第56話 功労者

 ガガとヒルダは指示した通りの場所で待機をしていた。

 

「よう、お待たせ!」


 空中浮遊から降りながら裕次郎は二人に声を掛ける。

 ガガは痛むのだろう、腹を抑えて裕次郎たちを見上げていた。

 

「竜が出たな」


 地面に降り立った裕次郎に対してガガはつぶやく。

 いくら竜が巨体とはいえ、見える距離ではなかろうが、なにせ目のいい男だ。もしかするとその目で目撃したのかもしれない。

 裕次郎は不機嫌そうな表情のリンデルを振り返って見た。竜の話題は気にくわないだろうが怒るほどではないらしいことを確認して、それに応えた。


「竜な。出たよ。でっかいヤツだ。おかげで何もかも滅茶苦茶だった」


「りりりりり……竜でしたか。やはり」


 ヒルダが唇をわななかせながら言った。

 この娘には見えなかったろうが、しかし、巨大な爆発を伴う竜の魔法は遙かに離れていても容易に観測できただろう。


「そうそう。竜の吐いた炎でグロウダッカは壊滅したよ」


 竜が去ったあと、裕次郎はリンデルを伴って再び山頂を目指してみた。

 しかし、吐き出された巨大な熱は厳然と横たわっており、すぐに断念する事になった。ただ、遠くから見た山頂の景色はガラス工場の様に溶けた岩肌がガスの噴出を繰り返していた。

 そうこうしていると天高く舞い上げられた水蒸気が冷やされ、雨粒となって落ちてきた。雨粒は超高温の地面にぶつかると、一気に蒸発して体積を増す。

 とても騒々しかったし、熱を帯びた空気を周囲に吹き付けて耐え難かったので二人は早々に撤退し、ガガたちと約束した場所にやってきたのだった。

 いずれにせよ、あの山の上半分はもはや生物が住む場所ではない。

 オムニアとマブヤブの存在により勢力を強めた魔術結社は二人の存在故に、より強大な竜に目をつけられ、この世から姿を消したのだ。

 いずれかの魔獣を復活させるという目的も叶わずに。

 

「ほれ、ガガ。赤砂の瓶じゃ」


 リンデルは瓶をガガに差し出す。

 

「どうせ、おまえらにこの魔法を管理しろと命じたのも竜の誰かじゃろ」


「……それは知らん。昔の話は長老連に加わらんと教えてくれないんだ。俺たちはただ、これを守り、掟の中で生き続けるんだ」


 ガガは瓶を受け取り、小さな声で応えた。

 体を動かすことが痛いのか、時々目つきが険しくなっている。

 

「ちなみに、これ以外の魔導具じゃが溶けた岩の下じゃの。しばらくは近づくことも出来んが、落ち着いたらまた見にこようか」


「もう、それもどうでもよくなってきた。どうせ、森に帰ったとて俺の氏族はほとんど殺されてしまった。数少ない生き残りがどうやっても掟に従って生き続けることは出来んだろう」


 豪雨が降り注ぐ山の方を見てガガは呻く。

 表情の乏しい男にしては珍しいほどに落胆していた。

 復讐を終えた者特有の燃えつきだと裕次郎は思った。


「いいじゃないか。掟を破って森から出てくれば」


「無理だ。残された者は……」


 裕次郎の適当な提案を受け、うなだれるガガの頭をリンデルがベシャリと叩いた。

 

「貴様はワシに恩があるのう。違うか?」


 リンデルはガガの反応も待たず、手の中から再び瓶を取り上げる。

 

「もう一つ恩義を掛けてやろう。ガガ、貴様は森に帰らずもうしばらくワシの元で暮らせ。滅びる以外の氏族の道を見つけてやる。そのとき、改めてこの瓶も返してやろうよ」


 傲岸不遜な一方的な命令は、しかし燃え尽きて抜け殻になったガガの瞳にわずかながら生気を戻す事に成功したようだった。

 

「ヒルダ」


 次いでリンデルはヒルダにも声を掛ける。


「え、あ、ハイ」


 竜と聞いて呆けていたヒルダは慌てて返事をした。

 

「ワシの活躍が九、裕次郎の活躍が一、残りはおまえらの功績ということにしてやってもよいが、とにかくグロウダッカはぶっ潰してやったわい。と、いうことは、どういう事かちゃんとわかっておろうのう?」


 やや照れた様に腕を組み、リンデルはツンとした表情でそっぽを向く。

 今更、なにをためらうことがあるのか。


「金貨をたくさん寄越せということだぞ」


「あ、あ、それはもう、はい!」


 裕次郎の助言で遠回しにカツアゲされていた事に気づき、ヒルダは一生懸命に頷いた。

 

「そんなわけで、全くスッキリはしていないが、帰ろうか」


 ストルテンバーが気を逸らせて出兵準備をしていることだろう。

 裕次郎はその様を思って笑った。

 まず、リンデルを守り通すことが出来た。

 ヒルダを守り、それに連なるストルテンバーを失わないで済んだ。

 ガガを連れて彼の敵を討った上に、氏族の秘宝を取り返してやった。

 オムニアやマブヤブ、竜など脅威的な連中に遭遇したものの、目的はおおよそ果たしたと言ってよい。行動や作戦の評価は納得ではなく、次につなげられる戦果の量で決めなければならない。

 そういった意味で今回の一連は及第点だったな。裕次郎はボンヤリと自己評価をつけるのだった。

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