第61話 無頼

 走力で勝れば逃げた相手を追うのも容易い。

 逃げる少年にあっという間に追いついた裕次郎は、その背を強く押した。

 追いつかれるくらいなら逃げるべきではない。体勢を崩した少年は勢いのまま砂埃を巻き上げ路地に転がる。

 特に壁に向かってこれをやると効果は大きいのだが、殺す必要もないのでこんなもんだ。

 と、通りの向こうから二人、後ろから三人の青年たちが走ってきている。

 全員、手に棒きれを提げており目つきが決まっている。

 なるほど、暴力と集金の係を分けているのだ。

 一団の中で年かさの、体が大きい連中はいざという時に集団で外敵を打ちのめす役割を担っているのだろう。

 そうして、そんな連中が居るから栄養不足で小柄な少年たちが物を奪ったりするのを誰も止めようとしない。

 だが、如何に迷いが無かろうと棒きれ持っただけの素人だ。

 裕次郎はあっという間に五人を叩きのめし、地面を舐めさせた。

 

「よぉ、少年。君らのボスは誰だ?」


 脂汗を流して呻く大柄の青年に裕次郎は訊ねる。

 棒を奪って小手を打ってやったので手の骨が折れたのだろう。

 その手を軽く蹴飛ばしてやると、呻き声は大きくなるものの、質問には答えない。


「なぁ、頼むよ。手荒な真似はしたくないんだ。素直に答えてくれ」


 再度、哀願すると心動かされたのか、青年は口を開いた。


「ランジット……」


「ふむ、そのランジット君と話したいんだが居場所はわかるか? わからなきゃ、似たようなのを片っ端から叩いて行こうと思ってるんだけど」


 彼らの主な商売が強盗である以上、見つけて後をつけてもいい。

 

「いいよ、そんな事しなくて」


 やや離れたところから声を掛けてきたのは十二、三歳ほどの少年だった。

 浅黒い肌に真っ黒なウェーブをした髪、何より整った顔に意志の強そうな目つきが印象的な子だ。


「ああ、間違いない。君がランジット君だね」


 裕次郎はすぐにそれを理解していた。

 特に無軌道な少年たちの上に立つのは二通りの人種がいる。

 一つは腕っぷしが強く、悪運が強く、自惚れが強いゴロツキで、このタイプは往々にして暴君として君臨するが、上手く暴力性を外に向ければ抜群の統率性を見せる時がある。

 しかしランジットは明らかにそれとは違う。もう一種類のリーダーだ。

 甘い面構えと責任感の灯る眼光。それにおそらくは恐れながらも堂々と裕次郎の前に姿を現す献身性。つまり、仲間に押し上げられてまとめ役に就任したカリスマ小僧である。


「おじさんは誰?」


 転生によって二十歳そこそこの外見になった筈だが、ランジットからすればおじさんなのだろう。

 

「ちょっと君と話がしたかったんだ。付き合ってくれよ」


 裕次郎の視線はランジットに向けられながら、同時に周辺に集まってくる少年たちを捉えていた。

 こっそり背後から刺すのは戦い方の基本である。

 逃走、奇襲、集団での戦い。彼らは日々積み重ねるトラブルから戦い方を大づかみして習得しているのだ。

 

「嫌だね。今までそういう言葉を吐いたのは、俺たちを意のままにしようとする奴らばかりだった」


 そりゃ、そうだろう。

 第三者の目がない場所で人間は本性を見せる。

 わざわざ彼らに近づき、密室に連れこもうとする者の少なくとも半分は醜悪な本性を持っていたはずだ。

 と、すれば彼らはその本性を目の当たりにしてきたのだ。

 

「いや、その通りだ。至極もっとも。じゃあ、川沿いの堤防ならどうだ。密室じゃないが、ここより人通りは少ない。正直、どこで話してもいいんだが流石に通行人の邪魔になるのは気が引けてな」


 裕次郎は財布を取り出すと近くの少年に放った。


「そこに全員分の飯を買えるくらいは入っている。悪いが何人かで行って菓子でも買ってきてくれないか。ああ、店にはキチンと金を払えよ」


「何も知らないくせに……」


 裕次郎の言葉に、ランジットは吐き捨てるように言うのだった。


 ※


 ランジットの他に十名程が着いてきたのでゾロゾロと川辺の堤防に登る。


「商店を襲っていた子は、どうした?」


「すぐに助けたよ。動けないからネグラに運んだ」


 ぶっきらぼうにいうランジットに、裕次郎は胸をなで下ろした。

 暴力で支配する者が無力化すると、それまで押さえつけていた連中から逆襲にあうものだ。

 特に今回は強盗を働いていた直後なので、店主や通行人に袋叩きにされてはいまいかと心配していたのだ。


「俺がケツを蹴った子、数日は動けんからよく見てやってくれよ」


 肉の厚い部分を蹴ったが、手加減はしていない。

 しばらくは腫れる事だろう。他の二人は、明日にも動ける様に叩いたので心配はないだろう。


「自分でやっといて、今更なんだよ」


「別に憎くて蹴った訳でも、殺したかった訳でもないからな」


 裕次郎は笑って頭を掻く。

 堤防を登り切ると、大きな川が見える。裕次郎はその風景が好きだった。

 

「俺たちだって、好きでこんな暮らしをしてるんじゃない」


 横で川を睨み、ランジットが口を開いた。

 

「でも、俺たちがいくらまじめに働いたって大人たちは約束を破るんだ。さっきおじさんが助けた店もそうさ。早朝から配達や荷運びをさせておいて、夕方になるとあれこれ理由を付けて支払いを踏み倒す。被害に遭った仲間が何人もいて、話しても金はくれなかった」


 だから殴って金を奪った訳である。

 なるほど。おおよその予想どおりだったなと思いながら裕次郎は静かに頷くのだった。

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