとかなりそうだった。

 

「それはダメだよ」


 しかし、ランジットは首を振る。

 目線を見ればわかるが、裕次郎を疑っているようには見えない。

 

「なぜだね。宿代も食費も取る気はないぞ」


「お父さんとお母さんを待ってるんだ。もし、俺がいない時に探しに来たら会えなくなってしまう」


 その答えに裕次郎は呻いた。

 こういうストリートチルドレンは、自分から家を出たのでなければ親に捨てられたのだ。

 その場合、親は人混みでわざとはぐれて距離を取るか、迎えに来るからと言い聞かせて子供に待ちぼうけさせる場合がある。

 いずれも子供たちは親に捨てられたと受け入れることが出来ず、親が探しに来てくれることを待ち続けているのだという。

 そうして、親とそういった別れ方をした子供たちは、親とはぐれた場所から遠くに離れようとはしないのだ。

 心の奥底では親を疑っていても、いつか迎えに来てくれるのを心のより所にして日々をしのぐ。そんな子供たちにとって、都市を離れるのは強烈な禁忌なのだろう。

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