第59話 大極意

 サッカラと別れた裕次郎はそのまま街路をぶらついた。

 そもそも裕次郎はストルテンバーの下働きとして情報を集め歩いている途中、サッカラに声を掛けたのだった。

 王国名を冠した都市、バグアラスタは主に王城を中心とした上級市民用の中央街と一般市民が構成する外延街が存在する。

 さらに外延街の外側、海や川に向かい流れ者たちが勝手に街を建設し、混沌著しい新興街が形成されており、現在ではこの新興街が人口、面積ともに最大になっている。

 裕次郎の仕事場も、サッカラの様な輩の縄張りも当然、新興街である。

 しかし、公共サービスから大きく取り残された街で治安維持に寄与するのは賞金稼ぎよろしく手配された犯罪者を追いかける裕次郎よりも、サッカラのような街の顔役だ。

 そのサッカラが見逃しているのだから、孤児で構成される少年愚連隊は勢力を伸ばして行くことだろう。それも一つの流れとして面白いと裕次郎は思っていた。

 日本でも終戦後に多くの不良少年たちが愚連隊を結成し、そのうち少なくないチームが組織暴力団に成長していったのだ。ある意味では経済や福祉を含めた社会の力不足がそういった状況を生むのだといえる。

 あるいは、この国にはそういった不良少年たちによる犯罪程度を問題として取り扱っている余裕はないのかもしれない。

 裕次郎は元いた世界の第三世界と呼ばれる国で見かけた貧しい不良少年たちを思い出す。

 やはり頼む者のない孤児の多くは食い物とされ、道ばたに倒れて行く中で、裕次郎が出会った子供たちの一部は徒党を組み、身近で簡単に入手出来る銃火器を手にするとたちまち武装強盗団に変貌したのだ。

 それは確かに悲劇であり、同時に人間の生命力を感じさせる出来事でもあった。

 今後、孤児の少年愚連隊が一線を越えて凶暴性を見せればサッカラかストルテンバー、あるいは裕次郎が対処することになるのだ。

 そのとき、愚連隊の数が多すぎれば対処能力は飽和し、治安は大きく悪化していくことになる。

 他にもいろいろと考えることはある。

 足の行きたい方に従って歩くうち、裕次郎の足は川辺の堤防に向かっていた。

 初めてガガに遭遇した辺りを歩き、ガガと戦った辺りまで歩くが、あの巨体はどこにも見えない。

 すでにガガと別れて二十日ほどが経過していた。

 赤砂の瓶をリンデルが預かっているのでそのうち戻って来るとは思うが、はたしてそれがいつになることやら、裕次郎はぼんやりと考えながら堤防に腰を下ろす。

 別れて情報を集めさせているマディは何か掴んでくるだろうか。


「先生!」


 と、声がして振り向けば男装の麗人が立っていた。

 

「うん……ああ、一別以来だね」


 そこにいたのは女王の妹にして、女王直属工作員のヒルダだった。

 長い髪は上着の背中に隠しているのだろう。

 仕立てのいいシャツとズボン。それに丈の長い靴を履いて腰に短剣を帯びる、いかにも貴族の匂い漂わせる彼女は溌剌として微笑んでいた。

 

「また、姉上のお使いかい?」


「いえ、散歩です。海が見たくなりましたので」


 周囲に供らしい者もいない。


「一人でかね?」


 裕次郎の問いにキョトンとして、ヒルダは頷いた。


「もちろん、見てのとおり一人です。なにかおかしいですか?」


「いや、この辺りは治安が悪いからね。気を付けて行きなさい」


 裕次郎の忠告に、ヒルダは腰の剣を叩く。


「先生、知りませんね。私はこれでも腕利きの剣士なのですよ。悪漢の二人や三人くらいどうってことありません」


 はっはっは、と笑うヒルダを見て裕次郎は納得した。

 彼女は貴族であり、貴族の格好をしている。

 であればそんな女を襲うのはよほど強固な思想を持つ者に限られるだろう。

 平民を切り捨てたとて貴族は罪に問われないし、逆に貴族に傷を付けた者はそれこそストルテンバーが総力を挙げて探し出し、関係者ごと皆殺しにしてしまうだろうから。カツアゲやひったくり、遊び半分に喧嘩を売ってまわるゴロンボなんかの的にはそもそもならないのだ。

 立場の鎧に守られた彼女がまた、そこらのゴロツキより腕が立つのも事実で、政争にでも巻き込まれない限り安全だといえるだろう。

 

「ところで、その先生というのは?」


「ああ、そうでした。近々お願いに参るつもりだったのですがここで会ったのもいい機会です。私に武術を教えてくれませんか?」


 裕次郎の問いにヒルダはあっけらかんと言う。

 弟子入り志願。

 かつての裕次郎にも弟子になりたいと頼み込む者は大勢いた。

 

「いいよ」


 その全てに快諾してきたのが裕次郎だ。

 あっさりとした了承にヒルダは「ありがとうございます」と言った。

 武術家は人気商売である。

 大勢の弟子を抱えればそれだけで喰っていけるし、弟子が活躍する事で武名も大きく上がる。

 貴族を指導しているとなればそれだけ評判も上がり、それは結局自分の行動を助けることになる。


「じゃあ、最初の奥義を授けよう。まず、外出する時には常に三人以上の従者を連れなさい」


 結局は大人数で歩くことが一番のトラブル除けになる。

 裕次郎の教えにヒルダは目を丸くするのだった。

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