第51話 謝罪

「リンデル、君は勘違いをしている。私がゲーラソールの使いだからゲーラソールを復活させると思っているのだろうが、私の復活させたい魔獣はトンボのイラの方だよ。同じ魔法使いでも君より遥かに高みにある。私は彼女が戦い、敗れる姿を見ていたのだ。彼女がいればゲーラソールの復活もたやすく、まして二匹の魔獣が手を組むとなれば件の連中もおいそれとはやってこれまい」


 その言葉にリンデルは眉間に皺を刻み込む。圧倒的に低いと言われれば性格的にも当然だろう。

 

「貴様の親玉は増殖型で半不死の怪物じゃから封印され、封印を解けば再び這い出ても来ようがイラは人間じゃぞ。ジジィどもにかみ殺され、五体もバラバラに飲み込まれたと聞く。欠片も残っていない死者を復元できる技術などあるというのか?」


 裕次郎は新しく作った体に魂を入れられたという自らの体をなんとなく手で触ってみた。リンデルなりに手をかけて作った死者反魂の方法だという。

 それを他者が用いるというのに複雑な思いがあるのだろう。


「その為の赤砂だよ!」


 我慢ができないという風にマブヤブが口を開いた。

 

「赤砂っていうのは力の強さから方向を抜いて固定したものだけど、エルフの里から借りてきた施設だけじゃイラの魔術は全然再現できなかったんだ。でも、解放する様をよく観察すると一定の軌道が読み取れるんだよ。それを逆算して作ったのがあの、赤砂製造機なんだよ。これを更に観察していくと原初の奔流が……!」


「マブヤブ!」


 早口にまくしたてるマブヤブをオムニアが慌てて静止した。

 あまり知られたくない秘密だったのだろう。


「残念ながら彼らは仲間にならないのだ。そうであればこれ以上話すのは彼らにも迷惑だよ。なんせ、口封じをしなければならなくなる」


「あ、あ、ごめんなさい。俺の話を聞いてくれる人ってほとんどいないから!」


 見苦しく慌てたマブヤブは歯が一本しかない自らの口を両手で抑えると首を振った。


「さて、そういうわけで残念ながら物別れに終わったようだしリンデルと裕次郎。悪いがそろそろ帰って頂けないか。大きく言えば我々は同志なのだから君たちが暴れたり壊したりしたことについては不問に付そう。エルフの彼にも申し訳なかったと伝えておいてくれるとありがたい」


 そう宣言してオムニアは対談を打ち切ろうとした。

 しかし、裕次郎にとっては帰ってくれと頼まれてからが仕事の神髄でもある。

 

「帰ってやりたいのは山々だが、頼まれごとがある。まずグロウダッカを壊滅させる。それから赤砂とそれに関連する一式を持ち帰る。アンタらがリンデルの配下になるならとりなしてやらんでもなかったが、決裂したんだ。残念だが、依頼は果たさせて貰うよ」


 裕次郎の言葉に、オムニアは首を振る。


「裕次郎、君は滑稽な男だ」


 それには応えず、裕次郎の手は包丁を投げていた。

 とがった肉切り包丁はマブヤブに突き刺さる手前でオムニアが差し出した腕に突き立っている。

 

「オマエは殺せないでも、ご友人はひ弱そうだ」


 次いで短剣を振るいオムニアの腕を手首、肘、肩で分断する。

 即座にマブヤブを守る障壁を排除し、迷いなく短剣を突き入れる。そうしようとして咄嗟に剣を戻せたのは裕次郎の経験が知らせたからである。

 横手から振られた大剣を肩に押し当てた短剣で辛くも防ぎ、逸らす。

 腕が痺れるが、飛んで勢いを殺していなければ胴体を短剣ごと切断されるところだった。

 受け身をとりながら立ち上がり、視線を走らせると大剣を振り抜いたのは知った顔だ。


「ダエッタ、思いの他元気そうで何よりだ」


 裕次郎が破壊し、途中で捨ててきた女傑である。

 その体と心を裕次郎は二度と剣が握れない程度には壊したつもりだった。

 しかし現にそこに立ち、剣を振るっている。

 

「無駄じゃ、もう聞こえはせんわい」


 相変わらず泰然自若にダエッタの眼前に座ったまま、リンデルは呟いた。

 

「ま、そうだろうね」


 ダエッタの身に起こったのはリンデルが行った魔法による回復とは明らかに違う。眼球が本来は白い部分まで真っ黒に染まっているのだ。

 オムニアの欠片による支配を受けている。死亡したゴルンと同様に処理されたのだろう。

 

「彼女はもはや痛みも、それによる挙動の制限を受けることもない。その一撃はトロールさえ両断する。動かなければせめて一瞬で死ねるだろうから覚悟を決めなさい」


 横手からオムニアが言った。

 先ほど切断した腕は既に切れ目もわからないほど元通りになっている。

 リンデルを優先して狙わないのはおそらく、裕次郎さえ排除してしまえば再度懐柔なり出来ると期待しているのかもしれない。

 まったくわかりやすい行動原理だ。正体不明でありながらそういうシンプルな計算をたてる。そういう敵は案外と怖くない。

 裕次郎は笑った。

 

「力が強い、動きも早い。それがどうした?」


 ダエッタは大きく剣を振りかぶりながら歩みを進めてくる。まるで散歩でもするような足取りだ。

 間合いに入る直前、裕次郎は突進した。

 前脚に体重を載せ替えた直後のダエッタにはほんの一瞬、体重移動に時間を要する。剣士であるダエッタ本人であればまず犯さなかったミスだ。

 ただ強い力で剣を振り回し、それで勝てるのなら術理も稽古もいらない。

 裕次郎の短剣はダエッタの右脛を切断し、さらに体重移動を困難にした。

 稼いだ時間にダエッタの背後に回り込むと、ベルトに手を延ばして勢いよく持ち上げた。

 裏投げ、スープレックス、あるいはバックドロップホールド。または原爆固め。

 とにかくダエッタの頭部は石の床に叩きつけられて飛散するのだった。

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