第62話 ハリコマ
おそらく初めは四、五人程度のグループだったのだろう。そうしてランジットは仲間に降りかかる理不尽と、先頭切って向かい合った。
リーダーが頼りになり、かつ面倒見がよければこういう集団は膨張していく。なんせ、街には困っている子供がいくらでもいるのだ。
「なるほどね、それは酷い」
働かせて金を支払わない。言ってしまえばそれは金を奪う行為に等しい。奪い返され、殴られる十分な動機になるだろう。
「君らの言葉が真実なら、だがね」
ランジットの表情がサッと硬くなる。
「俺がテキトーに嘘を付いているって言いたいのか?」
「いや。だが、俺はその支払いの約束をした場面も、金の支払いを踏み倒された場面も見ていない。ただ、君たちが暴れて金を奪っているところを目撃しただけだ。善意の人である一市民としては強盗を撃退し、被害に遭っている者を助ける以外にないんだ」
そういう事例は実際にあったのだろうとして、片方からの聴取だけで少年たちの側に着くのは非常に危うい。
だからといって殴られていた商店主に聞いても本当のことを言ったりはしないだろう。
「別に信じてくれなくてもいいよ。俺たちは俺たちの生き方がある。今度邪魔するなら……」
「邪魔するね。善意の人は困っている人を見過ごせない。目の前で強盗が起これば徹底的にこれを打ちのめすだろう」
ランジットは下唇を噛み、少年たちは不安そうな表情を浮かべた。
邪魔をした場合、どうにか裕次郎を排除しようにも暴力で敵わないのだ。
「困ってんのは俺たちだよ!」
吐き捨てる様に言うランジットの声には焦燥と怒りが込められていた。
「そうだろうね。じゃあ、こうしよう。君たちが雇われて仕事をする時には事前に俺が立ち合う。君らに仕事を頼みたい者は前日までにあらかじめ申し込む様にルールを作るんだ。そうしてその場で具体的な仕事内容と賃金、拘束時間を決めておく。それに従わない者の仕事は引き受けない」
つまりは簡単な労働契約をキチンと締結しておくことだ。
それも裕次郎の臨席でやれば、子供たちを守ってやる事も出来る。
「そんなの、誰も応じてくれないよ。それに、俺や仲間たちがそうしたって他の連中が仕事を受ける。俺たちは仕事にあぶれて飢えるだけだ」
ランジットが首を振ってその考えを否定した。
当然、それは裕次郎も考えていた。
労働市場には常にダンピングが存在し、より安く使える児童労働者や異邦人に仕事が流れるのは、なにも珍しい事ではない。
しかし、それでも過剰なダンピング合戦に巻き込まれない為にはダンピングに付き合わないこと以外にないのだ。
「そうして金を踏み倒され、強盗に変じるなら、俺は君たちの敵にならなけりゃならん。しかし、現状では敵じゃない」
裕次郎たちの会話の途中、菓子を買いに行った子供たちがサンドイッチのような食べ物を両手に抱えて帰ってきた。
「仕事にありつけなくて飢えるというのなら、しばらくは俺が飯を用意する。宿もだ。そうして仕事については一緒に模索しよう」
他の子供たちが食べ物に視線を動かす中、それでもランジットはまっすぐに裕次郎を見つめていた。
仲間を含め、自分たちの行く先の岐路に立っているのだと気づいている。一党を率いる者には必須の嗅覚をこの少年はしっかりと持っているらしく、裕次郎は嬉しくなった。
日頃、さんざん苦渋を舐めさせられている大人の、それも出会ったばかりの大人の言葉にどう応えればいいか必死に考えている。
「そうして、アンタは俺たちから上前をハネるのかい?」
ランジットは、やはり大人を信じきれないのだ。
確かに、その気になれば子供たちが働く度に仲介料などと称して小銭をむしっていけば小金にはなるだろう。
「将来的にはそういう事もあるかもな。だが毟るにもしゃぶるにも君らは細すぎる。飯を食って体を鍛え、勉強もして逞しくなって欲しいとは思っているよ。心の底からね」
強く、侮れない者が裕次郎は好きだった。
子供たちをそのように育て上げるのは他に代え難い娯楽である。
「……仲間たちと相談する」
躊躇いながら口を開いたランジットはそう言うと裕次郎に背を向ける。
仲間からパンを一つ取ると、裕次郎に放った。
「アンタの世話になるんだとすれば、明日には回答するよ。パン、ありがとう」
そう言い残してランジットは仲間とともに去っていった。
※
「浮浪児なんぞ拾ってくるなよ」
家に帰り、いつもよりずっと遅くなった経緯を説明するとリンデルは顔をしかめて言った。
すでにメドウは習い事に出かけてしまったため、二人っきりの室内で冷めた食事の残りを口に運びながら裕次郎は笑う。
「そう言うなよ、可哀想な子供たちだ」
「便利なガキどもの間違いじゃろう。貴様もそやつらを食い物にするんなら偉そうなことはいえんぞ」
「どうするかはその時次第だ。いくつかアイデアはあるが、まずは休養と治療、それに体力錬成だな」
家の無い暮らしというのは都市部であっても相当に過酷である。
元気に見えても心や体にほつれが出てくるものだ。きちんと観察して手入れをしてやらねばならない。
こういう時、医者のような技能を持つリンデルがいて助かるな、などと裕次郎は素直に思うのだった。
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